01-40 急降下
オズワルド・マッツァ、ゴロー、サナ、それに店の若手であるヴァンニとレナートの2人が納品に向かうことになった。
オズワルドはよそ行きの礼服に着替えたが、あとの者はいつもの格好である。
そして『金緑石』はといえば、豪華な宝石箱に入れ、美麗な布で包み、さらに木の箱に入れてある。
まずは馬車で王城近くまで向かうことになる。
西に向かって一旦中央通りに出て、そのまま南下すれば、王城の北門だ。
この道は『北通り』と呼ばれているとオズワルドが教えてくれた。
「南にある道が『南通り』、東が『東通り』、西が『西通り』です」
「じゃあ、南西が『南西通り』ですか?」
とゴローが聞くと、
「そのとおりです」
と答えが返ってきた。
つまり北東が『北東通り』、北西が『北西通り』、南東が『南東通り』となっているわけだ。
「……わかりやすくていいですね」
と、無難な感想を述べておいたゴローであった。
そして、
〈サナ、昨日みたいに何か感じているか?〉
と念話で聞いてみると、
〈ううん、何も〉
と答えが返ってきたので、
〈何か思いだしたら、教えてくれよ?〉
と頼んでおくゴローであった。
ゴローとしても、サナの涙のわけが気になっているのだった。
* * *
町中なので、馬車の速度はほぼ人が歩くくらいに制限されており、時速4キルくらい。
その速度でおよそ1時間進むと、王城が見えてきた。
王城の周囲には環状道路がぐるりと取り巻いており、その内側は幅30メルほどの広い緑地となっている。
その内側には幅10メルほどの堀が巡らされており、堀の向こうが王城の城壁となっていた。
ちなみに緑地までは誰でも入れるらしく、柔らかな芝生の上で寛ぐ者も見かけられた。
さすがに堀で釣りをしている者はいない。
『北通り』が環状道路を越え、緑地を抜けた先には石造りの門があり、守衛が守っている。
門の向こうは堀をまたぐように橋が架かっており、王城内へ通じているわけだ
蛇足ながら、王城へ通じているのは東西南北の通りで、北東・北西・南東・南西の通りは環状道路までで終わりである。
緑地手前で馬車を降りる一行。
そこからは徒歩で門へ向かう。距離にして30メル。
先頭がヴァンニで最後尾がレナート。そしてゴローとサナが左右を固め、中央に『金緑石』を持ったオズワルド、という配置だ。
「これなら、何かあってもすぐ対処できるでしょう」
とオズワルドは言うが、貴重な品を運んでいますよ、とこれ見よがしに宣伝しているような気がして仕方がないゴローであった。
(まあ、まさかこの緑地で襲ってくる者がいるとは思えないけどな)
周囲には数名だが無関係の人間がいるし、門には2名の兵士が立っている。
おそらく門の中には、最低でもあと2名は兵士がいるであろうから、そんな場所で襲うというのは愚の骨頂だ。
(フラグ……フラグって何だ?)
そんなことを考えながら、ゴローはオズワルド・マッツァを護衛しつつ門へ向かった。
門まであと半分、15メルのところまで来た時。
〈ゴロー、上〉
サナの念話が届き、ゴローは空を振り仰いだ。
「なんだあれは!」
巨大な鳥のような影が急降下してくる。そのターゲットはオズワルド・マッツァ……いや、その手の中の『金緑石』に違いない。
〈鳥形の魔物だな〉
〈うん〉
声に出すよりも念話の方が意思疎通が10倍以上も早い。こういう時にはもってこいだ。
〈私が対処する。ゴローはオズワルドさんを守って〉
〈わかった〉
こうした場合の経験はまだまだサナの方が上だ。
言い合いをしている余計な時間はないので、素直にサナの指示に従うゴローだった。
「ま、まさか、『ヘルイーグル』!?」
ヘルイーグルは脅威度3の魔獣だ。
翼長2メルから3メル。飛行速度は時速120キル。
そして脅威なのはその急降下だ。速度は実に時速400キルに達する。
その速度で獲物を傷つけ、小さな獲物ならそのまま強力な足の爪に引っ掛けてさらってしまう。
そのヘルイーグルがオズワルドの持つ『金緑石』の箱に狙いを定めていた。
「う、うわあああ!」
ヘルイーグルを視認してから僅か1秒で、その鋭い爪と嘴がオズワルドを襲う……。
が。
〈遅い〉
「はっ!?」
「え!?」
「あは!?」
オズワルドやヴァンニ、レナートらの口から変な声が漏れた。
それもその筈、いつの間にかヘルイーグルが地面に這いつくばっていたのだから。
本来ならその嘴でオズワルドの頭を貫いたあと、その鋭い爪で『金緑石』の箱を掴み、飛び去る……というような予定だったの『かもしれない』。
それが、オズワルドの手前30セルのところでサナによって叩き落とされ、その背を踏みつけられていたのだ。
「襲うからには、反撃されることも覚悟しなければいけない」
そう言ってサナは、躊躇うことなくヘルイーグルの両翼を折った。
ぐえっというヘルイーグルの悲鳴が上がる。
「これで、大丈夫」
羽を折られたヘルイーグルは、その痛みで気を失ったようだ。
「今は、納品が、先」
呆気にとられて見ているだけのオズワルドに、サナは声を掛けた。
「あ、あ、は、はい」
2、3度首を振って気を取り直したオズワルドは、残り15メルを歩いて門へ到着した。
「マッツァ商会のオズワルド・マッツァと申します」
そして、身分証とは違うカードのようなものを見せた。
「王家よりご依頼のありましたものを納品しにまいりました」
「お、おう」
「す、少し待て」
門兵も、ヘルイーグルをあっさり叩き落としたサナを見て、少し呆気にとられていたようだったが、気を取り直し、カードを確認する。
「うむ、本物だ。よかろう、城内への通行を許可する。ただし、2人だ。それに……そっちの女はいかん」
ヘルイーグルを素手で叩き落としたサナを警戒しているようだ。
「わかりました。サナさん、ゴローさん、ここまでありがとうございました。ここからは私とヴァンニとで行きます。……ヴァンニ、来い」
「はい、お気を付けて」
ということでオズワルド・マッツァは店員ヴァンニと共に門をくぐり橋を渡っていった。
その背中を見送ったゴローは、
「あとはどうするんです?」
と、残った店員のレナートに尋ねた。
「私は馬車で旦那様とヴァンニが戻るのを待ちます、ゴロー様とサナ様はどうなさいますか?」
一緒に待つもよし、自由にするもよし、ということだった。
「それじゃあ、町を見ながらゆっくり歩いて店へ戻るよ」
とゴローは答え、レナートは頷いた。
「わかりました。お気を付けて」
「よし、それじゃ行こうか」
とゴローがサナを振り返ると、彼女は門兵にいろいろ聞かれているところだった。
「君、すごいね。何か習ってるのかい?」
「別に、何も」
「へえ、それであの動きか。どう? 今度、お城の護衛兵の試験、受けてみない? 女の子なら倍率低いよ?」
「興味ない」
だが、サナはあっさりと受け流している。
そして門兵が、
「じゃ、じゃあ、今日、勤務が終わったら俺と……」
と言いかけたのだが、ゴローが呼んでいるのに気付き、
「それじゃ」
とだけ言って小走りに走り去ったサナであった。
先程叩き落としたヘルイーグルはまだ気を失ったままだったので、
「どうする、これ?」
と、ゴローはサナに尋ねた。サナが退治したものなので、意見を求めたのだ。
「おそらく、誰かから送り込まれたもの。でも、それが誰からか、はわからない」
サナの話によると、ヘルイーグルは魔獣ではあるが、雛の時から調教すると、狩りに使えるようになるのだそうだ。
(鷹狩りとか鷹匠ってあったものな)
と、なんとなく納得したゴローである。
「で、こいつはどうする?」
「羽を折ってしまったから、もう飛べない。このままだとエサが取れなくて死ぬ」
「うーん……」
襲ってきた時に返り討ちにするのは抵抗ないが、こうして無力化した生き物がじわじわと弱っていくのはなんとなく気になるゴロー。
「こいつ、飼ったら懐かないか?」
「飼うの?」
サナが驚いた顔をした。
「いや、例えばの話」
「多分、懐くと思う。ヘルイーグルは頭がいい、から」
「そっか」
「でも、元の飼い主とどっちにより懐くかはわからない」
「だろうな」
「で、どうするの?」
「さて、どうしようか……」
気絶したままのヘルイーグルを見下ろし、考え込むゴローであった。
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次回更新は10月10日(木)14:00の予定です。




