15-09 粟
「これ、モモイロサンゴですね」
老人が持ってきたサンゴを見たゴローは断言した。
サンゴ礁を形成する『造礁サンゴ』は、珊瑚虫……ポリプまたはポリープ……の触手が6本もしくは6の倍数に分かれ、光が届く浅い、温かい海に生息する。
対して『宝石サンゴ』は、珊瑚虫の触手が8本に分かれ、光が届かない深く冷たい海の底に生息している。
アクセサリーに使われるサンゴは、当然『宝石サンゴ』である。
種類としてベニサンゴ、アカサンゴ、モモイロサンゴ、シロサンゴなどがある。
「こっちじゃあピンクサンゴと呼んでいるが……どうかね、これなら価値はあるじゃろ?」
「ありますとも」
そうは言っても、ゴローの『謎知識』はこちらでの相場は教えてくれなかった。
「ティルダ、わかるか?」
「『石の声』は聞こえないのですが、これは確かに『モモイロサンゴ』なのです」
ティルダが『地の精』からもらった加護『石の声』は岩石・鉱物に対して働く。
サンゴはまだ『生物』の範疇から抜けきっていないのだろうな……とゴローは想像した。
なお、『琥珀』は樹脂の化石、ということでギリギリ『石の声』が聞こえるらしい。
「……で、これ全部で、多分1000万シクロくらいするのです」
「原木でそれか……」
日本円でおよそ1000万円である。
今回、ゴローが持ってきたシクロ金貨もそのくらいであるが、ここではシクロは使えないのだ。
「困ったな……」
悩んでいると、老人から声が掛かった。
「ゴローさんと呼べばいいのかのう?」
「あ、はい」
「わしらとしてはあの薬1本でサンゴ1本……とも思っているのじゃが」
「それはちょっと安すぎます」
『滋養強壮薬』は、研究所のある山に生えていた『イワタケ』を『癒やしの水』で煮出したものである。
ポチとクレーネーがいてくれたからこそ、という前提条件はあるものの、元手は0に近い。
ゴローたちは、クレーネーが一緒なので毎日『癒やしの水』を飲むことができるため、『滋養強壮薬』の必要性はあまりない。
また、一旦研究所に戻った際、物々交換用にと薬類をさらに積み込んだので、『滋養強壮薬』は0.5リル入りのビンが20本ある。
さらにいえば、この先『イワタケ』を手に入れることができれば旅先でも作ることができるはずなのだ。
「それじゃあ、10本置いていきます」
「そんなに! いいのかのう?」
「ええ、このサンゴはそのくらいの……いえ、それ以上の価値があります」
「そうかね。それじゃあ、そういうことにしよし(しよう)」
そういうことになった。
「いやあ、助かる。昼飯を食べていけし(いきなさい)」
「いいんですか?」
「いいともよ」
ここは、老人の厚意に甘えることとなった。
* * *
「なーんもないが、たんと食べていきなっせ」
老婆が言う。
狭くはないが広くもない、そんな家の中での食事。
椅子ではなく床にわらを敷いて座り、食事は座卓に並べられた。
「この焼き魚、美味しいですね」
「シュトカの干物だあね」
「脂が乗っていますね」
薪を使い、遠赤外線で焼いたシュトカの干物はなかなかの味であった。
「これも美味いだよ」
漬物が出てきた。
「いただきます」
まずはゴローがそれを食べてみる。
「あ、美味しいですね」
少し酸っぱいが、味わいがある。
それを聞いて、ハカセたちも口にし、
「うん、酸っぱいけれど美味しいねえ」
「私はちょっと苦手です」
「僕は好きですね、この味」
「私も」
「私もなのです」
という反応が。
ハカセ、ヴェルシア、アーレン、ラーナ、ティルダである。ヴェルシアは酸っぱいものが苦手なのだ。
焼き魚、漬物と来て、主食は……。
「雑炊だが、食べなさるかね?」
「いただいていいんですか?」
「もちろんだあね」
細かい粒が入った雑炊である。
「……もしかして……『粟』? いや……粒が小さいな……?」
ゴローの『謎知識』は『粟』に似ているが、それより粒が小さいと教えてくれている。
味はというと、ややボソボソしているが、小魚の出汁が効いているのか、思ったよりも美味かった。
「セタリア、つう穀物だで」
「セタリアですか……」
ゴローとしても、その名前に聞き覚えはなかった。
「うん、美味しいです」
「美味しいですね」
「……」
半分はお世辞……というか外交辞令であろうが、アーレンたちも食べた後、味を評価していた。
* * *
「ごちそうさまでした」
「おそまつさま」
「えっと、セタリアってどんな穀物ですか?」
気になったゴローは、やはり聞いてみることにした。
「ん? ……これだよ」
老婆が見せてくれたのは、細かな粒状の穀物。
ゴマよりも小さい。
(……やっぱり粟みたいだな)
粟だとしても、原種に近いのではないかと思ったゴローであった。
「これと魚の干物を税として納めるんだで」
「ああ、そうなんですね。……このあたりはなんという国ですか」
今更、とは思ったが、聞いておくべきなのでゴローは尋ねた。
「このあたりは『セライト王国』だでね」
「……わかりました」
正直、聞いたことのない国名だが、それ以上聞くのもどうかと思ったので質問はそこまでとしたゴローである。
* * *
「それじゃあ、ごちそうさまでした」
「こちらも世話になったでの」
「気を付けて旅をしなっせ」
老夫婦に見送られ、ゴローたちはテノハ村を後にした。
岩陰に隠した『ANEMOS』まで歩いて戻る。
船内でシートに座ると、皆ほっとしたようだ。
「ああ、なんだか疲れたねえ」
人見知りのハカセが開口一番そんな愚痴をこぼした。
「でもまあ、干し魚とサンゴが手に入りましたから」
「うん、それはよかったけどね」
「思ったより『滋養強壮薬』の評判がいいのでびっくりしました」
「ヴェルのお手柄だよ」
「でも、もう手持ちが5本しかありません」
「……どこかの山で『イワタケ』を見つければいいさ」
『ANEMOS』ならどんなに高い山でも行けるし、ゴローが『飛行ベスト』を着て採りに行けば楽に手に入る。
問題は生えている場所を見つけること、くらいだ。
「それは……ミューが知らないかねえ?」
「聞いてみましょうか。……ミュー、ちょっと出てきてくれ」
「はい、ゴロー様」
『エサソン』のミューが暮らしているテラリウムに向かってゴローが声を掛けた。
すぐに、葉の下から姿を現わすミュー。
「ええと、『イワタケ』の生えている山って、わかるかい?」
「……近くまで行けば、多分わかります」
「そうか、それじゃあ、その時は頼む」
「はい」
というわけで、高い山を見つけたら近付いてみて、ミューに確認してもらうことにする。
「よし、それじゃあ出発しようかね」
「はい」
船長であるハカセの声に、全員着席する。
そして航海士であるゴローが、
「フランク、発進だ。『テノハ村』から見られないよう、低空で少し東へ飛んでくれ」
「了解」
と指示を出す。
『ANEMOS』はゆっくりと浮上。そして対地高度5メルほどで、東へ飛行する。
これなら、大岩の陰になって『テノハ村』からは見えない。
その状態で10キルほど飛んだ後、一気に高度を上げ、北上。
少し西へ寄り気味に飛べば、『カリーシ川』が見えてきた。
「よし、川に沿って北上だ」
「了解」
そして午後2時、『マーカー』を埋めた、あの高台に到着した。
「今日はここで泊まりましょう」
この先、野営に向いた場所が見つかるかどうか怪しいから、とゴロー。
「そうだね、それでいいよ」
ハカセも賛成したので、この日は再びこの場所に1泊することとなったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月5日(木)14:00の予定です。
20260227 修正
(誤)ポチとクレーネーがいてくれたからこそ、とう前提条件はあるものの、元手は0に近い。
(正)ポチとクレーネーがいてくれたからこそ、という前提条件はあるものの、元手は0に近い。




