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01-38 引っ越し

 明けて引っ越し当日となった。

 芋チップスとラスク、それに残ったグレープオレンジで朝食を済ませたゴローたち。

「……ちょっとだけ、名残惜しいのです」

 初めて持った自分の工房だから、と言いながら、ティルダは工房、いや元工房の扉を閉め、鍵を掛けた。

 時刻は午前7時半。マッツァ商会へは8時という約束なので、『家屋斡旋組合』に寄って元工房の鍵を返しがてら向かうことにする。


 ゴローとサナは自前の背嚢、ティルダは小さな肩掛け鞄。

 特にゴローとサナの大荷物が目立つが、2人は気にしていない。

 『家屋斡旋組合』はちょうど鍵を開けたところで、本来なら業務は8時からなのだが、今日引っ越すと言ったら特別に受理してくれた。


「これでしがらみがなくなったな」

「はい、なのです」

 少し寂しげに答えるティルダ。

「もう気持ちを切り替えた方がいいぞ。王都でさあ頑張るぞ、って」

 ゴローが言うとティルダはふふ、と笑った。

「はいなのです、ゴローさん」

 そして午前8時少し前にマッツァ商会に到着した。

「おはようございます」

 ゴローたちを見つけたアントニオとオズワルドが挨拶をしてきた。

「おはようございます」

 ゴローも挨拶を返す。

「あ、あの、このたびは、よろしくお願いしますです」

 少し緊張して変なものの言い方をするティルダ。

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 オズワルドが答えた。

 アントニオはゴローと話をしている。

「それではゴローさん、サナさんのお荷物はこちらの馬車へどうぞ」

「ありがとう」

 2人の背嚢を積むと、少し馬車がきしんだ。

「えっ」

 馬車自体にはまだまだ物を積む余裕がありそうだが、その音を聞き、そばにいた御者が、

「なかなか重そうな荷物ですね。もう積まない方がいいかもしれませんぜ」

 とアントニオに助言をしたので、ティルダの肩掛け鞄だけでやめておくことになった。


*   *   *


「それじゃあ、アントニオ、先頭は任せた!」

「わかったよ、父さん!」

 午前8時、馬車4台が、南の王都シクトマへ向けて出発した。4台とも幌馬車である。

 先頭の馬車はアントニオが御者を行う、荷物は一般商品だ。

 2番目の馬車にはティルダの家財道具が載っている。

 3番目の馬車がオズワルドと配下2人。王家に納める『金緑石』をはじめとする貴重品もここだ。

 4番目、最後尾の馬車がゴローとサナの荷物である。ティルダもここに乗っている。

 2台の馬車をゴローたちに用意してくれるあたり、オズワルドの感謝ぶりがわかろうというもの。

 つまりはそれだけのことをしてもお釣りが来るほどの利益が見込めるということなのだろう、とゴローは解釈した。

 

 ごろごろと馬車は進む。

「……乗り心地はあまりよくないな」

「うん」

 道も踏み固められた土なので、わだちは凹んでいるし、ところどころに石が転がっており、車輪が乗り上げるとがくんと揺れる。

 それでも、時速6キル(km)ほど、つまり歩行の1.5倍くらいの速度で進んでいる。

(けっこう力が強い馬だな)

 馬車馬ばしゃうまという言葉があるが、この馬車馬はかなり力がある、と評価したゴローであった。


 4台の馬車はガラガラゴロゴロと街道を進んでいく。

 初めのうちは黄色く色づき始めた麦畑だったが、やがてそれも背後に過ぎ去り、草原に変わっていった。

 そして草原は疎林そりんとなり、疎林は黒木の森に変わっていく。


 正午頃、森の中が小広く開けた場所に到着した。

「定番の休憩地です」

 と御者が教えてくれる。

 ここで昼食にするわけだ。


「ゴローさん、サナさん、ティルダさん、ご一緒にいかがですか?」

 と、商会主のオズワルドが声を掛けてくれたので、有り難く同席させてもらうことにしたゴローたち。

「へえ……」

 ゴローが感心したのは、馬車に積んである板をうまく組み合わせてテーブル代わりに使っていることだ。

 その板は、ある時は渡し板に、ある時は衝立に、またある時は馬車の修理に、と多目的に使うらしい。

 ただ、椅子はないので草の上に敷物を敷いて座る。

「さあ、どうぞ」

 と言って出されたのはパンと冷スープ、それにオレンジだ。

 パンは一般的なもの。

 冷スープは、冷めても飲めるような味つけをされたもので、具は入っていない。大抵の具は冷めると硬くなって美味しくなくなるからだそうだ。

 オレンジはグレープオレンジとは別の種類で、手で剥いて食べられる、ほとんどミカンだった。ただし味はオレンジに近かった。

 ここでゴローは、ごちそうになるばかりでは悪いので、荷物の中から保存食を取り出す。

 つまり芋チップスとラスクだ。

「ほう、これは?」

 オズワルドとアントニオが目を丸くした。

「保存が利くように工夫したものです。こっちが芋チップス、そっちがラスクといいます」

「ほほう……」

 一瞬で商人の目になったオズワルドは、まず芋チップスを一かじり。

「これは美味しいですな」

 そしてラスクを一かじり。

「甘い! 美味しい!!」

 そんな父の様子を見たアントニオがゴローに、

「ゴローさん、この2つはいったい?」

 と尋ねる。

「保存食にいいと思って作ってみたものです」

「なるほど、日持ちしそうですね……うーむ」

 ゴローの返事に、考え込むオズワルド。

「ゴローさん、これも我が商会で売り出してもいいでしょうか?」

 旅する人だけではなく、お菓子としても売れそうです、とオズワルドは言った。

「今回、食品部門も立ち上げようと考えているのです。先日お教えいただいた『焼き芋』の他にも、これを売ることができれば、他の商店に差を付けることができます」

「それは構いませんが、こっちはすぐに真似されると思いますよ」

 焼き芋の場合は焼き方で『糖化』、つまり甘くなり方が違うのでおいそれと真似されないのではと思えるが、芋チップスとラスクは、専門家が見ればすぐに作り方はわかってしまうだろう。

 そもそも元々が家庭でもできるお菓子なのだから。

「それは致し方ありませんね。ですが、真似される前にできる限り我が店の名を売り込み、真似される前に『元祖』と呼ぶようにしますよ」

「なるほど……」

 商人という者は逞しいな、と感心したゴローであった。


*   *   *


 そしてまた馬車に揺られる旅となる。

 再びガラガラゴロゴロと4時間ほど進むと、村が見えてきた。

「トゥチュ村です。シクトマとサンバー間を行き来するには必ず泊まることになる村ですね」

 と、アントニオからの説明があった。

 ゴローの目から見ても、確かに、規模は小さくともなんとなく活気が感じられた。


「泊まるのは自炊の宿屋です」

 と、今度はオズワルドが説明してくれる。

「ですが、食堂もありますので、そちらで食べることもできます」

 今回はマッツァ商会が全部持つ、ということで、宿に併設されている食堂へと全員で向かった。


 全員というのは、ゴロー、サナ、ティルダ、オズワルド・マッツァ、アントニオ・マッツァ、それに店の者2人、馬車の御者2人、である。

 店の者はヴァンニ、レナートというらしい。

 御者はジャンとオレステ、という名だった。


 食堂では王都風だという料理が出た。

 ゴローのわかる限りでは、大麦の粥、ビーフシチュー、一口サイズのステーキ、フルーツと野菜のサラダ、川魚のマリネ。

 村とはいうものの、地方の観光地に近いな、という印象を持ったゴローであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は10月6日(日)14:00の予定です。


 20191003 修正

(旧)そして午前7時55分にマッツァ商会に到着した。

(新)そして午前8時少し前にマッツァ商会に到着した。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 全員で食事に行ったら、貴重品は誰が管理してるんだろう?
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