14-33 犬小屋と水槽
「ポチー」
……と、ゴローがポチを呼べば、
「わうっわうっ」
と、すぐに駆け寄ってくる『クー・シー』のポチ。
「また大きくなったなあ」
「わふわふ」
ゴローにじゃれかかるポチだが、大きさはもう大きめの子牛くらい、そろそろ成獣に近そうである。
「ポチ、今度俺たちは長い旅行に出るんだ」
「わう」
「半年くらい留守にするかもしれない」
「わふ」
「その間、お前を放っておくのも嫌だから、一緒に連れて行ってもいいと思ってるんだが……」
「わうわう」
ポチは嬉しそうに尻尾を振っている。
「ええと、一緒に行くか?」
「わん」
ポチはゴローをまっすぐ見つめ、尻尾を振る。
「それとも残るか?」
「くーん」
今度は、ぷいっと横を向くポチ。
「行くんだな?」
「わん」
改めてゴローの方を向いて、ポチは尻尾を振る。
どうやらゴローの言うことを理解しているようである。
「よしよし、じゃあ一緒に行こう。……何か欲しいものはあるか?」
とのゴローの問いには首を傾げるポチ。
特にないよ、と言っているようにも見える。
そこでゴローの方から提案してみた。
「寝る場所はどうする? 毛布でいいか?」
「わふ」
今度は尻尾を振っているので、いいよ、ということらしい。
なら、犬小屋を作って、中に毛布を入れてやるか、と考えたゴローであった。
「それじゃあ、出発する前に声を掛けるからな。それまで好きにしていていいぞ」
「わう」
ポチは尻尾を振り振り走り去ったのである。
* * *
「次はクレーネーだな」
ということでゴローは、クレーネーのいる『心字池』にやって来た。
「クレーネー」
とゴローが呼ぶと、
「はいですの」
と返事をし、『水の妖精』であるクレーネーが現れた。
「なにかご用がおありですの?」
「うん。ええと、この前、池から離れていても大丈夫になった、って言ってたろう?」
「はいですの」
「それなら、俺たちと一緒に旅行に行かないか、って誘いに来たんだ」
「旅行、ですの?」
「そうさ。……あの空を飛ぶ船、『ANEMOS』で、できたら世界一周をしてみたいなって、みんなで言っているんだ」
「世界一周……」
ちょっと首を傾げるクレーネー。
「まあとにかく、『一緒に行かないか』ということなんだよ」
「楽しそう、ですの」
「ポチやミューやマリーやルルも一緒だ」
「それは凄いですの。できるならご一緒したいですの」
「よし。そうしたら、どうすればいい? 水槽に水を入れていけばいいかな?」
「基本はそれでいいですの」
「細かな設定をどうすればいいか、教えてくれ」
「はいですの」
ゴローはクレーネーにいろいろと質問をしながら、彼女が住みやすい環境をどうするかを決めていく。
一時的とはいえ、できるだけ住みやすいほうがいいだろうと考えてのことだ。
1.水槽は大きめで、直径1メル、高さ1メルの円筒状(もちろん上面は空き、底は塞がっている)。
2,材質は石英ガラス。
3.水は普通の水でよい。
4.底には水晶の欠片を敷き詰める。
5.置き場は暗い場所でいい。
「これだけでいいのか?」
「はいですの」
「水草とか、魚とか、入れなくても?」
「はいですの。水も、半分くらいで大丈夫ですの」
「それは助かるけどな」
この大きさの水槽に半分まで水を入れた場合、水の量は400キム近くにもなる。
水槽の重さも、おそらく100キムを超えるだろう。
かなりの重さだが、『ANEMOS』なら問題なく運べる。
なにより、『癒やしの水』を供給してくれるクレーネーが一緒に来てくれるということは非常に心強いのだ。
「それじゃあ、出発前に呼びに来るよ」
「はい、お待ちしていますの」
これで、同行者への手配りはほぼ終了である。
* * *
研究所に戻ったゴローは、木工用の工房へ行き、ポチの犬小屋を作り始めた。
木の板はふんだんにあるので、丈夫なナラの木を使う。
ナラは乾燥が難しく、反ったり曲がったりしやすいが、ハカセが魔法で乾燥させているので全てきちんとした板材となっていた。
「おやゴロー、何を作っているんだい?」
木工工房から音がするので様子を見に来たハカセが尋ねた。
「ポチの犬小屋ですよ」
「ああ、そうなのかい。……ポチも、ずいぶんでっかくなったんだねえ」
最近、ハカセはポチの姿を見ていないため、どれだけ大きくなったのか知らなかったようだ。
「旅行中も育つかもしれないので、少し大きめにしました」
「それはいいけど……人間も中で寝られそうだねえ」
「まあ、そうですね」
クー・シーは牛くらいの大きさになるという。
今のポチは、犬でいうと『ボルゾイ』くらいの大きさだ。
ただし耳は立っている。
「ナラの木で作ったから重そうだねえ……まあ、ゴローなら運べるか」
「あ、はい」
ナラの木は丈夫だがその分重い。
ゴローが作った犬小屋は50キムくらいはありそうであった。
「あとは毛布を中に敷きます」
「古毛布は幾つかあるから、使っていいよ」
「ありがとうございます」
「ちゃんと洗ってきれいにしてあるからね」
「はい」
これで、ポチの部屋は準備完了である。
* * *
「あとはどうするんだい?」
ハカセが尋ねた。
「ええと、クレーネー用に水槽を作ります」
「材質は?」
「石英ガラスですね」
「それじゃあ手伝ってやろうかね」
「助かります」
ハカセが手伝ってくれるなら大助かりである。
「ガラスにするなら、原料の水晶や石英は何でもいいね」
「はい。……透明にする必要もないと思います」
「なるほどねえ。何色にするんだい?」
「濃い青にしようかと」
「だとすると……酸化銅だっけかね?」
化学式は『CuO』。
銅の表面にできる黒い被膜だ。
これを溶融したガラスに混ぜ、酸素が多い環境(酸化雰囲気)で溶融すると『ターコイズブルー』となる。
その他、『酸化コバルト』を使うと、いわゆる『コバルトブルー』になる。
が、天然のコバルト鉱石はこの研究所にはない。
従って青いガラスとするなら酸化銅を使うことになる。
銅を加熱して酸化させれば表面に酸化銅ができる。
それをヤスリで削って乳鉢ですりつぶすことで酸化銅の粉末を作ることができる。
また、粉状の銅粉を加熱してもよい。
これらの工程を、ハカセの魔法でサポートし加速することで、ゴローたちは2時間でターコイズブルーの円筒形水槽を作り上げた。
「ハカセ、ありがとうございます」
「いいさいいさ。あたしも楽しんだしねえ」
丈夫にするため、ガラスの厚みは1.5セルほどもあるので、かなり重い。
150キムほどになってしまった。
「しかし、こりゃ重いねえ」
あたしじゃびくともしないよ、と言ってハカセは苦笑した。
水を入れたら(半分ほどまででも)500キムを超える重さとなる……。
「先に『ANEMOS』に運び込んでから水を入れた方が楽だろうねえ」
「ですね」
ゴローが『強化』2倍を掛ければ、500キムは運べるだろうが、円筒形の水槽は持ちにくい。
「水は池の水かい?」
「それがいいと思ってます」
「じゃあ、水タンクを使うわけだね。……念のため、池の水も予備をタンクに入れておいたほうがいいかもねえ」
「あ、そうですね」
飲料水用の水タンクは、20リル入りを20個積む予定である。
それとは別に、クレーネー用に池の水を入れたタンクも用意したほうがいいとハカセはアドバイスしたのである。
「しかし、『ANEMOS』が優秀な飛行船でよかったよ」
「本当ですね」
『竜の骨』をふんだんに使った『ANEMOS』。
さらには『風の大精霊シルフ』からの祝福の証を持つゴロー。
これにより、最大積載重量は事実上無制限(ただし、積み込むスペースによって上限が決まる)である。
『世界一周』という大冒険にふさわしい乗り物であった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月4日(木)14:00の予定です。
実は、11月26日(水)に、両目同時に白内障の手術を行うのです。
そのため、病院に1泊することになります。
また、視力が安定するまでどのくらいかかるかわかりませんので、申し訳ありませんが11月27日(木)の更新はお休みさせていただきます。
20251121 修正
(誤)それをヤスリで削って乳鉢ですりつぶすことで酸化道の粉末を作ることができる。
(正)それをヤスリで削って乳鉢ですりつぶすことで酸化銅の粉末を作ることができる。




