14-32 前準備
ゴローは倉庫で、オズワルド・マッツァに頼まれたエメラルドを選んでいた。
「できるだけ大きくて、傷や欠陥のないもの……うーん……」
天然のエメラルドは、どうしてもその内部に傷や欠陥を含んでしまうのだ。
ハカセの在庫がいくら優秀でも、そんな極上品はそうそうない。
「……これが一番か」
見つけたのは、親指大の原石が2つ。
もう2まわり小さいものが1つ。
計3個を見つけ出した。
「とりあえず、これを持っていってみるか」
あまり期待しないでくれ、と断っておいたので、まずはこれで様子を見ようと考えたゴローであった。
* * *
一方、ハカセ。
「『浄化の魔導具』を作るよ!」
と宣言し、サナとティルダに手伝いを頼んだ。
「基本となるのは水晶だね」
透明な水晶は『浄化』のパワーを秘めている、という。
「水晶はたくさん在庫があるしねえ」
そう言って、倉庫から大きな水晶を(サナが)運んできた。
「ティルダ、これを球に加工しておくれ」
「はいなのです」
『竜の骨』で作った工具があるので、水晶の加工もかなり楽に行える。
ハカセとサナ、ティルダは、その夜のうちに17個の水晶球を作り上げたのである(もちろん、日付が変わる前には寝た)。
* * *
翌朝、ハカセたちが起きたのは午前7時。
さっと朝食を済ませ、『浄化の魔導具』作りを再開。
メンバーは昨夜と同じくハカセ、サナ、ティルダの3人。
ルナールは旅行用の保存食、ゴローは『甘味』の作り置きに忙しい。
ヴェルシアは庭の薬草園で薬草を摘み、非常用の薬品を作っている。
そしてアーレンとラーナは『ANEMOS』に積んでおきたいあれこれを準備していた。
* * *
「『純糖』はたっぷり作ったな」
型にはめて一口サイズにした純糖がおよそ10キムほど完成。
湿気ないように小分けにして、それぞれを密封する。
これで1年は楽に保つはずだ。
「あとは『樹糖』もたっぷり持っていくか」
『樹糖』、すなわちメープルシロップを完全に脱水して粉にしたものである。
水またはお湯に溶かせばいつでもメープルシロップが出来上がる。
「ジャムはそのままで保つだろうな。あとは砂糖もだな……」
サナが好むというだけでなく、カロリーの手っ取り早い補給という意味でも甘味は有用だ。
ゴローは保存性のよいものをピックアップし、準備していったのである。
* * *
「乾燥野菜はたっぷり用意しましょう」
フリーズドライ、いや『魔法乾燥』で水分を抜いた野菜類を梱包していくルナール。
魔法により一気に水分を抜いたので、ビタミンやミネラル類はそのまま残っているのだ。
これを水やお湯で戻せば、食感はともかく、繊維質やビタミン・ミネラル補給に役立つ。
「あ、乾燥肉も」
野菜同様に魔法乾燥で水分を抜いた肉も用意する。
「乾飯も」
炊いたお米に魔法乾燥を掛けたもので、いわゆる『アルファ化米』である。
炊いたご飯はデンプンがアルファ化しているわけで、それをすぐさま乾燥させることで劣化を防いでいる。
冷めたご飯はベータ化して食味が落ちてしまうのだという。
このままでもパリパリと食べられる(唾液の酵素、アミラーゼで糖化するため甘みを感じる)が、お湯でふやかすとより食べやすくなる。
現代日本でも保存食や携行食として販売されている。
「『癒やしの水』はゴロー様に頼むとしよう」
ルナールは、『水の妖精』のクレーネーを同行させようという話はまだ知らないようだ……。
* * *
「ええと、解熱剤と痛み止め、それに胃腸薬に傷薬、清潔な布……」
ヴェルシアは、持って行く常備薬などをチェックしている。
足りない分は薬草園から摘んできて作ろうと思っていたが、在庫が結構あったのでその必要はなくなった。
「これだけあれば大丈夫でしょう」
殺菌消毒に関しては『殺菌消毒』があるし、ゴローもサナも『癒やし』が使える。
さらにハカセはその上の『治療』や『快癒』が使えるのだ。
『治療』は内科・外科初級で頭痛・腹痛や小さな切り傷を治すことができ、『快癒』は内科・外科中級でさらに重篤な症状を治すことができる。
「これで安心ですね」
忘れ物はないか、セルフチェックを行うヴェルシアであった。
* * *
アーレンとラーナは、必要になりそうな装備を準備している。
「『魔導ランタン』は必要だな」
「はい。明かりは大事です。全員分は必要ないでしょうけど、4つか5つは」
「そうだな。それから修理用の素材も少し」
「ですね。特に旅先では補充できないようなものが」
「『竜の骨』は必須だな。それに『亜竜素材』も」
「各種工具も」
「着替え類は各自で用意してもらおう」
「そうですね」
もちろん『浮遊ベスト』は必須である。
「護身用の短剣かナイフもあったほうがいいな」
「『竜の骨』で作ったものがありますね」
「各自1つは携帯してもらおうか」
「それがいいでしょうね」
ちなみに頭部を守るためのヘルメットはすでにある。
『ANEMOS』を作った際に用意したものだ。
竜の骨で作られ、軽くて丈夫。内張りはナイロン毛虫素材で作った発泡材。
形状は『ジェットヘル』と『オフロードタイプ』の中間くらいである。
シェル(外殻)は後頭部までを覆い、両頬から顎までをガードしている。
額の上には一体型のバイザーが、少し庇状に伸びている。
ちなみに総重量は約0.8キム。
全員分あり、色分けがされ、額の部分にはイニシャルが付いている。
ハカセのヘルメットの色は白色で、イニシャルは『D』(Doctor=ハカセ)。
ゴローは黒色、イニシャルは『G』。
サナは赤、イニシャルは『S』。
ティルダは薄紫色、イニシャルは『T』。
ヴェルシアは薄桃色、イニシャルは『V』。
ルナールは黄色、イニシャルは『R』。
ラーナは黄緑色、イニシャルは『L』。
そしてアーレンは青色でイニシャルは『A』となっている。
また、フランクにも用意されており、色は銀色でイニシャルは『F』である。
それに加え、予備も5つ用意されていた。
* * *
「さて、テラリウムを作るか」
甘味の準備を終えたゴローは、『屋敷妖精』であるマリーの『分体』に手伝ってもらいながら、フロロやミューを一緒に連れて行くための準備を始めた。
フロロの場合は本人(本精霊?)と相談のうえ、大きめの植木鉢を用意すればいいということだったが、『エサソン』のミューはもう少し手間が掛かる。
まず、ガラスの水槽を用意。
大きさは、熱帯魚用の90センチ(セル)水槽だ。
そこに土を入れ、落ち葉や朽木、苔のついた石などを入れていく。
「あとは……ミューに聞いて作ったほうがいいな」
草を植えようと思ったのだが、どんな草がいいかわからなかったのだ。
なのでミューに直接好みを聞こうとおもったわけである。
水槽を持って庭園奥へ。
「ミュー、いるかー?」
「はい、ゴロー様」
ゴローの呼びかけに応じ、ミューが現れた。
「ちょっと見てほしいんだ。……一緒に旅行に連れていきたいんだが、こんな感じでどうだろう?」
作りかけのテラリウムもどきをミューに見せるゴロー。
「あ、いい感じですね。もう少し草やシダが多いともっといいです」
「うん、そうだろうと思った。草は何がいいかな?」
「そうですね、『ユキノシタ』と『トキワシノブ』を半々に。あと、草ではありませんがヤブコウジも欲しいです」
ユキノシタは山地の湿った場所に生育する草で、トキワシノブは常緑のシダである。
また、ヤブコウジは草のようにも見えるが常緑の小低木だ。
ミューの好みを反映させつつテラリウムもどきは完成した。
「わあ、ここに住んでいいんですか?」
「うん。旅行用の仮住まいと思ってくれ」
「ありがとうございます」
次は『梅の木の精』であるフロロあるいはルルの番だ。
研究所にいるのはルル。
「そうね、もう別個体だけど、あたしの親株のフロロの『分体』を連れて行ってもらいたいかな」
「なるほどな。……で、植木鉢でいいかな?」
「十分ね。場合によっては根を張って別個体になれるし。そうなったらどこかに植えてもらえればいいでしょうね」
「わかった」
大きめの植木鉢に、腐植質を混ぜた、通気性のよい土を用意するゴロー。
* * *
「あとはポチと……クレーネーだな」
さて、どうなるであろうか……。
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次回更新は11月20日(木)14:00の予定です。




