01-37 引っ越し準備
「カリカリしていて美味しいのです!」
「サクサクして、甘い。これ、好き」
その日の夕食はラスクと芋チップス、それに生野菜のサラダとなった。
サラダは、ゴローが1人で野菜を買いに行って用意したのだ。
(サナはいいけど、ティルダの健康を考えないとなあ)
甘いもの……というか炭水化物ばかり食べさせていたら太りそうだ、それも不健康に、とゴローは心配しているのである。
そもそもティルダの場合、座っての作業が多いため、1日の消費カロリーが少なそうだからだ。
「ティルダ、野菜もちゃんと食べろよ」
「……はい、なのです……」
(ドワーフだからって、ビタミンやミネラルを摂らなくても平気と言うことはないだろうしな)
ゴローがハカセを見ていた限りでは、ドワーフの代謝もヒューマンと変わりはない。ハカセはハイブリッドであるが。
その証拠に、ゴローが栄養バランスの取れた食事を作って食べさせるようになったら、見違えるほど健康になったのだから。
「……もうなくなった」
「あとは明日の分だ」
その一方で、サナは人造生命なので、どんなに大食しようが偏食しようが問題はない。
が、対外的な、つまり体面もあるので、人並みプラスアルファくらいで留めておいてほしいゴローであった。
(……って、俺はおかんじゃないぞ)
内心で苦笑するゴローであった。
その後、ゴローたちはティルダの家財道具の大半を片付け、いつでも積み込めるようにしたのである。
そして午前10時頃。
「こんにちはー」
アントニオが馬車と共にやってきた。
「割と大きい馬車だな」
「ええ。ティルダさんは工房主なので、荷物が多いでしょうから」
気を利かせてくれたようだ。
「じゃあ、積み込もうか」
とゴローはサナに声を掛けた。そこに、
「あ、手伝います」
とアントニオが言うが、
「いや、俺とサナで十分」
と、ゴローは断った。
「……?」
アントニオはよくわからないという顔だが、ティルダは全てを悟ったような表情をしている。
そんな心境を察したのか、ティルダはアントニオに、
「見ていればわかるのです」
と、ぽつりと囁いた。
そしてその言葉どおり、ゴローとサナは持ち前の怪力で荷物をどんどん馬車に積んでいく。
「ティ、ティルダさん、あの金床って、どのくらいの重さがあるんですか?」
ゴローが右手で掴んで『ぶら下げて』いる金床。どうみても、それは……。
「だいたい80キムくらいなのです」
金床は、金属素材を叩いて加工するためのベースであるから、硬いだけでなく重くなければならない。
重ければその分慣性も大きく、金槌の打撃力を余さず素材に伝えることができるからだ。
というわけで、80キムもあるそれを片手で掴んで運んでいくゴローに絶句するアントニオなのであった。
* * *
「ざっと、こんなものかな」
「……」
およそ10分で運び終えてしまった。アントニオは開いた口がふさがらないようである。
「明日の朝、マッツァ商会に行けばいいのかな? ……おーい?」
「……あっ、は、はい。朝の8時までにお出でください」
「わかった。よろしく頼むよ」
「こ、こちらこそ」
何故か疲れたような顔をしたアントニオは、馬車に乗って帰っていったのだった。
「がらんとしたな」
「ですね」
ほとんどの家財道具を積み込んでしまったので、ティルダの工房……というより家の中は閑散としている。
辛うじて残してあるのは寝具と最低限の食器だ。それに貴重品。
「あまり思い入れはないですけど、なんとなく寂しいのです」
ティルダがぽつりと言った。
「まあ、それは……なんとなくわかるよ」
なんとなく寂しいという気持ちが、なんとなくわかる。それは多分に感覚的な問題だからだな、とゴローは考えていた。
* * *
その日の昼食は当然ながらラスクと芋チップス、それに買ってきた果物。
「これ、意外と美味いな」
「うん、美味しい」
果物は、大きなオレンジのようなもので、思ったより甘味が強く、サナもまあまあ気に入ってくれたようだった。
「グレープオレンジなのです。南の方で採れる果物なのですよ」
ティルダが説明してくれた。
オレンジなのにグレープを冠しているのは、実がブドウのように房生りに(といっても10個以下)できるからだという。
(そういう意味ではグレープフルーツか。でも味はもっと甘いな。1個の大きさも小さめだし)
と、謎知識を併用して感心するゴローであった。
さて、食事が終わるともうすることがない。
家の片付けは終わっているし、家財道具がないのでなにもできない。
「暇だ……」
「うん」
「なのです……」
ということで、町を巡って、何か必要なものはないか、考えることにした。
とはいえ、買うとしても手回り品だけだが。
要はウィンドーショッピングをして時間を潰そうということだ。
なんとなくシャロッコの店のある側とは反対の区画へ向かう。
しかしそちらは食料品街であった。
道路にも露店が出ている。
なのでサナは目を輝かせ、あちらこちらへ寄り道する。
「ちょっとずつだぞ」
とゴローが注意する間もなく、あっちで一口、こっちで二口、いろいろな屋台で買い食いしていた。
とはいえ、そのおかげというかそのせいでというか、時間はそこそこ潰せた。
そして、日が傾いてきて、これが最後と覗き込んだ店では、思いがけない発見があった。
「お、これって、マーマレードじゃないか?」
昼に食べたグレープオレンジで作ったマーマレードの瓶詰めが売っていたのだ。
「ジャムと何が違うの?」
と、サナからの質問。
「ええとな、マーマレードは皮も一緒に煮て作るんだよ」
とゴローは説明する。
「……木イチゴにも皮はあるよ?」
とサナが反論するが、
「いや、それはそのとおりなんだけど、皮が占める割合が多くないとマーマレードにはならないんだ」
とゴローは説明する。
オレンジのマーマレードの場合、皮の苦味も味のアクセントになるのが特徴だ。
「イチゴやベリー類じゃジャムになってもマーマレードにはならないしな」
とはいえ、本質的にはジャムもマーマレードも同じである。
「じゃあ、マーマレードを一瓶買っていこう」
「うん」
併せて焼きたてのパンも買う。
ラスクや芋チップスにマーマレードを塗ってもあまり合わないだろうからだ。
加えて、飲み物として果物のミックスジュースがあったのでそれも買った。
が、夕食に食べ、飲んだところ、
「マーマレード、美味しい」
「ちょっとだけ苦味があるけど、甘くて美味しいのです」
マーマレードは好評だったが、
「……うーん、果物のジュースというより野菜ジュースみたいだ」
ジュースは期待外れだった。
いよいよ明日は引っ越しである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月3日(木)14:00の予定です。
20200916 修正
(旧)その証拠に、ゴローが栄養バランスの取れた食事を進めていったら
(新)その証拠に、ゴローが栄養バランスの取れた食事を作って食べさせるようになったら