00-05 知識欲
37号と56号は魔獣イビルウルフに襲われていた。
「『炎』『槍』『二本』『発射』」
37号の詠唱が響き、2本の『炎の槍』がイビルウルフに命中する。
脳天から尾までを貫かれた2頭は声も立てられずに絶命した。
だが、56号は。
「うわあ! イ、イグニス、スピア、ラクタ!」
詠唱は口にできても、オドの制御が全くなされていないため、魔法が発動しなかった。
それがため、2頭のイビルウルフに飛びかかられ、地面に組み伏せられてしまう。
「た、助けてくれ!」
イビルウルフは、1頭は首筋、もう1頭は脇腹に噛み付いていた。
「痛てててて!」
そこへ37号が駆けつけ、その華奢な脚を振るった。
「ギャン!」
「ギャウン!」
56号に噛み付いていた2頭は10メートルも吹き飛び、地面に落ちて痙攣したあと静かになった。
「あ、ありがとう……」
56号はお礼を言ったが、37号は冷静に言い放つ。
「立って。……あいつら程度では、あなたに傷をつけることはできない。それを理解して、もっと落ち着くべき」
「あ、ああ。……そ、そうは言っても……」
のろのろと起き上がる56号に、37号はぴしゃりと言う。
「ゴーレムを倒したことを思い出せばいい。あれ1体で、こいつら100体は余裕で倒せる」
そりゃああのゴーレムは金属製の鎧を着ているようなものだしなあ、と思いながらも、噛み付かれた箇所は痛かったものの傷1つ付いていないことを再認識する56号。
一方、4体がやられたことで、イビルウルフは慎重になっているようだ。
「……オドを抑えて」
37号が言った。
「え?」
「オドを、抑えて。魔獣は、私たちが垂れ流していたオドを感知して集まってきた」
「あ、な、なるほど」
言われたとおり、56号は覚えたばかりのオド制御を行った。
すると、残ったイビルウルフは興味を失ったように身を翻し、闇の中へ消えていったのだった。
「オドが感じられなくなれば、あいつらは興味を失う。まして4頭もやられていれば、なおさら」
「なら、最初から……」
あいつらが現れた時にオドを抑えていればよかったんじゃ、と56号が言うと、
「あなたの訓練にちょうどいいと、思った。……でも、これほど情けないとは、思わなかった」
「……」
いつもどおりの、感情の籠らない声で言われ、56号は少し凹んだ。
「そう言われてもなあ……俺は生き物を殺したことなんてなかったんだから」
思わずそんな言葉が口を突いて出た。
(あれ? 今、俺、何を?)
無意識に口にした言葉だったが、56号にはそれが本当のことだとなぜかわかっていた。
(俺は、前世では生き物……少なくとも大型の生き物を殺したことってなかったんだろうな……)
「それが事実でも、この世界では、それは悪手」
37号が冷静に告げる。
「命を狙ってきた相手に容赦していたら、身を滅ぼす、私たちは頑丈だけど、不滅じゃ、ない」
「うん……」
確かに、37号の言うことはわかるので、少し憂鬱になりながらも頷いた56号だった。
「それじゃあ、この4頭を始末することから、始める」
「え?」
37号が指差したのは、イビルウルフ4頭の死体。
「このまま放っておくと腐敗して、いろいろと面倒になる。かと言って、食料には向かない」
そもそも自分たちは食べる必要がないし、ハカセも肉は好きではない、まして不味い肉は、と37号は言った。
「火魔法で焼いて、みて」
「う、うん」
56号は、こういう時に使う魔法は……と考えた。
「『炎』『点す』」
大きな炎が生じ、たちまちのうちに1頭の死骸が灰になった。
「そう、その調子」
37号が褒めた。
「『炎』『点す』」
56号は、2頭目、3頭目、と処理をしていった。
そして最後となる4頭目。
(あれ? 火って、赤より黄色、黄色より白い方が温度が高いんだよな? だったら……)
不意に脳裏に浮かんだ情報に面食らいながらも、それを生かして魔法を発動させる56号。
「『炎』『点す』」
詠唱は同じだが、イメージが違う。それだけで、発生した炎は青白く燃えていた。
その炎は途轍もなく高温で、その証拠にイビルウルフの死骸はあっという間に灰になり、周辺の岩が一部溶けてガラス状になっていたのである。
「なに、それ」
その威力を見て、37号は驚いた。
「ええと、炎ってのは、青白いのが一番温度が高いんだ。だからそれをイメージしてみたら、こうなった」
「……初めて聞いた。火って、赤いのが一番熱いと思い込んで、いた」
呟くようにそう言った37号は、
「……56号って、不思議なこと、知っている」
と、ぽつりと言ったのだった。
* * *
肉体的には疲れないのだが、精神的に疲れた56号は、魔法の練習は一旦それまでにしてもらうことにした。
「……少し、1人になって考えてみたいんだ」
「うん、わかった」
37号はそれを了承。2人は洞窟内の施設へと戻ったのであった。
そして、自分の部屋。
簡単なベッドの上に横たわった56号であるが、彼に睡眠は必要ない。
目を閉じ、いろいろと考える……己のことを。
(青白い炎は温度が高い……どうしてそんなことを知っているんだろう?)
自問自答しても答えは出ない。
そして目を瞑り、じっと考えてみる……。
(・・・・・・)(……水が水蒸気になるとおよそ1700倍になる……)(摂氏4度の時の水が一番重い)(音は空気中を伝わる振動)(・・・・・・)
「……な、なんだ、これは!?」
不意に、脳裏をよぎったわけのわからない知識に困惑し、つい大声を出してしまった56号。
するとドアの外から、
「56号、どうかした?」
と声が掛けられた。
「え、あ、いや……」
心配掛けたかな、と思った56号はベッドから降りてドアを開け、
「いや、何でもないんだ。ちょっと独り言」
と、そこにいた37号に説明した。
「そう。それならいい。……で、ハカセが呼んでる」
「わかった」
そのまま、56号は37号と一緒にハカセの部屋へ向かった。
ハカセはベッドに腰掛けて2人を迎えた。
「来たね、56号。身体の調子はどう?」
「特に問題はありません」
「そう、それならいいわ」
そして、
「37号に聞いたけど、変わった魔法を使ったんだって?」
と尋ねる。
「ええ、変わった魔法と言いますか、火や炎は青白いものの方が温度が高い、っていう知識が頭に浮かんだんで、そうイメージしただけなんですけど」
「ふうん、面白いねえ。それって、56号の前世での知識なんだろうね」
「……多分そうなんでしょうね」
はっきりとはわかりませんが、と56号は呟くように言った。
「興味深いねえ。今の世界にはない知識か。ああ、知りたいよ」
そんなハカセを見て、37号はそっと56号に言った。
「ハカセは、私から古代魔法の知識を聞いて、まとめている。……で、56号の知識も欲しいらしい」
「……いいですけど、断片的ですよ?」
56号は渋々ながら引き受けた。
「ああ、それでいいよ。だけどね56号、そうした知識を思い出していけば、もしかするとあんたのルーツもわかるかもしれないよ」
ハカセによれば、記憶を探るという行為は、時として忘れていたはずのことを思い出させてくれるものだそうだ。
「ええと、光というのはいろいろな色が混ざっていて、『プリズム』というものを使うと色分けできて……」
「ふんふん」
「水面に斜めに差し込んだ光は曲がります。これを光の屈折と言って……」
「ふんふん」
「水が凍る温度を0度、沸騰する温度を100度とする単位系を摂氏といいます。摂氏ってなんだか知りませんが……」
「ふんふん」
「慣性の法則というものがあって、止まっているものはいつまでも止まっていようとし、動いているものはいつまでも動いていようとします」
「ふんふん」
「氷に塩を振ると、より温度が下がって、水を凍らせることができます」
「ふんふん」
こんな調子で延々と……は無理で、
「ごほっ、ごほげほっ」
「ハカセ、今日はここまで。無理は、駄目」
ハカセの体調が悪くなったので終わりになったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月12日(水)14:00に 00-06 を更新する予定です。
応援の程よろしくお願いいたします。
20190609 修正
(誤)56号は俺を言ったが、37号は冷静に言い放つ。
(正)56号は礼を言ったが、37号は冷静に言い放つ。