14-28 化け物
茂みの中から様子をうかがっていたサナは、修道服姿の男が懐から『呪具』を取り出すのを見た。
その『呪具』は、明らかに『穢れ』を纏っている。
よくこんな短時間に再び『穢れ』を纏わせることができたな、と少し感心しつつ、サナは男の前に立ちふさがった。
「待って」
「!?!?」
いきなり茂みから姿を現したサナを、男はびっくりした目で見つめた。
今のサナの姿は町娘ではなく、探検旅行用のジャンプスーツを着ている。
だがその姿はといえば、銀にも見える白く長い髪にルビーのような赤い瞳。
それがこのような場所にいるのは違和感ありまくりである。
「な、なんだ、お前は!?」
「人に名前を聞く時は、まず自分から名乗るべき」
「……私はプルス教修道士、ズーラだ」
「私はサナ」
律儀にも男は名を名乗ったので、サナも名前を告げた。
「その手の物は、なに?」
「これは……『救いの宝具』だ」
「救い?」
「そうだ。これに触れた者は救われる」
「嘘をつくな」
「!?」
追い付いたゴローが、男……ズーラの背後から声を掛けた。
「お前は!?」
「そんなことはどうでもいい。その手の物をよこせ」
「ふざけるな」
「ふざけてはいないさ。それを池に投げ込むつもりだろうが、そうはさせない」
「救われたくないのか?」
「いや、どう見ても呪われてるだろ、それ」
「なに!?」
「『穢れ』が漏れ出ているじゃないか」
「ふざけるな!」
「だからふざけてはいないって」
ズーラの目つきが変わってきた、とゴローは感じた。
そこに、もう1人(?)の声が。
「ゴロー、きもちわるい、ものがきてる」
『ルサルカ』のルーである。
「ひっ!?」
池から顔を出したルーを見、ズーラは怯えた顔になった。
その隙をつき、ゴローはズーラの手から『呪具』を奪い取る。
「あっ! か、返せ!」
「返せと言われて返すくらいなら、こんなことをするものか。……καθαρση『浄化』」
今度の『穢れ』は大したことがなかったからか、1度の『浄化』で『穢れ』は消滅した。
「な、何をする! この、悪魔め!!」
「悪魔はそっちだ。なぜ王都に『穢れ』をばらまく?」
「『穢れ』ではない。『救い』だ!」
「話にならないな」
前はゴロー、後ろはサナ。左は池で、『ルサルカ』のルーが上半身を水から出して睨みつけている。
右は茂みで、簡単に逃げられるものではない。
ズーラは観念したように目を閉じ、再び目を開けると、諦めたようににやりと笑った。
……が、諦めたわけではなかった。
修道服の内ポケットから、何やら小瓶を出し、蓋を取るズーラ。
「あ、それ、きもち、わるい」
ルーの言葉に危険を感じたゴローはズーラに向かって駆け寄った……が、ズーラは瓶の蓋をゴロー目掛けて投げつけた。
反射的にそれを避けたため、ゴローの行動はワンテンポ遅れ、ズーラは小瓶の中身を飲み干してしまう。
「……これで、私も『聖人』の仲間入りだ!」
「なに!?」
「ふはははは…………うっ!?」
「どうした?」
「うううう……!」
「……きもち、わるい」
ズーラの様子がおかしい。
ルーが身震いして水中に消えた。
『水妖』のルーが怯えるほどに、ズーラの様子は一変していた。
顔、いや全身に青筋が浮き出し、筋肉が肥大する。
そして纏う気配が、人間のそれから妖怪……いや、邪悪な何かへと変化した。
「ゴロー、人間が『穢れ』を取り込むと、ああなるみたい」
「……だな」
そこにいるのはもはや『人』ではなく、獣とも妖怪ともつかない『化け物』が1体。
「酷いものだな……」
「うん……」
「ルーがびびったのもわかるよ」
「同感」
もはや人とは呼べない姿と化したズーラ。
果たして、元に戻れるのだろうか……と、ゴローはほんの少しだけ気になった。
だが次の瞬間、そんな余裕は吹き飛んだ。
ズーラ……いや、『化け物』の拳が迫ってきたからだ。
「うわっと!」
かろうじてそれをかわすゴロー。
「『強化2倍』を掛けていてこれか……」
おそらく化け物の身体能力は、今のゴロー……『強化2倍』を掛けた状態よりも上である。
その証拠に、空振りした拳が起こす風圧で、近くの木々の小枝が折れたほど。
「ゴロー、気を付けて」
「ああ。……『強化』3倍だ!」
ゴローにできる最大の強化。
これにより、化け物の身体能力を大きく上回ることができた。
余裕を持って化け物の攻撃をかわすゴロー。
そんな中、サナから『念話』が届いた。
〈ゴロー、『浄化』を、化け物に掛けてみようと、思う〉
〈ああ、それはいいかもな〉
〈だから、ちょっとだけ、化け物を引き付けて、いて〉
〈わかった〉
そんなやりとりが行われ、ゴローはさきほどより小さな動作で化け物の攻撃をかわしていく。
そして。
「καθαρση『浄化』!」
サナからの魔法が飛んだ。それは、狙い過たず化け物を包み込む。
「ぐ……ぐがああああああああ!!」
化け物から苦悶の声が上がった。
〈いいぞ、効いてるようだ〉
〈なら、もう1回〉
「……καθαρση『浄化』!!」
「ぎゃあああああああああ!!!」
そして、もう1回、さらにもう1回。
「うわあああああああああ……」
ついに化け物は地に倒れ伏した。
〈悲鳴が段々と人間っぽくなっていったな〉
〈うん。……もう一度、やる〉
「……καθαρση『浄化』!」
「俺も。……καθαρση『浄化』!!」
「う、く、あ……」
陸に打ち上げられた魚のようにびくんびくんと痙攣していた化け物だったが、次第に元の姿に戻っていく。
「念の為、もう一回。……καθαρση『浄化』」
「なら、俺も。……καθαρση『浄化』!」
「……」
もう化け物は苦悶の声を上げることもなく、静かに横たわっている。
その姿は、元のズーラに戻っていた。
「よし、こいつを縛り上げよう……と、縄がないな……」
「これ、あげる」
ルーが水から現れ、古い鎖をくれた。
「そこに、しずんでいた」
「お、ありがとう」
長いこと水の底にあった鎖なので、少々錆びていたが使用には問題ない。
ゴローは2メルほどあったそれを使い、意識のないズーラを縛り上げた。
「これで、よし。……この後、どうしようか……」
「モーガンさんに、引き渡せば?」
「いや、どうやってモーガンさんに連絡するか……」
「お城へ行けば、いい。ゴローと私なら、通れる」
「あ、そっか」
一応、ゴローとサナは『名誉士爵』なので、城門をくぐることはいつでも可能だ。
その先、つまり王城の中枢部に入るには、上の者の許可がいるが。
「こいつを担いでいくのか」
「うん、ゴローが」
「仕方ない」
サナにも可能だが、王都内でそれをしていたら奇異の目で見られること疑いなし。
なので男のゴローがズーラを担ぐことになった。
「それじゃあまたな、ルー」
「うん、またね」
『ルサルカ』のルーと短い言葉を交わし、ゴローとサナは池を後にした。
再度『浄化』を掛けた『呪具』は、証拠の品としてサナが持っている。
その際、中に仕込んだ『帰還指示器』の『マーカー』は取り出しておいた。
* * *
修道士服の男を肩に担いで歩くゴローの姿は、やはり人目をひいていた……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月23日(木)14:00の予定です。
20251016 修正
(誤)ズーラは観念したように目を閉じ、再び目を開けると、手にしていた『呪具』をゴローに向かって放り投げた。
(正)ズーラは観念したように目を閉じ、再び目を開けると、諦めたようににやりと笑った。
(誤)
ルーの言葉に危険を感じたゴローはズーラに向かって駆け寄った……が、『呪具』を受け取ろうとしていたため、ワンテンポ遅れる。
(正)
ルーの言葉に危険を感じたゴローはズーラに向かって駆け寄った……が、ズーラは瓶の蓋をゴロー目掛けて投げつけた。
反射的にそれを避けたため、ゴローの行動はワンテンポ遅れ、
(誤)もう化け物は苦悶の声を上げることもなく、静かに横割っている。
(正)もう化け物は苦悶の声を上げることもなく、静かに横たわっている。




