14-26 アジト
モーガンが帰ると、ハカセは奥から出てきた。
「ハカセ、サポートありがとうございました」
ゴローが礼を言うと、ハカセは笑って首を振った。
「いやいや、早く帰ってもらいたかったからさ」
マリーから様子を聞いていたハカセは、これはこうした方がよさそうだ、ということで急遽古文書を捏造したらしい。
「古い羊皮紙とインクはマリーが用意してくれたしね」
「はい、お屋敷の倉庫にまだたくさんございます」
使えないものなら廃棄するが、マリーが保護管理しているので古くはなっても劣化はほとんどしていないのだという。
「まあ、ごまかせるだろうよ」
ハカセの手腕なので、そこはあまりゴローも心配していない。
しかもモーガンのことだから、複写したあとは返してくれるであろうと思っている。
* * *
「さて、いろいろなことが明らかになったねえ。その点はモーガンさんに感謝だよ」
「ですね」
『穢れ』の元凶は『教会』の残党であったことが明らかになったのである。
「『大司教』はきっとどこかで糸を引いているんだろうねえ」
「もう年だというから、配下がいないと何も出来ないでしょうね」
「そうだね。実行犯を次々に捕まえていけば、手足をもがれたように、いずれ何もできなくなるだろうさ」
「それは、モーガンさんたちに頑張って、もらわないと」
「サナが言うのは正論だけど、手伝いくらいはしてあげてもいいかな」
「そうだねえ、この騒動が早く収まるんならね」
そんな会話がなされていたとき、
「皆様、動きがありました」
と、『屋敷妖精』のマリーから報告が入ったのである。
* * *
3人は『魔導モニター』を設置した部屋へ。
「お、今度は人間ぽいね」
「そうみたいですね」
ハカセの言葉通り、『魔導モニター』には修道士のような格好をした人物が映っていた。
フードは被っておらず、表情が見えるために『人族』と判断したのだ。
「ただの様子見のようだねえ」
両手は空で、荷物を持っている様子もない(修道服の内側に何か隠そうと思えば隠せるが)。
「仕掛けた『呪具』が動作していないからって差し向けた『ガーゴイル』がこれまた帰ってこないんですから、さすがに気になるでしょうね」
「そりゃそうだろうね……あたしだってそんな事態になったら気になるよ」
ハカセが苦笑する。
「なら、罠に引っかかりそうですね」
「あ、引っ掛かった」
ゴローが期待した、その次の瞬間、『謎の修道士』が『壊れた呪具』と『ガーゴイルの部品』を拾い上げたのが見えた。
声は聞こえないが、その表情を見るとかなり驚いているのがわかる。
「そりゃあ驚くよな」
「うん」
ゴローとサナは頷きあった。
「ああ、両方とも懐に入れたねえ」
ハカセは、『謎の修道士』が『壊れた呪具』と『ガーゴイルの部品』をローブの懐に入れるところを確認した。
「これで追跡できるねえ」
「2つとも拾ってくれましたから、2方向から計測してアジトを突き止められますね」
そう、追跡できればいいという考えだったため、1つの『マーカー』に1つの『帰還指示器』しか対応させておかなかったのである。
が、2つとも持ち帰ってくれるなら、2方向から『帰還指示器』の針が示す方向を計測し、アジトの位置を割り出すことができる。
「これを、どう、モーガンさんに説明、するか……」
サナが何やら考え始めた。
「え?」
「どうした、サナ?」
「え、うん……アジトを突き止めたなら、モーガンさんたちに知らせればいいと思った、から」
「そうだなあ……」
その場合、どうやって突き止めたのかを説明する必要があるわけで、それをサナは考え込んでいたのだ。
「なるほどねえ。奴らの始末は確かに王家に任せたほうがいいよねえ」
「なら、どうしましょうか……」
「そうだねえ……」
ハカセとゴローも一緒になって考える。
「ゴローがあいつと偶然出会って後をつけていく、というのはどうだい?」
「ハカセ、場所が場所だけに偶然というのは無理がないですか?」
「そうだねえ……」
が、サナは、
「あいつらのアジトがどこにあるか、で変わってくると、思う」
と言う。
「ああ、それは確かにそうだな」
町中なら『偶然見つけた』が通用するかもしれない。
が、どこか遠くの森の中とか山奥だとしたら『偶然』というには無理があるだろう。
「とりあえず様子見でしょうか」
「そうだろうねえ……」
そういうことになった。
* * *
修道服の人物は、『魔導モニター』の範囲から消えた。
が、『帰還指示器』の針は少しずつ動いており、行き先を追い続けている。
「どのくらいの距離にアジトがあるんでしょうかね」
「少なくとも、徒歩で行ける距離にあるんだろうね。……その場合は仮拠点とか支部とか、だろうと思うけど」
「それはそうでしょうね」
少なくとも王都内に本部があるとは到底思えないからだ。
「ゴロー、針の向きは、どっち?」
「え? ……うん……これはどう考えればいいのか……」
『帰還指示器』の針は、少しずつ東へ回り込んでいる。
つまり、『マーカー』は東へ向かって動いていることになるわけだ。
『池』のあるのは王都の北西なので、可能性の1つとして、王都へ戻ってきているということも考えられる。
「これは、2点から測定してみないとわからないな」
「そうだねえ……」
「ちょっと、行ってきますよ」
ゴローはそう言って『帰還指示器』を1つ持ち、立ち上がった。
「気を付けてお行き」
「はい、行ってきます」
とりあえずは遠くへ行くつもはないので、サナとは『念話』でやり取りするつもりのゴローである。
* * *
「さて、東へ動いているわけだから、こっちも東へ行ってみるか」
これで針が北へ向けば、東への移動速度はゴローの方が上、ということがわかる。
さらに、サナに念話でそちらの『帰還指示器』の針の向きを確認すれば、おおよその位置も算出できるというわけである。
……で、どうだったかというと。
〈サナ、針の向きは?〉
〈おおよそ、東北東〉
〈そうか。俺の方は真北を向いてる〉
〈ということは……〉
〈王都の外側、それほど遠くない場所を東に移動している、ということになるな〉
〈……あ、さらに東に向き始めた〉
〈え? ……ということは……〉
王都に戻ってきている可能性が高くなった。
そこでゴローは王都の北門へと向かう。
〈サナ、針の向きは?〉
〈完全に、東。そっちは?〉
〈ほぼ真北。今は門のそばにいる〉
〈と、いうことは……〉
〈ああ、こっちに拠点があるな〉
そしてゴローは、1人の人物に目をつける。
〈……いた〉
〈修道服?〉
〈いや、違う。ただの黒いローブだ〉
〈……暑そう〉
〈そうだな。だけどそうじゃない〉
〈わかってる〉
〈修道服じゃ目立つし、第一教会は王都から駆逐されたはずだからな〉
〈うん、どこかで着替えたと、思う〉
『帰還指示器』の針の動きを見ていると、間違いなくその人物が『マーカー』を持っていることがわかる。
王都の昼下がり、人通りも多いので尾行は容易だった。
ゴローが追っているその人物は、比較的若い男で、30代前半くらいに見える。
ゴローが尾行していることにも気が付いていないようだ。
もっともゴローは50メル以上離れて尾行しているので、普通ではまず気付けないだろう。
加えて『帰還指示器』があるため、見失う心配はない。
男が歩いていくのは北環状4号路。マッツァ商会のある通りだ。
〈ゴロー、どう?〉
〈うん、男は北東の隅近くにある建物に入っていった〉
〈何の建物?〉
〈アパートメントみたいだな。石造りの3階建てだ。しばらく待って出てこなかったら一旦帰るよ〉
〈うん〉
ということでゴローは近くに潜んで1時間ほど時間を潰した。
その間、『帰還指示器』の針は動かなかったため、男はここを根城にしているのだろうと当たりをつけたのである。
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次回更新は10月9日(木)14:00の予定です。
20251002 修正
(誤)その場合、どうやって突き止めたのかを説明する必要があるわけで、そレをサナは考え込んでいたのだ。
(正)その場合、どうやって突き止めたのかを説明する必要があるわけで、それをサナは考え込んでいたのだ。