14-21 浄化の魔導具
さすがに、セットしてその日に犯人が映り込む、ということはなく、何ごともなく一夜が明けた。
「うーん、あたしゃ、することがなくなったねえ……」
「とはいえ、犯人が見つかったら、それによっては知恵を借りることになると思いますから……」
そろそろ研究所に帰りたそうなハカセを、ゴローが引き止める。
ちなみに、研究所とは『双方向夫婦石通信機』でやり取りしており、平穏無事であることは確認済み。
「ハカセ、継続して『浄化』のできる魔導具って、作れない?」
サナがそんなことを言いだした。
要は『穢れ』の呪具に対抗する魔導具である。
「それを、池とか、屋敷の周りとかに設置すれば、どう?」
「そうだねえ……いいかもしれないね。作ってみるとしようか。サナ、手伝っておくれ」
「うん」
というわけで、ハカセはとりあえずの目的ができたのである。
「俺はどうしようか……」
『ガーゴイル』からの信号が入るかもしれないので、受信機に付ききりでなくてもいいが、屋敷を離れるわけにはいかない。
「ゴローも手伝えば、いい」
「それもそうか」
サナに言われ、ゴローもハカセを手伝うことにしたのである。
* * *
「基本的な素材は銀だよ」
「はい」
そういえば、吸血鬼や狼男には銀の弾丸が効く、という伝承があったな、とゴローは『謎知識』で納得していた。
「呪術的には、『白』が重要視されるからね。銀は白い金属だから使われるんだよ」
銀色、と一口に言われるが、金属の中で銀の反射率は可視光線に対して約98パーセントとずば抜けて高い。
これが『白銀』とも呼ばれるゆえんである(同じ様に、金属の色を表す言葉として『黄金』『赤銅』『黒鉄』などがある)。
「まずは、銀を平らに伸ばして板にするのさ」
「はい」
ハカセは、銀の塊を赤く熱して水中で急冷する。
こうすることで銀は焼き鈍され、軟らかくなるのだ(鋼とは異なる)。
それを磨かれた金床の上で叩き、平たく伸ばして板状にしていく(表面の粗い鉄床ではきれいな平面が出ない)。
叩いていくことで加工硬化を起こして変形しづらくなるので、そのたびに赤く熱して焼き鈍す。
こうして、おおよそ2ミル厚の板を用意することができた。
それを、直径30ミルの円形に切り抜く。
「ここに、魔法陣や魔法式をタガネで刻んでいくよ。その際、手の脂を付けないよう、手袋をする必要があるのさね」
「なるほど」
そう説明しながら、ハカセはタガネでどんどん彫り進んでいく。手慣れたものだ。
10分ほどで、メダル状の魔導具が彫り上がった。
「あとはここに『蓄魔石』をはめ込めば完成さ」
『蓄魔石』は魔力を蓄えておける石で、バッテリーのようなものである。
ハカセによれば、この魔導具は消費魔力が極めて少ないので、ごくごく小さい『蓄魔石』で10年くらいは保つとのこと。
「ここをこうして……うん、完成だよ」
およそ30分で『浄化の魔導具』は完成した。
銀の平板はまだまだあるので、2個目以降はもっと短時間にできるだろうと思われる。
「ハカセ、『蓄魔石』の代わりに『竜の骨』は使えないんですか?」
「浄化の魔導具には使えないねえ。……生き物に関するような素材は全て駄目なんだよ」
「ああ、そうなんですね」
『竜』も生物には違いないため、いくら魔力を溜め込んでいても『浄化』には使えない、とハカセは説明した。
「わかりました。……けど、何が違うんでしょうね?」
「うん? ……そうだねえ……何か、あたしたちには感知できない『何か』が違うとしか思えないねえ」
「そういうことですか……」
これについては『謎知識』も何も教えてくれないため、『そういうもの』と認識するしかない。
「それで、効果は……もう確かめようがないですね……」
「そうだねえ……」
「フロロに見てもらえば?」
「ああ、それがいいね。サナ、頼むよ」
「うん」
ということで、サナはできたばかりの『浄化の魔導具』を持って庭へ出ていった。
ちなみに、完成してしまえは素手で触っても問題ないのだそうだ。
ゴローは残って、ハカセが量産する手伝いである。
「10個くらい作ればいいかねえ」
「いいんじゃないでしょうか」
「そうだ、ゴローも作ってみるかい?」
「俺にできますか?」
「同じ様に魔法陣や魔法式を刻めば大丈夫さね」
「では、やってみます」
ハカセに勧められたゴローは、タガネを持って魔法陣を刻み始めた。
ちなみにこのタガネは鋼鉄製。生体系素材である『竜の骨』で作った工具は使えないからだ。
「ほう、うまいじゃないかい」
「そうですか?」
「時間が掛かってもいいから、正確を期しておくれよ」
「はい」
そうこうするうちにサナが戻ってくる。
「ただいま。……フロロに聞いてきた。十分に効果があるって」
「おかえり。……そうかい、そりゃよかった」
そしてサナは、タガネを持っているゴローを見つける。
「ゴローもやってるの?」
「そうなんだよ。サナもやってみるかい?」
「うん」
ということで、サナもタガネを持って彫金を始めた。
ちなみに、ここで使っているタガネは『毛彫りタガネ』というタイプである。
細い線を彫るために使われる(ゆえに『毛』彫り)。
タガネを作る際には手間が掛かるが、毛彫りそのものは難しくない。
(一方で『片切り』という技法は、『片切りタガネ』を作るのは簡単だが、使いこなすには慣れが必要)
閑話休題。
ハカセの指導でゴローとサナは彫金をしている。
キンキン、というタガネを叩く音が工房に響き……そして1時間ほどで止む。
「ハカセ、出来ました」
「私も、できた」
ゴローのすぐ後にサナも完成した。
「どれどれ……うん、初めてにしちゃよく出来ているよ。効果もある、と思う」
「そうですか、よかった」
「うん」
「この調子であと2つ3つ作ってみようか。そうすればタガネの扱いも慣れてくるだろう」
「わかりました」
「うん」
ということで、昼食を挟んで午後3時頃まで作業した結果、ハカセが6個、ゴローとサナが3個ずつ、計12個の『浄化の魔導具』が出来上がったのである。
* * *
「ああ、久しぶりに手を使う仕事をしたよ」
「最近はアーレンがいますからね」
実作業の7割以上はアーレン・ブルーが引き受けてくれているので、ハカセの負担は大きく減っていた。
その反面、ハカセはモノづくりの達成感に飢えていたようである……。
マリーが淹れてくれたお茶を飲みながら、軽くクッキーをつまむ。
食べ過ぎると夕食が入らなくなる心配があるので、クッキーは1人3個だ(サナも)。
「屋敷の4隅と屋根裏、床下で6つ。フロロに1つ。庭の4隅に1つずつ埋めておけばいいだろうね」
「1つ余りますね」
「まあ、予備として取っておけばいいさね」
「あ、池に沈めてきたら?」
「うん、それもいいかもねえ」
「なら、後で行ってくる」
お茶を飲み終わると、ゴローとサナは手分けして魔導具を埋めていく。
まずは屋敷周りにサナが埋めていく。
ゴローは『屋敷妖精』のマリーに手伝ってもらって床下(酒蔵の下)と屋根裏に設置。
その後サナはフロロのところへ、ゴローは庭の4隅へ。
ひとまずはここまで。
残る1個……池の方は、まだ犯人が見つからないので様子見である。
* * *
夕食後。
「今日は池の方は変わりはなかったみたいだねえ」
「夜にやって来る可能性もありますよ」
「ああ、それも考えられるけどね、夜は……」
ハカセが説明。
『穢れ』の生じた場所に夜……『陰』の気が勝る時刻にやって来るには、それなりの実力……魔法的な防御力……が必要になる、ということを。
そういう意味で、夜にやって来る可能性は低いのでは、というのがハカセの予想であった。
「なるほど、そういうことですか。……でもまあ、油断しないでおきますよ」
「うん、それは大事だけどね。……まあ、ゴローとサナは眠る必要がないわけだからね。でも、無理はダメだよ」
「はい、ハカセ」
そんな会話が交わされ、ハカセは午後9時頃就寝。
ゴローとサナはモニター前で夜明かしの構えだ。
「ゴロー、ちょっと思ったんだけど」
「うん?」
「『癒やしの水』を『ルサルカ』に掛けたら、どうなると思う?」
「うーん……わからん。ちょっと興味あるな」
「今度池に行くとき、持っていってみない?」
「面白そうだ。……ああ、『クレーネー』に聞いたら、『ルサルカ』のこと、何かわかるかもな」
「帰ったら、聞いてみれば?」
「そうしよう」
そんな他愛もない話をしながら、夜は更けていく……。
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次回更新は9月4日(木)14:00の予定です。




