14-16 新魔法習得
「うーん、『精霊力』ねえ……」
屋敷に戻ったゴローとサナは、『木の精』のフロロに言われた、『精霊力』についてハカセに尋ねた。
「なんとなくなら、わかるよ」
「教えてください」
「いや、説明の仕方がわからないんだよ……」
これまでになかった概念を成文化するのは難しい。
まず、用語がないので作らなければならないが、なんでもいいというわけではない。
既存の概念を多少なりとも盛り込まないと、それは単なる記号の羅列になってしまうから。
というわけで、ハカセはしばらく悩んだあと、徐ろに口を開いた。
「食事と水、と言ったフロロの言葉はいい例えだったと思うよ。ただ、あまりにもかけ離れたものに例えたから、聞いても理解には遠いんだろうねえ」
「そうなんです」
「うん」
「まずは『魔力』。これは『マナ』『オド』、それに魔法が具現化する前の段階まで含む、割合曖昧な表現だというのはいいよね?」
「はい」
ハカセは1つ頷いて、説明を続ける。
「それで『精霊力』というのは、それらの『魔力』を補助……いや、補助じゃないね……包含? とも違うし……」
が、いい表現が見つからず、何度も言い直す。
そして、
「ええとね、ゴローが作ってくれる『味噌汁』があるだろう?」
と、とんでもない(?)ことを言い出した。
「あ、はい」
ゴローも、理由がわからないままに返事をする。
「あれに例えると、具が魔力で、汁が精霊力といっていいね」
「はあ……」
やっぱり、よくわからない、という顔になるゴロー。
これについては『謎知識』も何も言ってこない。
そこで、ゴローなりの解釈を口にしてみる。
「魔力と精霊力は、似て非なるもの、ということですよね?」
「おお、そのとおりさ」
「……で、魔力は魔法を発動させるために必要だけど、精霊力は?」
今度はサナが質問した。
少しずつ、ハカセの言わんとすることがわかってきたようだ。
「精霊力は魔法の発動には関わらない……はずだよ。でも、精霊力があると、多分だけど、いろいろといいことがあるのさね」
「いいこと……ですか?」
「そうさ。魔法の威力が上がったり、効果範囲が広くなったり……ね。多分だけど」
「なるほど……味噌汁に例えた意味がわかってきました」
「それはよかったよ」
なにしろ精霊力は人間にはまず扱えないはずだから、ハカセも気に留めていなかった、というのである。
「だとすると、『黒ピクシー』は精霊力をどうしようというんでしょう?」
「想像するしかできないけど、『精霊』力というくらいだから、精霊に属する『黒ピクシー』には何か欲しがる理由があるんだろうねえ」
「そういうことになりますね」
フロロが疲れていて十分に話を聞けなかったことが残念だ、とゴローは思った。
「あ、マリーは何か知らないかな? ……マリー、いるかい?」
「はい、ゴロー様」
ゴローが『屋敷妖精』のマリーを呼ぶと、すぐに姿を現してくれた。
「今、精霊力について考えているんだけど、何か知らないか?」
「精霊力ですか……申し訳ございませんが、ほとんど存じません」
「そうか……いや、謝ることはないよ」
「あ、1つだけ。……もしかすると、精霊力は魔力を流れやすくしてくれるかもしれません」
「流れやすく?」
「はい。……でも、正しいかどうかはちょっとわかりませんが」
「いや、参考になったよ。ありがとう」
ここで、サナがマリーに質問。
「マリーは、精霊力を感知できる?」
「はい、多分それだろう、と思われる力の流れでしたら」
「そう。……だとしたら、あの『黒ピクシー』は、その精霊力に群がっていた、ということで合ってる?」
なかなかするどい問いであった。
「はい、言われてみれば、そうだったような気もします」
人間だって、何を呼吸しているのか、科学が発達しなければわからなかったわけだから、当のマリーが詳しいことを知らなくてもおかしくはない、とゴローは思う。
「だが、その精霊力って、どこにでもあるのかい?」
「はい、濃い薄いはありますが」
「ここの屋敷は濃いのかな?」
「濃いですね。……精霊のいる場所は大体濃いです」
だから『屋敷妖精』のマリーがいる屋敷と、『木の精』のフロロがいる梅の木に群がっていたのか、とゴローは納得した。
だがまだ疑問が全て解けたわけではない。
「あの『黒ピクシー』はどこから来たんだろう? あるいはどこで発生したんだろう?」
「それは……わかりかねます」
「まあそうだろうな。……だが、マリーがわからないということは、少なくともこの屋敷の敷地内じゃあなさそうだ」
「はい、それは間違いございません」
それは王都内を一廻りして調べてみようかなとゴローは思った。
が、その前に『浄化』をマスターしておきたいなと思い直す。
そこでハカセにその旨を話すと、
「いいともさ、教えてやるよ。サナも、覚えたほうがいいだろう」
「うん」
ということで、ゴローとサナはハカセから『浄化』マスターのための特訓を受けることになった。
* * *
専門すぎる概念や、日本語では表せないような用語、人族では発音の難しい詠唱『καθαρση』などの説明を受けた後、イメージトレーニングを繰り返し行うことで準備は整う。
その後、『オド』をどの様に変換して『浄化』にするか、の実践的な講義。
最後には実際に使って慣れることだ。
「καθαρση『浄化』!」
「καθαρση『浄化』!!」
特に、この最後の『実際に使う』というところが重要なのだが、普通の人間は『オド』が枯渇してしまうため、1日にできる回数が限られてしまい、上達への妨げになっている。
が、ゴローとサナにはそんな縛りはないので、60回を超える練習を経て、晴れて『浄化』をマスターしたのである。
「καθαρση『浄化』! ……できました!」
「καθαρση『浄化』 ……できた、ハカセ」
「いいねいいね、2人とも上出来だよ。これで安心して外出できるね」
「はい。自動車を使って王都内をぐるっと回ってきてみます」
「そうだね、それがいいね」
「ゴロー、『マッツァ商会』も見てきたほうがいいかも」
「そうだな。あとは『ブルー工房』と、『猫の手亭』も見てこよう」
『猫の手亭』は、ジャンガル王国ゆかりの獣人たちが営む食堂である。
『ラーグル大サーカス』の関係者でもある。
「気を付けて行っておいで」
「はい、行ってきます」
そういうわけで、ゴローは自動車で出掛けようとし……。
「ちょっと待って。ゴロー、朝食」
「あ」
とサナに言われ、はたと気が付いた。
ルナールがいないので、ゴローが支度する必要がある(マリーも、頼めば支度してくれるが、今朝は頼んでいなかった)。
* * *
朝食は朝粥にした。
その他にナスの味噌汁と目玉焼きという簡単なもの。
サナにははちみつレモンを作ってやったので満足したようだ。
「それじゃあ、行ってきます」
ということで、改めてゴローが出発したのは午前7時半。
王都の主要道路は環状線と放射線の組み合わせなので、まずは外周を1周したら一段内側の環状線を1周……というようにコースを取った。
その結果……。
「『マッツァ商会』と『ブルー工房』、それに『猫の手亭』は無事。というか、町には何ごともなかったな」
と、幸いなことに、王都は無事であった。
「王城も無事だな。まずはよかった」
王城に『黒ピクシー』が集っていたら、大変な面倒事になるなとゴローは警戒していたのである。
だが、それはなかった。
「……うちだけか」
つまり、『黒ピクシー』に集られたのはゴローの屋敷だけだった。
結論として、『精霊力』の濃い場所は、王都の中ではゴローの屋敷のみ、ということになる。
「それはそれで、問題だな……」
悩みつつゴローは、屋敷に帰ったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月31日(木)14:00の予定です。
20250724 修正
(誤)「καθαρση『浄化』!
(正)「καθαρση『浄化』!」
(誤)「ちょっと待った。ゴロー、朝食」
(正)「ちょっと待って。ゴロー、朝食」
(旧)
つまり、『黒ピクシー』に集られたのはゴローの屋敷だけだった、ということになる。
『精霊力』の濃い場所が、王都の中ではゴローの屋敷だけだった、というわけだ。
(新)
つまり、『黒ピクシー』に集られたのはゴローの屋敷だけだった。
結論として、『精霊力』の濃い場所は、王都の中ではゴローの屋敷のみ、ということになる。