14-11 帰宅して
宴から一夜明けて。
ゴローたちが帰る日である。
午前9時、『ANEMOS』の周りには、彼らを見送ろうと大勢の獣人が集まっていた。
「お世話になりました」
「こちらこそ、世話になったのじゃ。……ゴロー、また来ておくれ」
「はい、姫様」
「アーレンさん、いろいろとご教示ありがとうございました」
「いや、これも役目ですから」
「今度いらっしゃる時には、自国製の飛行船や船をお見せしたいですよ」
「その日を楽しみにしています」
「ティルダの先生は来ていないのかい?」
「はいなのです。ミユウ先生とは昨日ご挨拶してきたのです」
「そうなのかい」
「先生は忙しい方ですので、それでいいのです」
「ふうん」
あんたもいい弟子だよ、と心のなかで呟いたハカセであった。
「ルナール、元気でね」
「ありがとうな、ネア」
「また会える日を楽しみにしてるわ」
「俺もだ」
なお、ヴェルシアとラーナには、特に別れを惜しむ相手はいなかった……。
* * *
「元気でな、また会おうぞ」
「そちらもお元気で」
午前9時30分、雲一つない青空に『ANEMOS』は舞い上がった。
「ああ、しがらみがなくなってすっきりしたよ!」
ハカセが大きく背伸びをしながら嬉しそうに言った。
「やっぱりハカセは自由人なんですね」
「そうだよ、あたしは自由な人間なのさ!」
ゴローの言葉にハカセは満面の笑みで答えたのだった。
* * *
『ANEMOS』は順調に飛び続け、10時半には研究所に帰り着いた。
「ああ、帰ってきたねえ」
真っ先に『ANEMOS』から降りたハカセは、駆けるようにして研究所へと入っていった。
そんなハカセを、ゴローとサナは苦笑を浮かべながら追いかける。
「サナ、俺はまずクレーネーとミューとポチのところに行ってくる」
「うん、わかった。私はハカセのところへ行く」
「頼んだ」
というわけでゴローとサナが行ってしまったので、残されたアーレン、ラーナ、ティルダ、ヴェルシア、ルナールたちは荷物を下ろすことになる。
フランクも手伝ってくれたので15分ほどで全部下ろすことができたのだった。
* * *
「クレーネー、いるかい?」
「はいですの」
クレーネーのいる『心字池』に向かって呼びかけると、すぐに応答があり、『水の妖精』のクレーネーが現れた。
「おかえりなさいですの、ゴロー様」
「ただいま。留守の間、変わりなかったかい?」
「1つありましたですの」
「え!?」
「悪いことではないので大丈夫ですの」
クレーネーは微笑んだ。
「そ、そうか。……で、何があったんだい?」
「『水の精』様にお会いしましたですの」
「ええっ!?」
『四大』と呼ばれる、世界を構成する四元素(四要素)には、それぞれを統括する大精霊がいる。
『地』には『地の精』。
『火』には『火の精』。
『風』には『風の精』。
そして『水』には『水の精』。
ゴローとサナは『火の精』と『風の精』に会って話をしたことがある。
ティルダは『地の精』に会って加護をもらっている。
まだ会ったことがないのは『水の精』であった。
その『水の精』に会った、とクレーネーは言っているのである。
「お会いして……どうだった?」
「少しだけ、お話しましたですの」
「どんな話だい?」
「もう少しで『格』が上がる、と言われましたですの」
「格? それが上がるとどうなるんだ?」
「水辺を離れて、自由に動けるようになるんですの」
「お、そうなのか」
驚きの進化である。
これまでは短時間なら池から出ることができる、という程度だったのが自由に動けるようになる、というのだから。
「はいですの。……そうしたら、ゴロー様たちの旅行にお連れくださいですの」
「それが可能になるのか……いいぞ。一緒に行こうな」
「はいですの! 嬉しいですの」
満面に笑みをたたえるクレーネー。
「それからもう1つ、『癒やしの水』の効果が上がって、怪我にも効くようになるんですの」
「へえ、そりゃあいいなあ……」
治癒系の力は旅の仲間にもってこいである。
「……で、いつ頃『格』が上がるって?」
「もう上がりましたですの」
「……え?」
「先ほど、ゴロー様がいらして、お呼びになった時に」
「そうなのか?」
「はいですの」
もしかすると、自分が纏う魔力の影響が大きいのかもしれない、とゴローは想像した。
「じゃあ、もう池から出て一緒に移動できるのかい?」
「はいですの」
「じゃあ、これから俺はポチやミューに声を掛けてくる。で、お昼にクレーネーのことをみんなに話そう。その後、迎えに来るよ」
「お待ちしてますですの」
ということで、ゴローはポチを探しに行った。
「ポチー」
と呼ぶこと3度。
3度目の声が途切れないうちに、
「わうわう」
と、ポチが文字どおりすっ飛んできた。
「わふわふ」
ちぎれんばかりに尻尾を振り、ゴローの周りをぐるぐると巡るポチ。
「ポチ、ただいま」
「わふわふ、くーん」
ゴローに身体を擦り寄せるポチ。
が。
「おっとっと……大きくなったなあ、ポチ」
「わう?」
ゴローがよろけるのも当然。
ポチは子牛ほどの大きさになっていたのである。
クー・シーは、最終的には牛ほどの大きさになるというので、これでもまだ子供なのである……。
* * *
ひとしきりポチをかまってやった後、ゴローは『エサソン』のミューを探す。
だが見つからないので、上位存在(?)的な『木の精』である『ルル』のところへ行ってみることにした。
「あ、サナ」
そこには先客……サナがいて、ルルと話をしていた。
「あ、ゴロちんも来た」
「やあ、ルル」
「お帰り、ゴロちん」
「ただいま。……早速で悪いけど、ミューを知らないか?」
「あら、ここにいるわよ」
「え?」
「ゴローさん、お帰りなさいませ」
ルルの本体である梅の木の根本に、小さな妖精……『エサソン』のミューがいた。
「ああ、ここにいたのか」
どうやら、自分がポチと遊んでいる間に、ルルのところへ来たサナに呼ばれてやって来たらしい。
「留守の間に『水の精』が来ていた、って話してたのよ」
「ああ、俺もクレーネーから聞いた」
「そう。ならいいわ。……ここ、どんどん住みよくなってるものね」
「そうなのか?」
「ええ。大精霊が姿を現すというのはそういうことよ」
「ふうん……なるほど」
ミューにも会えたので、ゴローはそろそろお昼なので研究所に戻ることにした。
「サナ、行こう」
「うん。ルル、また」
「またね、サナちん、ゴロちん」
「ゴローさん、サナさん、また……です」
そうしてゴローとサナは研究所に戻る。
「ああ、おかえり、ゴロー、サナ」
「ちょうどお昼ですよ」
「ああ、ありがとう。手伝わないでごめん」
「いえいえ、どういたしまして」
すっかり手慣れたルナールが、お昼ごはんを用意してくれていた。
「今日は焼き飯か」
「はい、冷凍したご飯が『ANEMOS』にたくさんありましたので」
「ああ、そうか……」
非常用の食料として、冷凍したご飯を積んでいたのである。
近々『世界一周』をするにあたって、そうした古い食料は消費してしまったほうがいいわけだ(捨てるなんてとんでもない)。
「うん、いい味だ」
醤油と胡椒だけで味付けし、炒り卵を散らしただけのシンプルなもの。
が、シンプルだけに奥が深いのだ。
「ルナールも腕を上げたな」
「ありがとうございます」
食べながらゴローはクレーネーのことを話す。
「……というわけで、池から離れて自由に動けるようになったんだ」
「すごいねえ」
「『水の精』……会ってみたかったのです」
「もうこの場所って、人外の聖地じゃないですか? 悪い意味じゃなく」
反応は様々である。
「で、『世界一周』する時に連れて行こうかと思って。どうです、ハカセ?」
「いいんじゃないかい?」
「ですね。お水に不自由しないでしょうし」
「『癒やしの水』が傷にも効くようになるってすごいですねえ」
皆、大喜びしたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月26日(木)14:00の予定です。
20250619 修正
(誤)「そ、そうか。……で・ 何があったんだい?」
(正)「そ、そうか。……で、何があったんだい?」
(誤)もしますると、自分が纏う魔力の影響が大きいのかもしれない、とゴローは想像した。
(正)もしかすると、自分が纏う魔力の影響が大きいのかもしれない、とゴローは想像した。
(誤)『木の精』である『ルル』のところは行ってみることにした。
(正)『木の精』である『ルル』のところへ行ってみることにした。
20250620 修正
(誤)「ええ。大精霊が姿を表すというのはそういうことよ」
(正)「ええ。大精霊が姿を現すというのはそういうことよ」