01-35 芋料理
ゴローが『焼き芋』を作るところをアントニオはじっと見ていたが、
「ゴローさん、ゆっくり焼くだけであんなに甘くなるんですか……」
と、半ば感心、半ば呆れたような声を出した。
「そうなんだ。この芋に含まれているデンプンは、同じく含まれているアミラーゼという酵素によって糖化するから甘くなるんだ。ちなみに加熱しないと駄目だし、温度が高すぎるとやっぱり駄目なんだ」
「だからじっくり焼いたんですね」
「そういうこと」
アントニオはそれを聞いて何ごとか考えていたが、
「ゴローさん、これをシクトマで売りませんか?」
「え?」
「実は俺……私、こんどシクトマの支店を任されることになったと言いませんでしたっけ? ……でも、これまでと同じことをやっていても駄目じゃないかとずっと考えていて……」
その結論の一つが『美味しい食べ物』を売る、ということだったという。
「今まで甘芋っていえば、煮て食べるのが主流でしたしね」
焼くにしても、薄く切ってフライパンでさっと焼くような調理の仕方だったという。
「で、この調理法を買い取りたいんですが」
とアントニオが本題を言うと、
「……自分で作って食べるのはいい?」
心配そうにサナが尋ねた。
「それはもちろん。ただ、売るのはやめていただきませんと」
「それはしないよ」
ゴローも保証したので、後ほどその交渉をすることになった。
そして、そろそろ頃合いである。
〈ゴローも、魔力の調整が上達した〉
念話でサナからお褒めの言葉が掛けられる。
〈ありがとう〉
〈話をしながら、それだけ微調整ができれば上出来〉
「さあ、できた」
今度は8本の甘芋が並べられた。
「わあ、美味しそうなのです」
「言っておくが、これが今日の昼食だからな」
じっくり焼くのに時間を掛けたので、時刻はもう午前11時半を回っている。昼食にしてもおかしくない時刻だった。
「うん、わかった」
一番大きい芋を頬張りながらサナが答えた。
「ごちそうになります」
対してアントニオは、控えめに一番小さい芋を手にしていた。
「やはり甘くて美味しいですね。これでしたら売れると思いますよ」
とアントニオは言うが、ゴローは懐疑的だ。
「でも、この調理法って単純だからな……すぐ真似されるんじゃないのかな?」
「いえ、調理するところは見せないようにしましょう。出来上がった芋を、保温できる容器か何かに入れて売れば……」
「なるほど、普通に焼いてもこの甘さは出ないものな」
「そういうことです」
それなら、『じっくり焼く』ということに誰かが気が付くまでは利益を上げられるだろう、とゴローは納得したのである。
そして。
「……あれ、俺の芋は?」
皿の上には1本しか残っていない。
「もぐもぐ」
「……はあ」
どうせサナが食べたのだろうと思ったので、なにも言わず、残った1本を食べたゴローであった。
* * *
焼き芋がなくなったあと、アントニオは礼を言って帰っていった。
「焼き芋の販売権利譲渡の契約書は明日持ってきます」
と言って。
「……ゴロー、お芋買いに行こう」
アントニオが帰るや否や、サナがそんなことを言い出し、ゴローの袖を引っ張った。
「わかったわかった。……ああ、買い物袋持っていこう」
苦笑しながらゴローはサナに引きずられるようにして『食欲館』へと向かったのである。
時間的にはちょうどお昼時。
「……混んでるな」
「でも、食材の方はそうでもない」
軽食を出す、いわばフードコートは人でごった返しているが、食材売り場はそこそこ空いている。
「じゃあ、芋を買って帰るか」
「うん」
「よく見ると、種類があるんだな」
外見が赤っぽい芋と、茶色っぽい芋の2種類があった。
「今回食べたのは赤っぽい奴だから、赤を多めに、茶を少し買ってみようか」
「うん、任せる」
ということで赤い甘芋を1箱、茶色い甘芋を10本ほど買う2人。
ちなみに1箱にはおよそ50本ほど入っている。
ゴローが箱を担ぎ、サナが買い物袋に入れた茶色い芋を持った。
「楽しみ」
知らず、サナの足は速くなっていた。
* * *
3時のおやつ的に、赤芋と茶芋(ゴロー命名)を焼き芋にしてみたところ、赤はほくほく系、茶はねっとり系だった。
「どっちも、美味しい」
サナは喜んでぱくついているし、ティルダもまた、
「おいひいのでふ。……はふ」
と、熱々の焼き芋を頬張っていた。
ねっとり系の中身は黄色というよりオレンジ色がかっていたので、
(ほくほく系は金時芋、ねっとり系は安納芋といったところか)
と謎知識に教えられながら、ゴローは調理法を考えるのだった。
「天ぷらとスイートポテト、大学芋、それにきんとん、芋ようかん……」
今すぐにできそうなものというと、大学芋かな、とゴローは台所を見回した。
フライパン、植物油、砂糖。
ゴマがないが、今回は仕方がないか、とゴローは妥協することにした。
(スイートポテトを作るにはバターとミルクが足りないな)
シクトマへ行こうという時に、日持ちしないミルクを買うわけにはいかなかったのだ。
(バターは買っておいてもよかったかもな。まあ、いいや)
ゴローは甘芋を乱切りに刻んでいく。
するとサナが覗きに来た。
「今度は、何?」
「大学芋だ」
「だいがくいも?」
「説明が面倒くさいから、できるまで待っててくれ」
「わかった」
というやり取りのあと。ゴローは乱切りにした芋を水にさらした。
芋はそのままに、鍋に水を入れ、そこに砂糖を投入。
煮詰めていく。
「……舐めていい?」
「駄目だ」
再びサナがやってきて、蜜を作っている鍋の中を覗き込んでいた。
* * *
時々やってくるサナを追い返しながら、ゴローは水にさらした芋を油で揚げていく。
この時、よく水を切らないと油が跳ねるので危険である。
「蜂蜜を混ぜてもいいんだが、今回はゴマもないし、シンプルに行こう」
160度Cくらいの低温で芋を揚げ、最後に蜜を絡めればできあがりだ。
時刻は午後4時半、夕飯にはまだ少し早いので、ゴローは追加で別の料理を作ろうと考えた。
「芋ご飯作りたいけどお米がないしな……天ぷらは卵がないし……うーん……よし、きんとんにしよう」
それとて、みりんはなし、色づけのクチナシの実もないので、どこまでできるかと思いながら、ゴローは芋の皮を剥いていった。
剥いた芋を刻んで鍋に入れ、ひたひたになるくらいの水を加えて弱火で煮る。
竹串が刺さるようになればOKだ。
「よし」
十分軟らかくなった芋を、金網のザルを使って裏ごしする。
裏ごしとは、網に食材をすり付けるようにして『濾す』ことである。
繊維質や塊がなくなり、食感がよくなる。
この時、煮た鍋の中で芋を潰しておくと裏ごししやすくなる。
裏ごしした芋を鍋にいれ、強火に掛けて砂糖を混ぜ、焦がさないようすばやく練っていく。
(みりんがあったらよかったんだがなあ)
ないものは仕方がない。
サナのことを考え、甘めの味つけを心掛けるゴローであった。
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次回更新は9月29日(日)14:00の予定です。




