14-08 オーカ
『船』の開発に取り掛かるハカセたち。
「まずは、どんなものを作るか、だねえ」
「どこで使うか、によって変わってきますね」
「それは……湖だね」
ミラー湖や、以前鉱石を拾いに行ったズーミ湖などが、とりあえずの使用場所だろう、とハカセは言った。
「私たちはそうでしょうけど、川はどうなんでしょう」
ヴェルシアが言う。
「うーん、俺が見た限りでは、『大河』といえるような川はなかったですね」
「空から見てるとそうだったよね。……ああそうだ、ルナール、どうなんだい?」
『ジャンガル王国国民』であるルナールならよく知っているだろうということで、尋ねてみるハカセ。
「そうですね、大河はないですね。せいぜい幅30メルくらいでしょうか」
「そんなものか」
以前、ルーペス王国からジャンガル王国へと旅をした際、ルーペス王国側には『ヒ川』という、幅200メルはある大河があったことを思い出すゴロー。
が、『ジャンガル王国』内に入ってからは、大きな川を渡った覚えはなかった。
「一応、川で使う場合はどうするか、くらいまでは考えておきませんか?」
「あ、それはいいですね」
アーレンも賛成してくれた。
「じゃあ、それでいこうかねえ。……で、まずは船体からにしようかね」
「浅くて波があまりないなら『平底』でしょうか」
「確かに、安定はよさそうだね」
「でも、大きくはできませんね」
平底の欠点の1つは、底が弱いことである。
大型化が難しく、波の荒いところでは強度が不足する。
ゆえに大型船は『竜骨』と呼ばれる、船の底中央部を縦に、船首から船尾にかけて配置されている部材をもつ。
英語では『キール』と呼ばれる。
木造船建造時にはまず竜骨を定め、それに直角に肋材を組み、それを梁で固定する、という工程となる。
余談だが、西欧における『大航海時代』において木造船が多数作られた結果、竜骨に使えるような巨木が枯渇してしまった、という逸話もある。
そして時代は金属を使うようになっていくのだ。
ついでに蛇足として書いておくと、漢方でいう『竜骨』は大型哺乳動物の化石のことである。成分は炭酸カルシウム。鎮静・収斂・止瀉(下痢止め)作用などがあるとされる。
閑話休題。
大きさは小型船に分類されるものとする、と決まった。
乗員は5名程度。
これなら平底でも強度不足にはならないだろう。
「形は?」
「こういうのはどうです?」
ゴローは、まずゴムボートのような型を描いた。
楕円形というよりは長円形。
円を直径部分で分割し、その直径と同じ辺の長さをもつ長方形を間に挟んだ形である。
「ふんふん、なるほどねえ」
「あまり速度を出さないならこれで十分だと思います」
「そうだねえ……」
湖の上を走るだけならこれでいいだろうとゴローは思った。
何より安定がいいからだ。
湖の上なら、基本的に波は小さい(強風時は例外)。
作りやすく乗りやすく、軽量にできる平底船は第一候補だ。
「川も走るならどうかねえ、ゴロー?」
「双胴船がいいかもですね」
「双胴船? ……胴体が2つある船、ってことかい?」
「はい。こんなふうに」
ゴローは双胴船の絵を描いてみせた。
「ほうほう、なるほど」
「ゴローさん、これなら左右の安定性がいいですね!」
「発展形としてこういうのもある」
ゴローはさらに双胴船のアレンジバージョンを描いてみせた。
簡単に言うと、平底船の船底の左右を少し盛り上げ、双胴船に近付けた形状だ。
現代日本では、これもまた『双胴船』と呼ばれている。
「なるほどねえ。これなら平底船の乗りやすさと双胴船の安定性のいいとこ取りになるね」
「その分作りにくくなりますけどね」
「それは問題ないさね」
製造の問題はあっさりと切って捨てるハカセ。
「この形なら、多少重くなるけど丈夫に作れそうだね」
「そうですね、10人乗りくらいにはできそうです」
などと検討は進んでいく。
* * *
「船体はそれでいいとして、推進器はどうしようねえ?」
「『飛行船』と同じ、『積層翼膜式推進器』でいいんじゃないですか?」
「そうだねえ……うん、それでいこう」
作り慣れて実績があることと、水中ではなく空中で使うことにより、推進器をぶつける心配がない、というメリットがある。
スクリュー推進の場合、浅い場所では底にぶつけて破損するおそれがあるのだ。
また、藻が絡んで回らなくなってしまうことも考えられるが、『積層翼膜式推進器』の場合はそれがない。
「方向転換は『積層翼膜式推進器』そのものの向きを変えればいいかねえ」
「いいと思います」
風が吹き出すわけではなく、推進器そのものに力が加わるため、どんな向きでも乗員に影響はない。
こうして、推進方式も決定したのだった。
* * *
そしていよいよ製作である。
「あたしたちの船は折り畳み式にしようかねえ」
「で、依頼された船は双胴船式の浅底船ですね」
ということになった。
折り畳み。
要は、折り紙のようなイメージである。
材質は『亜竜の抜け殻』。
先日の探検行で手に入れた素材である。
「魔力をちょっと流してやると丈夫になりますね」
「『抜け殻』に思いも寄らない使い道があったものだねえ」
『抜け殻に魔力を流すと丈夫になる』。
これは、つい先日発見した特性である。
古い『亜竜の巣』で見つけて採取してきた大量の素材。
その中に『抜け殻』が大量にあった。
『翼膜』は『浮遊』のために使っているが、『抜け殻』はいい使い道が見つからなかったのだ。
とりあえず座席の座面に張ったらどうかと試行錯誤しているときに発見した特性。
特定の魔力を流すと『硬く』なるのである。
もう少し言うなら、その『亜竜』の魔力を流すと『軟らかく』なる。
これは、『亜竜』の表皮の特性であると思われた。
「つまり、生きて動いている時は自分の魔力が行き渡っているから軟らかい。そうでないと動けないからね。で、外敵から魔法で攻撃された場合、硬くなって身を守る、そういうことじゃないかねえ」
とは、ハカセの見解である。
『特定の魔力』と言ったが、要はその『亜竜以外の魔力』なら何でもいいわけだ。
というわけで、広げるときと畳む時はその『亜竜』の魔力を与え、広げたなら誰かの魔力(ゴローかサナが適任)を流すことで硬化し、10人乗ってもびくともしない船になる。
「うんうん、いいものができたねえ」
ハカセはご満悦である。
折り畳めばティッシュの箱に入るくらいの大きさになり、広げれば6畳間くらいの大きさになるのだから。
もちろんこっちは完全な平底である。
形状としては長円形のトレイだ。
続いて、依頼された船に取り掛かる。
飛行船を作った工房なので、十分な広さがあるのは幸いであった。
こちらは、骨組みは飛行船の余りの『亜竜の骨』や『ジュラルミン』を使い、そこに木の板を張って、最後に『亜竜の抜け殻』を張って仕上げる。
全長7メル、全幅3メル、定員6名。
ここまででまる2日を要した。
「あとは水に浮かべて試したいけどねえ」
「どうやって運びましょうか」
ゴローたちの船は折り畳み式なので、『ANEMOS』に積んで行けるが、依頼された船はそうもいかない。
まあ『ANEMOS』のパワーなら運べないこともないとは思うが、今後のことを考えると『ジャンガル王国』における輸送手段を確立する必要があった。
「台車に載っけて引っ張るしかないでしょうね」
「そうだねえ……」
ということで、もう2時間ほど掛けて、船を載せる台車も作ったゴローたちであった。
* * *
「おお! これが新造船か!」
「かっこいいのじゃ」
その日の昼前、女王ゾラとリラータ姫がやって来て歓声を上げた。
「台車に載せてありますので、湖まで運べると思います」
「うむ、心遣い、感謝する」
「どこで走らせてみますか?」
「このカルデラの南に湖がある。そこで進水式をしよう」
「わかりました。……あ、そうだ、この船にも名前を付けてください」
「おお、名前か。……どうするかのう……姫、何かいい名前はないか?」
「そうじゃのう……」
女王ゾラとリラータ姫は2人で名前について相談を始めた。
そして、
「『オーカ』にしよう」
ということになった。
ちなみに『オーカ』とは、海に棲む伝説の動物だということだ。
ゴローの謎知識は『オルカ……シャチかな?』という感想を漏らしていたようだ。
そういうわけで『ORCA』と船外に書き込み、進水式は午後に行うこととなったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月5日(木)14:00の予定です。
20250530 修正
(誤)ゆえに大型船は『竜骨』と呼ばれる、船の底中央部を縦に、船首から船尾にかけて配置されている部材である。
(正)ゆえに大型船は『竜骨』と呼ばれる、船の底中央部を縦に、船首から船尾にかけて配置されている部材をもつ。