14-03 順調
翌日朝8時、技術者10名がハカセたちのところへやって来た。
名前は……とりあえず省略。
そもそも、ハカセに覚える気がなかったのだからしょうがない。
内訳は、狐獣人が5、狼獣人が2、犬獣人が2、兎獣人が1。
それぞれの『獣人』は、技術者、職人、職人、経理、というような役割となっているらしい。
彼らを直接指導するのがケーンで、現場監督のような立ち位置となる。
「それじゃあさっそく作業を開始しようかねえ」
まずは部材の組み立てから始まる。
大雑把にいうと『気嚢』(便宜上そう呼ぶ)と『船室』に分かれるのだが、それらは全て構造材で形作られる。
モノコック(一体型構造)にはしない。
多少重くなっても、修理や整備のしやすさ、そして破損時の強度保持を優先したからだ。
モノコック構造は、確かに軽くて丈夫なのだが、卵の殻のように一箇所破損すると全体の強度が下がってしまう。
破損=墜落、となっては一大事なので、ハカセもゴローも、重量増加には目をつぶって安全性を取ったのだ。
それに、増加した重量分は、『亜竜の翼膜』を1枚追加すれば相殺できる程度なのである。
この辺が、空力を使って飛ぶ飛行機との決定的な違いである。
「この部材はここに接続します。それが済んだら、ここのハンガーに固定し、さらに下の部材を組み付けていきます」
「おお、そういう手順ですか」
「設計図や組立図を見ながら行ってください」
「わかりやすいですね」
「もし分解する必要があった時は、どれとどれが組み合わさっていたか、印を付けておくことを勧めます」
「それはいいですね」
やって来た技術者たちは、さすが女王の指名というべきか、理解するのが早く、説明する側も非常にやりやすかった。
* * *
そんなこんなで半日。
「形になったねえ」
ハカセたちが組み立てている1号機はもちろん、『ジャンガル王国』の技術者たちにやらせた2号機も、構造材の組付けはほぼ終了し、『飛行船』としての形が見えてきていた。
「あとは明日にしようかね」
「そうですね、ハカセ」
時刻は午後5時、この日の作業はこれで終わりとなったのである。
* * *
ゴロー、アーレン、ルナール、ケーンの4人で大浴場へ。
「広い風呂はいいなあ」
「ですよね」
ゴローとルナールはのんびり湯に浸かり、アーレンはケーンと話している。
「ケーンさんはどこで技術を学んだんですか?」
「ルーペス王国ですよ」
「え? 『人族』の国で、ですか? いろいろ大変だったでしょう?」
獣人への偏見は根強いものがあるのだ。
「ええ、まあ。……でも、親切な人もいましたし、いい師に巡り会えましたし」
「そうでしたか。……その先生の、お名前を伺ってもいいですか?」
王国民のアーレンとしては、やはり気になるようだ。
「ジメハーストの町にお住まいの『ロキ・カイン』という方です」
「ああ、聞いたことがあります。そうですか、ジメハーストにお住まいでしたか……」
アーレンによれば、王都の喧騒を嫌って地方に隠棲した、ということらしい。
「僕も2度ほどお会いしたことがありますが、穏やかな方でしたね」
「ええ。ジメハーストでは技術の基礎を教える塾のような教室のような、そんなことをなさってらして、そこで2年ほど学んだんです」
「それは興味深いですね。今もその教室は開かれているんでしょうか?」
「いえ、いまはもう辞めて、完全に隠居なさってるはずです」
「そうですか、それはちょっと残念です」
それを横で聞いていたゴローも、一度会ってみたいものだな、と感じていたのである。
* * *
夕食には、サナのリクエストで甘いフルーツが多めに付いた。
具体的にはパイナップルとマンゴーである。
どちらも完熟しており、とても甘い。
「ゴロー、これ、保存できないの?」
甘さが気に入ったサナが尋ねる。
「うーん、難しいな。……やっぱり、ドライフルーツにするしかないよ」
「残念」
生活魔法『脱水』を使うことでドライフルーツができる。
アンズやバナナでドライフルーツを作ったこともあるが、やはり完熟した生のフルーツの美味しさにはかなわない。
「フリーズドライならもう少し美味しいかな……? いや、瑞々しさがなくなるから駄目か……?」
サナの好みは、単に甘ければいいというわけではない
甘いだけでいいなら、砂糖を舐めさせておけばいいのだから。
もちろん、それも嫌いではないだろうが、やはりプラスアルファの風味がほしいとゴローは考えていた。
ちなみに、フリーズドライとは、『真空状態で水分のみを抜いて乾燥させる』方法である。
冷却し、凍結させることで『昇華』によって水分を蒸発させるため、加熱による栄養素の破壊が起こらない利点がある。
なお、一般家庭ではまず作れない(専用の機器の導入も困難。規模が大きくなるため)。
生活魔法『脱水』ならば加熱せず水分のみを抜くことができるが、やはり瑞々しさがなくなるため、オリジナルの美味しさには程遠いのだ。
「むしろ、乾燥したからこそ味わえる美味しさってないものかな……」
考えるゴローだが、『謎知識』は教えてくれなかった。
そして、その夜は何ごともなく更けていく……。
* * *
翌日もまた、朝の8時には技術者たちがやって来た。
『飛行船』の建造を行うのも前日と同じ。
この日は、『気嚢』に、浮遊のための『亜竜の翼膜』を貼り付けるところから始まる。
外板を張ってからでは作業がしづらいからだ。
『気嚢』は、アイロンを裏返した形にちょっと似ている。
あるいは小型モーターボートの甲板を全部塞いだよう、といえばいいか。
上面は平ら、下面は立体的に膨らんでいる。
前方は尖って、後方は平ら。
さらに下方には、船室が付いている。
重心が浮力中心よりも下方にあることで安定させるためである。
「なるほど、理にかなってますね」
「空中でひっくり返らないためですか」
技術者たちは簡単な説明で納得し、作業を続けていく。
ゴローたちもまた、飛行船を組み立てていく。
慣れの問題もあり、人数は少なくともゴローたちの方が作業は速い。
なので、時々ゴローやアーレンが技術者たちの2号機を手伝いながら指導を行う、という流れである。
土属性魔法レベル6、『金属・融合』を使うことで、溶接以上の強度で金属を接合できるのだが、『ジャンガル王国』の技術者たちではレベル4の『金属・接着』がやっとであった。
1人2人、鍛えればモノになりそうな技術者はいるのだが、今はそんなことをしていられないため、『金属・接着』した箇所はハカセかアーレン、あるいはゴローかサナが改めて『金属・融合』で強固に融合させている。
昼食と昼休みはちゃんと1時間取り、午後も3時休みを15分とりつつ、作業していく。
5時で終了の予定だ。
「だいぶ形になってきたねえ」
「おかげさまで」
1号機・2号機共に、構造材は完成、『亜竜の翼膜』取り付け終了、上部船体(=気嚢)外板張り終了。
推進機や内装などはまだである。
* * *
「ほう、大分できたのう。完成が楽しみじゃ」
夕方、作業終了直前に、女王ゾラがやって来て、出来具合にたいそう満足そうな声を上げた。
「皆のもの、ご苦労である」
「は、陛下」
「ゴローたちも、よくやってくれているのう」
「はい、陛下」
「あと2日か3日で完成するだろうかのう……?」
「そうですね、それくらいには」
「楽しみにしておるぞ」
女王ゾラはそれだけ言うと、執務に戻っていったのだった。
「さあ、それじゃあ、今日はこれで終わり。ゆっくり休んで、明日に備えておくれ」
「はい!」
建造も、技術者育成も順調である……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月1日(木)14:00の予定です。