14-02 推力
4時間ほど掛けて、ゴローはケーンに、『飛行船』に付いて説明を行った。
ケーンの理解力はなかなかのもので、大体のところは理解してくれたようである。
「……と、こんな感じだが、何か質問はあるかい?」
「そうですね……」
ゴローの問いかけに、ケーンは少し考えてから答える。
「ええと、『浮く』ために『亜竜の翼膜』を重ね張りするわけですよね」
「そうだな」
「何枚も重ねる際、裏表はあるんですよね?」
「ああ、そうだな。確かにある。間違えると浮力の方向が逆になって打ち消し合うから要注意だな」
「そうですよね」
なので、切り抜く際には裏表がわかるように印を付ける必要があるな、とゴローは付け足した。
「わかりました。それから……」
「……それはな……」
その後も、2つ3つの質問に答えていくゴロー。
中にはなかなか鋭い内容もあって、ケーンの才能を感じさせた。
「もうないかな?」
「あ、それからですね、大したことじゃないんですが……」
と前置きをしてからケーンはおずおずと口を開いた。
「あ、あの、『亜竜の翼膜』に魔力を流すと『浮力』が生じると言われましたよね?」
「そうだな」
「それを使って推進力にする、とも」
「うん」
「その場合、『浮力』って言い方は、おかしくないでしょうか」
「え……ああ、そうか」
「すみません、些細なことを指摘して……」
「いや、いい」
用語というものは適切でないと混乱するからな、とゴローは言った。
そしてしばし考える。
「『推力』は他でも使うしな……『押す力』……単に『力』……うーん……」
少し考えたがいい用語は思い付けなかったので、また後で考えてみる、と告げたゴローであった。
* * *
一方、ハカセたちは『積層翼膜式推進器(仮称)』をほぼ完成させていた。
メイン推進器を12基、方向転換用を24基。
「とりあえず試験をしてみたいねえ」
「そのつもりですよ。いくつかを『ANEMOS』に取り付けて試してみればいいと思います」
「うんうん、アーレンの意見、採用だよ」
そんな話になり、推進機2基を『ANEMOS』に取り付けて実験を行うことにした。
ハカセ、アーレン、サナが乗り込み、フランクが操縦。
短時間の飛行だが、結果としては大成功。『魔導ロケットエンジン』よりも静かで、効果も大きかった。
「フランク、制御はどうだい?」
「はいハカセ、『魔導ロケットエンジン』よりも制御しやすいですね」
「そうかいそうかい。それじゃまずは成功だねえ」
特に低速での推力が安定している、ということであった。
「魔力の消費はどうだい?」
「はい、短時間の運用でしたが、若干こちらの方が効率がいいようです」
「それは朗報だねえ」
「で、ハカセ、もう『仮称』は付けなくてもいいんじゃないですか」
「そうだねえ。これからは単に『積層翼膜式推進器』と呼ぶとしよう」
「はい」
ということで、今は依頼された飛行船の建造が優先だが、一段落ついたら『ANEMOS』にも『積層翼膜式推進器』を増設しよう、とハカセとアーレンは話し合ったのである。
* * *
ハカセたちが『積層翼膜式推進器』のテストから戻ると、ちょうどゴローもケーンへの説明を終えたところだった。
時刻は正午を少し回ったところ、キリがいいので昼食にする。
この日は焼きおにぎり、野菜のスープ、お新香という簡単なもので済ませ、ゆっくりお茶を飲んで英気を養う。
その際に茶飲み話的に、ゴローは先程ケーンに言われた『亜竜の翼膜』が発生する力を『浮力』と呼ぶのはどうなのか、という話をしてみた。
「確かにねえ。『積層翼膜式推進器』で生じている力は『浮力』とは言えないものねえ」
ハカセも、用語がおかしいことに気が付き、他の呼び方を考えてみよう、と言った。
「それじゃあ、何がいいですか?」
「うーん……推力かねえ?」
「それは俺も最初に思いました。でも本来の推力と区別できませんよね?」
「それはそうだねえ。じゃあ……圧力……も違うか」
そんな中、サナが口を開いた。
「押す力なので『押力』?」
「うーん……確かに用語としてはあり、かねえ」
「他に使われてはいなさそうですしね」
他に候補はないか、とさらに考えてみる。
「反力……斥力……反発力?」
「やっぱり、押す力ですから『推力』か『押力』かねえ」
「『推力』でいいんじゃないですか?」
「そうかねえ……」
「エンジンの推力と同じ種類の力ですし」
「それもそうかね」
他に意見もないので、今後は『浮力』ではなく『推力』と呼ぶことにしたハカセたちであった。
* * *
「……で、ええと、ケーンといったっけ?」
「はい」
「午前中、ゴローの説明を受けて、わからないところはなかったかい?」
「はい、大丈夫です」
「それならいいさね。……明日から、2号機の建造も始めるから、工員を集めておくれ」
「え? あ、は、はい」
ハカセは、2隻を並行に建造した方が技術の移管が楽だから、と説明した。
「新たな設計はともかく、建造の方法やノウハウを覚えてもらわないとねえ」
「そういうことだよ。整備や修理は自分たちでやってもらいたいし」
「ハカセさん……ゴローさん…………わかりました」
ケーンも納得がいったようである。
「このあと、陛下に奏上しまして、技術者集団を結成します」
「うん、そうしておくれでないか」
と、そういう話が決まったのである。
* * *
昼休みを終えると、ケーンは女王ゾラに報告するため一旦工場を離れた。
ゴローは、ハカセたちが午前中に何をやっていたかを聞く。
「ははあ、『積層翼膜式推進器』は性能がいいんですね」
「信頼性もありそうだよ。だから『ANEMOS』にも追加で取り付けようと思うのさね」
そのために多めに製作しておいた、とハカセは言った。
メイン用が12基。うち2基はもう取り付けてあるので、あと4基を『ANEMOS』に取り付ける予定だ。
そして方向転換用24基のうち8基を『ANEMOS』に使う。
残ったメイン用8基と方向転換用16基が、依頼された2隻に使われる。
「『積層翼膜式推進器』が4基あれば、小型の飛行船を時速200キルで飛ばすことができるだろうねえ」
「方向転換用は上下左右に2基ずつ、機首と尾部に近いところに取り付けるから8基、ですね」
「そうそう。それなら姿勢制御もできるしねえ」
さらにゴローは問いかける。
「方向転換用の推進器は向きを変えられるようにするんですか?」
「それをやると、操縦が複雑になりそうなんでねえ。どうしようかと思っているんだよ」
『ANEMOS』は、『人族』の数倍の能力を持つフランクがやってくれているので問題はない。
「『Celeste』は……ああ、方向転換用の推進器の向きは変えられませんでしたね」
「うん。だから問題ないだろうね」
「そうですね。……あ、後退用の推進器がないですよ」
「ああ、それがあったね。じゃあ、方向転換用のものと同じものを1基……」
「いえ、減速にも使えますから、メイン用のものにしましょう」
「そうだね。じゃあメイン用を2基取り付ける、ということであと4基、追加で作っておこうかね」
「それがいいと思います」
そしてさらに検討した結果、修理用にスペアの推進機も作っておいたほうがいいだろうということになった。
「ケーンが戻ってきたら、一緒に作りましょうよ」
「ああ、それがいいね。彼にはそうした知識も蓄えてもらわないと」
噂をすれば影がさす、というが、そんな話をしていたら、ケーンが戻ってきた。
「ただいま戻りました。女王陛下は、明日、10名の職人を派遣してくださるとのことです」
「それなら十分だね。……ケーン、今日はこれから推進器を作るから、手伝っておくれ」
「あ、はい、わかりました」
そんなわけで、この日はメイン推進器6基、方向転換用の推進器4基を作り上げたのである。
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次回更新は4月24日(木)14:00の予定です。
20250417 修正
(誤)と、そういう話が決まったでのである。
(正)と、そういう話が決まったのである。
(誤)そしてさらに検討した結果、修理用にスペアの推進機も作っておいたほうがいいだろうとうことになった。
(正)そしてさらに検討した結果、修理用にスペアの推進機も作っておいたほうがいいだろうということになった。