14-01 新機軸
『ジャンガル王国』に戻ったハカセ一行は、依頼された『飛行船』の建造を行っていた。
建造メンバーはハカセ、アーレン、ラーナ、ゴロー、サナ、ルナール、それにフランク。
ティルダは漆職人ミユウの元へ通い、技術指導を受けている。
ヴェルシアは、『ジャンガル王国』の薬師と、薬草についていろいろ情報交換をしていた。
『飛行船』の建造は、王宮にほど近い空き地に急遽こしらえた工場で行っている。
急ごしらえとはいえ、なかなか堅牢な小屋組みである。
『飛行船』のスペックについては、おおよそのところは女王ゾラとの話し合いで決め、それに沿って建造するというやり方。
といっても、大きさと搭乗人数が決まっただけで……。
形式は『ANEMOS』のような『飛行船』。
垂直に離着陸でき、空中で静止も可能。
大きさは、全長10メル。
搭乗人数は緊急時の上限15名、通常6名(操縦士除く)。
緊急時というのは災害救助の時や、怪我人・病人の輸送の時などをいう。
これだけである。
そして建造を開始して2日目の今、先日思い付いた、『積層翼膜式推進器(仮称)』の実験をしているところなのだ。
先端を塞いだ金属製の筒の内部に、同じ大きさに切り抜いた『亜竜の翼膜』を何枚も詰め、魔力を流すという形式である。
要するに『パンチ』で撃ち抜いた丸い切片をたくさん積めていく、という構造だ。
『亜竜の翼膜』が、面と垂直な方向に浮力を発生させる、という原理を応用している。
面積が小さいので発生する力も小さいが、たくさん詰めていけば加算されて大きな力が得られるだろうと考えたのである。
まずは10枚積層から実験は開始されていた。
筒の外径は約5セル、『単管パイプ』と呼ばれるものより少しだけ太い(単管パイプの外径は48.6ミリ)。
「これは凄いねえ……」
「『ANEMOS』の推進機もこの方式にしましょうか」
今は30枚を積層したところである。
10枚では子供が引っ張るくらいの力であった。
20枚にしたら、大人が引っ張るくらいの力になった。
そして30枚にすると、馬が引っ張るくらいの力が出たのである。
「50枚にしたらとんでもない力が出そうだねえ」
「筒の強度も上げないといけなくなりますよ、ハカセ」
「ああ、そうだねえ」
『亜竜の翼膜』は十分な量が確保されている。
手に入れた抜け殻は5体分(『ジャンガル王国』分)あり、1体あたりの翼膜は20平方メルくらい。
言い換えると12畳くらいなので、たっぷりあるといえた。
ざっと、5メル掛ける4メルとし、そこから直径4セル(内径なので)の円形の切片を切り抜くとして、1万2500枚を得ることができる。
ロスもあるだろうから1万2000枚としても、すごい枚数だ。
1つの『積層翼膜式推進器(仮称)』に50枚使っても240基を作れる計算になる。
「飛行船1隻あたり20基を使ったとしても12隻も作れるねえ」
「方向転換用は20枚くらいで済むと思いますよ」
「それもそうだね、ゴロー。だとすると20隻分くらいは確保できていると考えてもいいね」
「ですね。予備部品として保管すればいいと思いますよ」
「ああ、アーレンの言うとおりだね」
そんなやり取りを経て、『積層翼膜式推進器(仮称)』の完成度は増していく。
「『亜竜の翼膜』って、その『亜竜』の魔力でしか機能しないんですよね?」
「そうだよ、ラーナ」
ハカセたちの仕事ぶりを見学中のラーナが質問してきた。
ラーナは技術者でもあるが、専門は経理や工程管理なので、魔法的な理論にはやや疎いのだ。
「そもそも、魔力って、人によって違うんですか?」
「それが、違うんだよ。……そうだねえ……ほら、声だって一人一人違うだろう?」
「言われてみれば、そうですね」
「魔力……この場合は『オド』と呼ぶんだけど、この『オド』が、魔法に必要なんだよ」
ハカセは作業の手を止めて、ラーナに説明を始めた。
魔導士は基本的に体内の魔力、すなわち『オド』を使って魔法を使う。
そして消費された『オド』は、呼吸により『マナ』を取り込み、時間を掛けて『オド』に変化させ、減った分を補給するのである。
「あ、前にちょっと聞いた気がします」
「うん。……それでだねえ、前回発見したんだけど、『マナ』を『亜竜の骨髄』を通してやると、その骨髄の『亜竜』固有の『オド』になるのさね」
「ああ、そうなんですね! よくわかりました!」
「うん、また何か疑問があったら聞いておくれ」
「はい、ありがとうございました。作業の邪魔をしてすみません」
「なあに、こっちもいい気分転換になったさ」
笑ってハカセは作業に戻った。
「ハカセ、そろそろ『ジャンガル王国』の技術者も呼んで、構造や原理を説明した方がいいんじゃないですか?」
「そうだねえ……船体の構造材の組み立てが終わったら、そうしようかねえ」
「わかりました。……女王陛下にはそうお伝えしておきます」
「頼んだよ、ゴロー」
『ジャンガル王国』に依頼された飛行船なので、『ジャンガル王国』の技術者がメンテナンスをできないようでは困るわけだ。
なので、要所要所で構造や原理を理解してもらう必要がある。
「それに、もう1隻作るんだろう? ならこっちの技術者に手伝ってもらったほうが効率がいいからねえ」
「それもそうですね」
女王ゾラの要求は、『ANEMOS』よりは小型でいいので、2隻欲しい、ということであった。
この場合、1隻が完成してからもう1隻を作るより、2隻を並行して作った方が作業性はいいのだ(建造する素材や工場があれば、という条件が付くが)。
「キリがいいから今日はこのくらいにして、明日にでも技術者を派遣してもらいましょうよ、ハカセ」
「そうだねえ……もう少しやりたいけど……」
「ハカセ、もう5時になる」
「うう……サナにまで言われちゃあ仕方ないねえ……」
そんなわけで、この日は夕方の5時に作業は終了、ゆっくり休んで英気を養ったハカセたちなのである。
* * *
同日夜。
睡眠の必要がないゴローとサナは、『念話』で話をしている。
〈ゴロー、あと、どのくらいで飛行船、完成するかな?〉
〈そうだなあ……1週間くらいじゃないか?〉
〈……甘いもの、足りる?〉
〈…………うーん……足りないかも〉
〈なんとか、して〉
〈そうだなあ……なんとかするよ〉
〈うん、よろしい〉
そんな、とりとめもない話を、一晩中……。
* * *
翌日、十分休んだハカセは、朝食を終えるとすぐに飛行船を建造している工場へ向かった。
アーレンやゴロー、サナも後を追う。
ラーナは管理ノートを抱えてゆっくりと向かっている。
ルナールは食事の後片付けをしてから向かうことになる。
そしてフランクは工場に居残って番をしているわけだ。
「ハカセ、もう少しすると、『ジャンガル王国』の技術者たちが来ることになっています」
「ああ、昨日そんなことを言っていたねえ。……彼らへの指導や説明はゴローに任せていいかい?」
「はい、任せてください」
「頼んだよ」
そしてハカセとアーレンは、『積層翼膜式推進器(仮称)』の製作に取り掛かっている。
昨日のデータを元に、実用レベルのものを作ろうというのだ。
「翼膜50枚の積層だと、ものすごい力が加わるはずですから、筒の強度は重要ですよね、ハカセ」
「そうだね。少々重くなっても鋼を使おうかねえ」
「いいと思います。粘りのある合金鋼がいいでしょうね」
「だとすると……ニッケルとかマンガンとかねえ? ……おーい、ゴロー!」
まだ王国の技術者たちは来ていないので、ハカセはゴローを呼んで確認することにした。
「鋼鉄に粘り強さと強度を与えたい時は、ニッケルやマンガンの添加でよかったんだよねえ?」
「はい。『謎知識』によりますと、ニッケル鋼は粘り強く、マンガン鋼は強度があります」
「マンガンはあまりないけどニッケルなら在庫があるようだから、ニッケル鋼にしようかねえ」
ここ『ジャンガル王国』では、地球と違いニッケルはレアメタルではなく、かなりの量を産出しているのだ。
地球では、主に熱帯・亜熱帯地域に分布する『ラテライト鉱』が知られているが、『ジャンガル王国』で採れるものもそれに近い。
まあとにかく、ニッケルは豊富に手に入るので、ハカセとアーレンはニッケル鋼で『積層翼膜式推進器(仮称)』を作ることにしたのである。
* * *
そうこうするうちに、『ジャンガル王国』の技術者がやって来た。
「ゴロー殿、はじめまして、『ケーン』と申します。馬車をはじめとした乗り物関係の技術者です」
「こちらこそ。今日は俺が概略を説明します」
「よろしくお願いします」
ケーンは狐獣人で、29歳ということだった。
体つきはやや細身で、あまり力はなさそうだが、狐獣人らしく、考えることは得意らしい。
「では、まず『飛行船』について説明します。大きなこの部分が『船体』で、便宜上『気嚢』とも呼びます。その理由は……」
魔法を使わずに浮くためには空気より軽い気体で満たす必要があるからだ、とゴローは説明をした。
「ああ、聞いたことがあります」
「お、そうか」
「はい、『けもなー様』がお残しになった知識の中に……」
『けもなー』は、およそ3800年ほど前にこの地に流れ着いた『マレビト』で、狐獣人と一緒になった伝説の『人族』である。
『和食』や『センボントリー』などの文化を残した偉人でもある。
名前は『けもなー』でいいのか……とゴローは思ったが、口には出さなかった。
それよりも説明である。
「……で、この『飛行船』は、浮くために『亜竜』の翼膜を使っていて……」
「ははあ……」
ゴローはケーンに、じっくりと説明していくのであった。
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次回更新は4月17日(木)14:00の予定です。