13-32 新たな発想
『ゲレンセティ』へと戻る道中、『ANEMOS』の操縦はフランクに任せ、ゴローたちは遅い昼食を船内で摂った。
「やっぱりお腹が空いていたんだねえ」
「食べ出すと手が止まりませんね」
「落ち着いたら急にお腹が減ってきました……」
などと、皆空腹に気が付いたようで、ゴローが用意した軽食……サンドイッチと焼きおにぎり……は瞬く間になくなってしまったのだった。
「ようやく人心地がついたよ……」
お茶を飲みながらハカセが呟いた。
「あと1時間もしないうちに着きますからね」
「明るいうちに着けるのはいいねえ」
お風呂に入ってくつろぎたい、とハカセ。
そんなハカセにアーレン・ブルーが尋ねた。
「それはそうとハカセ、どんな飛行船を作るか、考えてますか?」
「案はいくつか。……帰りの道中、少し話し合おうかねえ」
そして、ハカセを中心に、飛行船の案が話し合われる。
予定と異なるのは『少し』ではなかったこと。
「大きさは小さめがいいと思うのさね。『ジャンガル王国』は開けた土地が少ないからね」
「『ゲレンセティ』は大丈夫ですよ。……で、着陸できない場合は空中からロープで降下すればいいんですよ」
「ああ、それはいい手だねえ」
「ハカセ、この『ANEMOS』にも備え付けましょうよ」
「うん、賛成。荷物を吊り上げるのに、便利」
「……それは『ウインチ』ってやつですね」
『ウインチ』とは、ワイヤーや鎖を巻き取ることで重量物の吊り上げ・牽引をする機械である。
「なるほど、いいねえ。動力は……」
「ハカセ、先に飛行船の話を……」
「おっと、そうだったねえ」
やはり、新しいモノの話になると、ハカセは喰い付いてきてしまうようだ、とゴローは口出ししたことを反省した。
(今は、依頼された飛行船が優先だものなあ)
「……で、あたしとしては、この『ANEMOS』の半分から3分の2くらいの大きさにしたいんだよ」
「でも積載量はあまり変えないんでしょう?」
「そうしたいね。……ああ、もっとも『ANEMOS』じゃなく『Celeste』との比較で、だよねえ」
『ANEMOS』は『亜竜素材』ではなく『竜素材』なので、性能が段違いなのだ。
「今回は、かなりの量が手に入ったから、浮遊力も大きくできるだろうしね」
「魔力の貯蔵に対しても、『飛竜』系の素材がありますし、『魔力充填装置』や『魔力変換機』もさらに効率よく出来そうです」
ハカセとアーレンは喜々として話し合っている。
モノづくりのことになるとこの2人はいつの間にか熱くなるのである……。
その熱を冷ましたり、逆に煽ったりするのがゴローの『謎知識』。
「……でしたら、『アイロン』をひっくり返したような形にして、そこに船室をぶら下げたらどうでしょう?」
「アイロン……というのはああ、『火のし』だね? いつかゴローが説明してくれた……」
この世界にあるアイロン=火のしは、一般的には柄杓のような形をしている。
柄杓の部分に、火のついた消し炭を入れて使う。
高級品になると、発熱する魔導具を使ったものもあるようだ。
閑話休題。
ゴローは『謎知識』を用いて、魔導具としての『火のし』を、現代日本で使われているような形にすることを示唆し、ハカセが試作したのだ。
それは思った以上に使いやすく、衣服のシワを伸ばすことが出来た。
いずれ『マッツァ商会』から発売する予定もある。……これは余談。
「浮くための本体は円盤じゃなく、三角にしようということだね?」
「ええ。正確には2辺は弧を描いてますが」
「まあそうだねえ。……そうすると『レイブン改』みたいな飛び方になるかねえ?」
『レイブン改』は『亜竜の翼膜』を使った航空機である。
浮力を稼ぐため、翼膜を2枚積層して使っている。
「そのなんだ、『アイロン』の底面に翼膜を使うわけだね?」
「はい。3枚貼り合わせれば、かなりの浮力がえられるんじゃないでしょうか」
「そうだろうね。今回は抜け殻とはいえ、翼膜が大量に手に入ったから、積層することで浮力を上げられるだろうね」
「つまり、船体は小さくても積載量は多くなるんですよ」
「小さくて高性能、いいねいいね」
ハカセは大乗り気である。
やはり同じような方式の飛行船だと製作意欲が落ちるんだなあとゴローは感じた。
「あとは推進機ですね」
「そうだねえ……アーレンは何がいいと思う?」
「やっぱり『魔導ロケットエンジン』でしょう」
「うん、プロペラよりそっちのほうがいいねえ。……ゴロー、これについて何か『謎知識』のお告げはないのかい?」
「うーん……」
ゴローはちょっと考え込み、1つ思い付いたことを口にする。
「『謎知識』とは違いますが、『亜竜』はどうやって進んでいるんでしょう?」
「え?」
「どうやって……って……どうやってるんだろうねえ?」
「羽ばたいていないですよね?」
「確かに、ゴローの言うとおりだねえ……」
ここで、サナが発言。
「ううん、少し羽ばたいてる」
「そうだっけ?」
「うん。でも、ゴローの言うとおり、あの巨体で羽ばたいても浮力としてみたら、焼け石に、水」
「だよな……」
「だから私は、あれは生物としての本能的な動きだと、思う」
人が歩く時に腕を振るように、『亜竜』も翼を動かしてリズムを取るんじゃないか、とサナは言った。
「面白い説だねえ。その可能性も高そうだね」
ハカセも感心する。……が、それは今回の主題ではない。
「『亜竜』は羽ばたかなくても飛べる、ということで、じゃあどうやって進んでいるのか、向きを変えているのか、だよねえ……」
「やっぱり、滑空?」
サナが再び考えを口にした。
飛行機開発の際、グライダーでの実験を繰り返し行ったため、そうした技術用語にも理解があるのだ。
「そうか……トンビと同じかな」
「トンビ?」
「あ、鷲とか鷹とか」
「それは『謎知識』かい?」
「はい」
ゴローは説明を行う。
こっちの世界には鳶はいないようなので鷲や鷹といった猛禽類が上昇気流に乗って飛ぶ原理についてである。
グライダーでは『熱上昇気流』あるいは『テルミック』という。
「滑空すると高度は下がるわけですが、身体を支えている空気が上昇していれば、トータルで上昇あるいは水平飛行できるわけですよ」
「なるほどねえ。つまり『亜竜』は、滑空しつつも上昇している、というわけだね」
「はい。……翼の角度を見ればわかるかもしれません」
「ああ……残念だけど覚えていないねえ」
「僕もです」
「私も」
残念ながらハカセもサナもゴローも、『亜竜』の飛ぶ姿勢の詳細については覚えていなかった。
「でも、滑空にしては飛行速度が速いような気がするんだよねえ。方向転換も」
「何か、もう1つ推進力を持っていそうですよね」
「飛行姿勢から推測できないかと思ったんだけどねえ」
「そこまで気にしていませんでしたからね……」
だが。
「私は覚えています」
と、フランクが言う。
フランクは『自動人形』なので、ハカセたちよりも記憶力はずば抜けていいのだ。
「フランク、操縦しながら説明できるか?」
「はい、今は直線飛行ですので問題ありません」
「よし、それじゃあ『亜竜』の飛行姿勢について説明してくれ」
「わかりました。前に進む際は、翼がやや前傾します。右に曲がる際は左の翼が持ち上がります」
「飛行機が飛ぶ姿勢に酷似している、といっていいかい?」
「はい、ハカセ」
「速度を上げる場合、翼の一部が垂直に近い状態になります」
「んん!? 空気抵抗が大きくなりそうだねえ……」
「ハカセ、垂直にすることで、『浮力』を『推進力』に使っているのでは?」
「ああ、その可能性が高いねえ」
言い換えると『横向きに浮かぶ』とでも言おうか。
以前は思い付かなかったが、翼膜が潤沢にある今、推進力として考えてもいいかもしれない、とハカセは考えている。
「ありがとう、フランク。もう操縦に専念しておくれ」
「了解です」
短いやり取りであったが、『亜竜』の飛行について大体のことがわかった。
やはり、翼の角度を変えている、つまり翼の面に生じている力を利用している、ということ。
これは、以前製作した『試作3号機』で行った方法とほぼ同じ。
違うのは、『亜竜』は翼の向きを変えているが、試作3号機は機体全体を傾けている点だ(浮遊用円板が機体に固定されているので仕方ない)。
また、翼に生じた力を推進力としても利用しているらしい。
「その力の正体は何なんだろうねえ」
「気になりますね」
ハカセは以前、『空中に足場を作っている』という仮説を立てたことがある。
が、それでは、横向きにも力が生じる説明ができない。
「理論体系を構築するのは後だねえ……」
今は推進器への応用である。
「推進器なので、小さく加工した翼膜を100枚くらい重ねて筒に押し込んだら、どう?」
「いいかもしれない」
サナが提案する。
それなら行けるかもしれないと、ゴローも賛成した。
新たな技術への見通しが立ちそうになった頃、『ANEMOS』の眼下に、『ジャンガル王国』の首都、『ゲレンセティ』が見えてきていた。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月10日(木)14:00の予定です。
20250403 修正
(誤)「……で、あたしとしてば、この『ANEMOS』の半分から3分の2くらいの大きさにしたいんだよ」
(正)「……で、あたしとしては、この『ANEMOS』の半分から3分の2くらいの大きさにしたいんだよ」