01-34 返済
ティルダは61歳だった。
「はい、そうなのですよ?」
きょとんとするティルダ。
「……ゴロー、ドワーフの成人は60歳。だからティルダは大人になったばかり」
「そ、そうなのか」
なんとなしにゴローは、ティルダが妹分のような気になっていたので、遙かに年上だと知って面食らったのだ。
(遙かに年上……? 俺って、自分を何歳くらいだと思っていたんだ?)
自問自答して、16から18歳くらいと思っていたらしいことに思い至る。
(これも謎知識といっていいのかなあ)
「ドワーフの平均寿命は300歳前後。だからティルダはヒューマンに換算すると15歳くらい」
「わあ、サナさん、詳しいのです」
「えっへん」
(口でえっへんと言うの、初めて聞いたな……)
「私はドワーフですので、背もこれ以上伸びないのですよ?」
ティルダの身長は140セルに届かないくらい、172セルのゴローから見たら小柄だ。
(うん、やっぱり妹だな)
年齢については聞かなかったことにしようと決めたゴローであった。
* * *
「それで、もう一つお話ししておくことがあったんです」
身分証についてはもうそれまでとし、アントニオは仕切り直した。
「シクトマへ行く日程ですが、明後日に決まりました。それをお知らせに」
「意外と早かったな」
「ええ。王家からの催促もありまして」
王女殿下も納品を楽しみしている、とのことだそうだ。
「ああ、そりゃもたもたしていられないわけだ」
「そうなんですよ」
王家が早く見たい、と思っているということはすなわち命令と同じなのだから。
「本来なら明日発ちたいのですが、馬車が間に合いませんので……。あ、ティルダさんのお荷物を運ぶ馬車は明日の昼までにこちらへ回します」
「ありがとう」
ティルダに代わってゴローが礼を述べた。
* * *
そして、こういうことは続くもので、
「御免。ここはティルダ・ヴォリネンの工房か?」
と、役人らしき者がやってきた。
30代後半くらいの壮年の男である。
その男は、金色のプレートを見せた。
どうやら役人の身分証は金色らしい。同じ金色は金色でも真鍮とは質感が違うなあ、とゴローは思っていた。
「あ、はい、ティルダ・ヴォリネンは私なのです」
「そうか。私はこの町の経理官補佐である」
「はいなのです」
役人の肩書きを聞いたゴローは、ああ、証文の件だろうな、と見当を付けた。そしてそれは当たっていた。
「先日、シャロッコ・トロッタの店を家宅捜索し、押収した証文の1枚に、貴様の名があった。これだ。……間違いないか?」
経理官補佐というその男は、尊大な態度でティルダに証文を示した。
「あ、はい。私がお金を借りた証文なのです」
「そうか。……これによると、借りた金額は2000万シクロで間違いないな?」
「はい、なのです」
「よろしい。この証文はこの町が引き継ぐことになる。文句はないな?」
「はいなのです」
「うむ。そうすると、この高利は破棄し、適正な金利を計算すると、併せて2130万シクロを支払ってもらうことになる。どうだ?」
「はい、大丈夫なのです」
「よし。では、いつ支払える?」
「晶貨でなら、今すぐにでも、大丈夫なのです」
それを聞いて経理官補佐は少しだけ笑った。
「ほう、それは感心なことだ。……即金で払えるというのであれば、特例措置として2100万シクロでよい」
「ありがとうございますです。少しお待ちくださいなのです」
ティルダは奥へ引っ込み、晶貨の入った袋を持ってきた。
「3000万シクロを払わなければならないかと思っていたので、助かりましたのです」
そう言いながら晶貨を21枚取り出した。
「うむ、確かに。では、この証文は貴様のものだ」
「確かに受け取りましたのです」
証文はティルダに。晶貨は経理官補佐に。
「ご苦労だった。……皆、貴様のように素直に払ってくれれば楽なのだがな」
経理官補佐は、愚痴らしきものをぽつりと呟いて去っていったのだった。
(役人もいろいろ苦労があるんだろうな。中間管理職は辛いということか)
宮仕えの辛さに、ほんのちょっとだけ同情したゴローであった。
* * *
とにかく、これで引っ越しに関しての懸念事項はほぼなくなったわけだ。
「よかったですね、ティルダさん」
帰るタイミングを逸したアントニオが笑って言った。
「これもマッツァ商会さんとゴローさん、サナさんのおかげなのです」
借金が綺麗になくなって、ティルダもほっとしたのだろう、表情が目に見えて明るくなっている。
時刻は午前9時半。
「ゴロー、この前買った食材、食べないの?」
とサナが言い出した。どうやら何か食べたくなったらしい。
「この前……ああ、あれか」
サツマイモそっくりな芋を買ってあったことを思い出すゴロー。
「よし、焼き芋を作るか。……アントニオも食べていくかい?」
「焼き芋、ですか?」
芋を焼くだけでなんの変哲もない、と思ったアントニオは微妙な表情である。だがサナは、
「……ゴローの料理は美味しい。食べていくといい」
とその味を保証する。
商人であるアントニオは、
「でしたら、是非味見させてください!」
と返事をした。
「いいよ」
ゴローは軽く返事をし、台所へ向かった。
大きめのフライパンを出し、そこへ先日買ったサツマイモそっくりな芋を4本投入。
蓋をし、魔法を発動。
「『火』」
一語だけの魔法。効果は弱く、いわば『とろ火』しか起きない。
が、ゴローにはそのとろ火が欲しかったのだ。
少しでも気を抜くと消えてしまうような弱い魔法で、ゴローはフライパンをじっくりと熱していった。
「サ、サナさん、ゴローさんって魔導士だったんですか?」
慌てて尋ねるアントニオ。
すかさずゴローは念話で、
〈サナ、簡単な魔法なら使えると誤魔化してくれ〉
と頼んだ。
〈うん、わかった〉
サナはその意図を汲み、
「うん。あのくらいなら」
と返事をしてくれた。
「生活に役立つ魔法なら、多少使える」
「なるほど、旅をするには便利ですね」
それでとりあえず納得してくれたらしいアントニオ。
あるいは、ここで詮索してもいいことはないと気が付いたのかもしれない。
そして30分。香ばしい匂いが漂ってきた。
「あ、この匂いは」
「美味しそうなのです」
「できたぞ。1人1本な」
皿に4本の芋を載せて台所からゴローが戻ってきた。
「これは『甘芋』ですね」
1本手にしたアントニオが言う。
「芋の中でもまあまあ甘いので……」
そこで一口食べて。
「……」
無言になったかと思ったら、
「あ、甘い!!」
と、驚いて叫びだした。
「な、なんでこんなに甘いんですか? 何か味つけしたんですか!?」
「いや、じっくりゆっくり焼いただけ」
ゴローも一口食べ、
「うん、焼き芋の味だ」
間違いなく、焼き芋……それも、『金時』の味だと感じた。
(金時ってなんだろう)
と思う間もなく、
「ゴロー、これ、美味しい。もっと」
というサナと、
「はふ、熱いけど、美味しいのでふ。もっと食べたいのでふ」
と言うティルダに背中を押され、手持ちの芋を全部調理する羽目になったゴローであった。
なんだかんだで面倒見がいいのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月26日(木)14:00の予定です。
20190924 修正
(誤)大きめのフライパンを出し、そこね先日買ったサツマイモそっくりな芋を4本投入。
(正)大きめのフライパンを出し、そこへ先日買ったサツマイモそっくりな芋を4本投入。
20210606 修正
(誤)年齢の値は聞かなかったことにしようと決めたゴローであった。
(正)年齢については聞かなかったことにしようと決めたゴローであった。




