13-31 帰り際のハプニング
「さっきまでに採取した素材は、依頼の『飛行船』を作るために使うことになるでしょう」
ゴローが言った。
「ですので、我々が手にすることのできる素材はこれから見つけた物、となります」
「まあそうなるねえ。……『亜竜』の素材はそれほどたくさんは必要ないけどさ、やっぱり研究用にそこそこ欲しいからね」
ゴローの言葉にハカセが応じた。
「それじゃあ、探しに行きましょう」
『浮遊ベスト』を着た皆を、『飛行ベスト』を着たゴローが1人ずつ横穴へと運んでいく。
サナ、ハカセ、アーレン、ラーナ、ティルダ、ヴェルシア、ルナールの順だ。
「ほほう、ここはまた、前の場所とは違うねえ」
こちらはやや狭い横穴が奥まで続いている。
奥の方には古い抜け殻が押し込まれていた。
「うーん、奥の抜け殻はかなりボロボロだねえ」
「古いし、砕けているのもありますね」
「あまり魔力も感じないし、素材としても使えそうもないねえ」
それに比べ、手前にあった抜け殻はそこそこ使えそうである。
「ゴロー、使えそうな部分だけ切り取っておくれ」
「わかりました」
使えない部分を持ち帰っても仕方ない、とハカセは言い、ゴローの『ナイフ』で使えそうな部分だけを切り取っていく。
それをサナが束ね、抜け殻の採取は順調に進んだ。
* * *
一方、アーレンとラーナは、巣の端に転がっている『亜竜の卵の殻』に興味を示した。
「この前手に入れた『飛竜の卵の殻』と特性がどう違うか、調べてみたいな」
「アーレン様、できるだけ集めていきましょう」
「そうだね」
* * *
ヴェルシアは巣の入口付近に繁茂している草に着目した。
「これって……『ムラサキ』みたいですね!」
『ムラサキ』はムラサキ科の植物である。
その名に反し、花は白い。
紫色なのはその根である。
根は太く、乾燥すると暗紫色になる。
これを乾燥させ、ぬるま湯で抽出し、灰を使って媒染(染料を繊維に定着させる工程のこと)する。
そうすると、青みがかった紫色に染まる。
ちなみに、時代劇で病人が頭に紫色の鉢巻をしているのは、このムラサキで染めた絹の鉢巻で、病気平癒のゲン担ぎである(病鉢巻という)。
「『木の精』のルルさんに頼めば薬草園で栽培できそうですね」
というわけで、ルナールに手伝ってもらい、根ごと採取していくヴェルシアであった。
「あ、ルナールさん、全部取り尽くさないように気を付けてください」
「わかりました」
一応環境保全にも注意しているようである。
* * *
さて、ティルダは横穴の壁に注目した。
「ところどころに珍しい鉱石が顔を出しているのです」
「へえ、そうなのかい?」
抜け殻をまとめ終えたハカセがやってきた。
「はいなのです。ほら、ここ」
「ふうん……」
そこには、濃紅色に輝く鉱石が露出していた。
「『濃紅銀鉱』なのです」
『濃紅銀鉱』は銀やアンチモンを含む硫化鉱物であり、よく似た淡紅銀鉱とともにルビー・シルバーと呼ばれる。
銀の主要鉱石である。
「おや? ……魔力を感じるねえ……」
魔力を含んだ銀は、錬金術や神秘学で重用される。
また、魔力や魔法を付与するには最適な金属の1つである。
「採れるだけ採っていこうかねえ。ティルダ、サナ、手伝っておくれ」
「はいなのです」
「うん」
というわけでハカセ、ティルダ、サナらは『濃紅銀鉱』の採掘に取り掛かったのである。
が、なかなか採取しづらい。
「おーいゴロー、手があいたら手伝っておくれ」
「はい?」
『亜竜の抜け殻』を切り分け終えたゴローがやって来た。
「済まないけど、この『濃紅銀鉱』を採掘するのを手伝っておくれ」
「わかりました」
ゴローがナイフを使い、鉱脈を切り裂いていく。
思ったよりも深くまで鉱脈が入り込んでおり、たちまちのうちに100キム近い『濃紅銀鉱』が掘り出された。
『濃紅銀鉱』の比重はおよそ5.8、かなり重い鉱物であるから、100キムといってもみかん箱(10キム入り)2つより体積は小さい。
「ちょっと多いねえ……ここで精錬していこうかねえ」
使う魔法は土属性、『石・金属・分離』である。
鉱石から金属を抽出する魔法で、ハカセは得意だ。
そして『濃紅銀鉱』の銀含有量は重量比で約60パーセントもある。
つまり60キムの銀塊が出来上がったわけだ。
銀の比重は約10.5。60キムとはいえ5キム入りのみかん箱くらい(隙間があるから)の体積しかない。
残りは硫黄とアンチモンである。
「硫黄はともかく、アンチモンは使えますよ」
ゴローが言った。
アンチモンは銀灰色の金属で非常に脆い。
金や銀のように展性(薄く伸ばせる性質)はないが、鉛や錫と合金化して強度を増すことに使える。
活字合金は鉛、錫、アンチモンの合金である。
ちなみに、豚にアンチモンを与えたら太ったので、痩せた僧侶に与えたら死んでしまったためアンチ(抗する)モンク(僧侶)でアンチモンになったという俗説がある。
(より信憑性のある説はギリシャ語で『孤独が嫌い』を意味するアンチ・モノスに由来するというもの)
それはさておき、ゴローたちはアンチモンも10キムほど確保したのである。
ちなみにアンチモンの比重は室温で6.7くらい、夏みかん2個くらいの大きさになってしまう。
* * *
採取に夢中になっていたら、いつの間にか時刻は午後2時を回っていた。
「ハカセ、そろそろ帰らないと」
「ああ、もうそんな時間かい」
「お腹すきましたね……」
「帰りの『ANEMOS』の中で遅いお昼にしよう」
「それがいいです……」
サナ、ハカセ、ヴェルシア、ゴロー、ラーナである。
「おーいアーレン、そろそろ帰るぞ。ティルダも切り上げろ」
「あ、はい」
「はいなのです」
アーレンは卵の殻が詰まった袋を背に担ぎ、ティルダはいろいろな鉱石の入った袋を引きずるようにして戻って来た。
ルナールはといえば、ハカセが精錬した銀やアンチモンのインゴットを背負っている。
およそ70キム、獣人なので楽に背負えていた。
* * *
「ゴロー、『夫婦石』のマーカーを埋め込んでおいておくれよ」
「もう埋めました」
「うん、それならいいさね」
「さて、それじゃあ帰りますか」
ゴローは『飛行ベスト』を使い、1人ずつ『ANEMOS』へと運んでいく。
ハカセ、ヴェルシア、ティルダ、ラーナ、アーレン。
そしてルナールを、となったが、
「いえ、先に荷物を運んでください」
と言うので、銀、アンチモン、卵の殻、抜け殻、ムラサキ、その他の荷物の順に運んでいった。
そしてルナールを運び、最後はサナ。
その時だった。
〈ゴロー、何か、来る〉
背負われたサナが危険を察知し、念話で知らせてくれた。
言葉に出すより数倍早いのだ。
一瞬遅れて、ゴローも気が付く。『ヘルイーグル』が襲ってきたのだった。
高空からこちらを見つけたらしく、急降下で向かってきた。
「『空気の・壁』」
ゴローが防御用の風属性魔法を使う。
〈あ〉
急降下してきた『ヘルイーグル』はゴローの『空気の・壁』で弾かれ、宙に舞った。
それをゴローが空中でキャッチ。
「おっと」
「ナイス、ゴロー」
ゴローは『ヘルイーグル』の首根っこを掴んでいた。
普通なら暴れ、爪を立てるくらいしそうなものだが、おとなしい。
「気絶、してる?」
「みたいだな」
ゴローの『空気の・壁』にぶつかり、脳震盪を起こしているようだ。
とりあえず、『ヘルイーグル』を手にし、サナを背負ったまま『ANEMOS』に戻ると、
「ゴロー、何を捕まえてきたんだい? ……こりゃ、『ヘルイーグル』じゃないかね!」
「ゴローさん、凄いです!」
「それはいいけど、これ、どうしよう?」
『ヘルイーグル』は脅威度3の魔物である。
基本的に駆除対象なのだ。
「私が絞めましょうか」
ルナールが申し出てくれた。
「それじゃあ、頼むかな」
「はい、お任せください。……あれ、首の骨が折れていますよ」
「そうか。……勢いよくぶつかってきたからな」
『空気の・壁』に激突した衝撃は半端なものではなかったようである。
実際、月夜の晩に『白い壁』にぶつかって首の骨を折る『ヤマドリ』がいたりする。
月光に照らされた白い壁が空間に見えるらしい。
この『ヘルイーグル』は、急降下の速度……時速400キルで『空気の・壁』に突っ込んだのだから、首の骨が折れるのも無理はない。
「始末はルナールに頼むよ」
「はい」
とりあえず『ヘルイーグル』の処理はルナールに任せ、『ANEMOS』は『ゲレンセティ』目指し帰路に就いたのである。
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次回更新は4月3日(木)14:00の予定です。