13-30 巣
さて翌日、準備万端整った『ANEMOS』は翌朝5時に『ゲレンセティ』を発進した。
かなり早い時刻のスタートなのは、できれば日帰りしたいから、という理由からだ。
「朝ご飯もちゃんと食べたし、いざ出発!」
「はい、ハカセ」
やる気十分なハカセであった。
* * *
今回は全員仲間なので、『ANEMOS』は少々本気を出す。
最初の目印である『二子山』へ向かって時速300キルで飛べば、30分足らずで着いてしまう。
「ここから北北東よりも、もう少し北寄りに飛べばいいんだったな」
「うん。距離は『ミラー湖』までくらい、と言ってた」
「とすると130キルくらいだから、時速260キルで30分飛んでみるか」
「それがいいねえ」
「で、付近と思われる場所に着いたら『単眼鏡』を使って『亜竜』を探してみます」
「ああ、それなら確実だろうねえ」
と、そういう計画である。
速度計はそれほど精度はないが、『単眼鏡』の有効範囲は広いのでプラスマイナス20キルくらいはなんとかなる。
というわけでゴローは推定距離100キルを翔破したあたりから、『単眼鏡』で『亜竜』に関する痕跡を探し回っている。
「なかなか見つからないなあ……」
そして、推定距離120キルまで来た頃。
「おや?」
「ゴロー、何か見つけた?」
「うん。……ああ、あれかもしれない。……フランク、進路を少し東に向けてくれ」
「了解」
「あ、少し行き過ぎた。もうちょっと西へ戻してくれ。……うん、そのまま直進」
「了解」
このようにして、目指す地点はすぐに見つかった。
だが。
「ゴロー、生きた『亜竜』は?」
「……いました」
「やっぱりねえ」
ゴローが『単眼鏡』で見たところ、元気いっぱいの『亜竜』が、少なくとも4頭いたのである。
「うーん……」
「危険すぎますね……」
「だねえ……」
「……」
皆、無言になってしまった。
さすがに亜竜の群れの中に突っ込んでいく気にはなれない。
沈黙を破ったのはサナだった。
「ね、ここの亜竜も、巣を移動したんじゃ?」
「え? ……ああ、そうか、そうだねえ」
亜竜は、何年周期かはわからないが、巣の場所を移動する習性がある……らしいことがわかっている。
以前抜け殻や骨を手に入れた棲息地がそうだった。
ならば、ここの亜竜も、別の場所から移動してきた可能性が高い。
「問題は、どうやって探すか、だねえ」
「そうですね……」
ここでゴローが思い付く。
「ハカセ、高空から探してみましょう」
『ANEMOS』は超高空まで上昇することができる。
そして『単眼鏡』も、かなりの距離を見通すことができる。
亜竜も、無軌道に移動するわけではない。
谷に沿う、川に沿うなど、規則性がありそうである。
高く上がればそれだけ見通しがよくなるので、そういった何かに気が付く可能性も高いだろう、というわけだ。
「よしフランク、このまま高度を上げてくれ」
「了解」
緯度経度的にはできるだけ移動しないよう気を付けて、高度だけを上げていく『ANEMOS』。
ぽっかりと浮かぶ綿雲を突き抜け、刷毛で掃いたような絹雲の更に上。
「ほほう、こりゃあ高いねえ」
「明るくならないで暗くなるんですね!」
地球でいう『成層圏』まで上昇したため、雲は全て目の下である。
ここは一年中晴天が続くエリアだ。
高度はおよそ1万2000メル。
空は青というよりも黒に近い紺。
ここから地上を見ても、肉眼ではただ森の緑と土の茶色と雪の白と水面の青を判別するのがやっとである。
「わあ、た、高いんですね!」
「こ、こんな高さまで来られるなんて、凄いです!」
ヴェルシアとラーナは感心している。
「でも、細かな様子はわからないのです」
「だねえ……」
「ですね……」
ティルダやハカセ、アーレンらの目では、地表の様子はわからないらしい。
「ルナールはどうだ?」
『獣人』のルナールはどうだろうと思い、ゴローは聞いてみた。
『獣人』は『人族』よりも格段に目がいいのだが……。
「うーん、無理ですね。森の木を、なんとかそれぞれ判別はできますが、何の木かはわかりませんし」
「いや、それだけわかれば凄いぞ」
「ゴロー様はいかがですか?」
「うん……木の種類を識別できないからな……が、『強化』を目一杯使って視力を強化すれば、葉っぱの形くらいはわかる」
そう言うとルナールは驚いて目を見開いた。
「さすがゴロー様!」
「いや、サナもできるし」
「うん」
「さすがサナ様!」
「いや、もうそれはいいよ」
ゴローは『単眼鏡』を手にし、床の窓から下界を覗いた。
そして5分。
「お、あったぞ!」
「ほんとかい、ゴロー? ちょっと見せておくれ」
「はい、ハカセ」
ゴローは『単眼鏡』をハカセに手渡し、
「だいたいこっちの方角です。『亜竜の骨』と念じて探すと見つかります」
と説明した。
「なるほどねえ。……『亜竜』の骨……………………ああ、あった、あったよ」
「見つかりましたか」
「うん。……ああ、やっぱり地形的には『谷沿い』だねえ」
これまでにわかっている『亜竜』の習性の1つが、『崖に横穴を空けて巣を作る』という点だ。
つまり山の尾根筋には棲み着かず、谷沿いに巣を作るということ。
このあたりは密林に覆われて分かりづらいが、よく見れば確かに『谷』である。
「フランク、このまま斜め前方へゆっくり降下。進路はその都度指示する」
「了解」
ハカセから『単眼鏡』を受け取ったゴローは、それを覗きながら進路を指示していった。
* * *
当初の目的地より南東に50キル。
そこが、『古い巣』のポジションであった。
高度1000メルからであれば、目視でいろいろと確認できる。
ゴロー、サナ、ルナールは、付近に『亜竜』がいないことを確認。
ハカセは『単眼鏡』で他に危険な生物がいないことを確認した。
「よし、もう少し降下だ」
「了解」
『ANEMOS』は対地高度100メルくらいまで降下した。
ここまで下がると、地上の様子がよく見える。
「やっぱり谷底だねえ」
「ですね、ハカセ。灌木に覆われているので高空からだとわかりにくかったですが、この高度ならよくわかります」
最大幅200メル、最小幅40メルくらいの谷で、南東から北西へ向かって続いている。
北西に向かえば50キルで現在の巣がある場所になるわけだ。
そして、崖の高低差は60メルくらいである。
「あの枯れた木が10本くらい立っている場所の上の崖に横穴があって、抜け殻が残っている」
『単眼鏡』を使ってゴローが確認した。
「それじゃあ、あの近くに着陸してから、ゴローが『抜け殻』を取ってくる?」
サナが端的に今後の方針をまとめた。
「うん、まずはその手で必要な分だけ素材を集めてこようと思う。……その後、ハカセたちを連れて行っていろいろ調べてもらいたい。……どうです、ハカセ?」
「今回の目的からいって、それがいいだろうねえ」
「その際、全員『浮遊ベスト』を着込みましょう。『亜竜』がいたとしても、地上で攻撃されるよりは逃げやすいでしょう」
「そうだねえ……そんな目に合わないことを祈るしかないよ」
「危険な生物はいませんから大丈夫ですよ」
「うん、それじゃあそのやり方で行くとしようかね」
ハカセが賛成し、他の皆からも反対は出なかった。
まず、ゴローは自分用の『飛行ベスト』を着込む。
『浮遊ベスト』とは違い、自分の意志で自由自在に空中を動けるものだ。
それを使い、横穴の1つに飛んでいき、中に残っていた『抜け殻』を回収する。
これを3回繰り返すことで、『ANEMOS』……いや、ルーペス王国に納品した『Celeste』と同型の飛行船を作ってお釣りが来るほどの素材が手に入った。
ここからは、皆で巣を調べる時間である……。
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次回更新は3月27日(木)14:00の予定です。