13-27 岩棚
『ANEMOS』はふわりと飛び立ち、ゴローのいう地点を上空から眺められる位置で停止。
距離にして20メルほど、詳細な観察が可能だ。
「ほほう、あそこは……おそらく『飛竜の巣であった場所』ですよ!」
キールンが興奮気味にそう断言した。
「危険はなさそうですね」
小動物すらいないように見える。
「では、あそこへ行ってみましょう」
「『ANEMOS』から縄梯子を下ろせば、楽に行けますよ」
「それはいいですね!」
ゴローの提案にキールンも賛成する。
「では、それでいきましょう」
「面白そうなのじゃ」
「姫様はもっと後でですからね」
「うむ……仕方ないのじゃ」
一国の姫君であるから、全く危険がないことを確認してから、ということになるのは致し方ない。
「では、できる限り近づきます」
『ANEMOS』は可能な限り降下し、『飛竜の巣であった場所』まで10メルほどのところで停止。
これ以上は船体が崖に擦れてしまうので危険だ。
「ここから下りましょう」
備え付けの縄梯子が下ろされた
「では、まずは私が下りてみます」
キールンが立候補する。これには誰も異存はない。
キールンは『獣人』なので身軽であるから適任なのだ。
「気を付けてください」
「大丈夫ですよ」
キールンは身軽に縄梯子を下りていった。
「では、次は俺が」
続いてゴローが縄梯子を下りる。
「おお、ゴローも身軽なのじゃったな」
まずはゴローとキールンとで周囲を観察。
「特に危険はなさそうですね」
「ですね」
『飛竜の巣であった場所』は岩棚状の場所で、幅25メル、奥行き10メルほど。
頭上には庇状の岩がせり出しており、岩棚の奥3分の1くらいは雨も当たらないような環境だ。
乾燥に強い背の低い草がまばらに生えている他は、小砂利が散らばっている程度。
が、それは自然環境の話。
『巣であった場所』として、『飛竜』の遺留物が多く点在している。
「これはおそらく卵の殻……! こっちは幼体の抜け殻!」
キールンは興奮してあちこち飛び回っている。
「キールンさん、姫様たちを呼びましょうよ」
ゴローが声を掛けると、キールンはようやく我にかえったようだ。
「お、おお、そうですね。では……」
ゴローとキールンは2人して『ANEMOS』を見上げ、両手を挙げて手を振った。
同時にゴローは『念話』でサナに問題なし、と伝えておくことも忘れない。
* * *
「ゴローとキールンさんが手を振っているから、大丈夫、みたい」
『念話』を受け取ったことは話さず、サナは皆に安全そうだ、と告げた。
「おお! それじゃあ早速下りるのじゃ!」
「姫様、危のうございます」
「大丈夫なのじゃ!」
「でも万一のことがあったら……」
ここでアーレンがアドバイスを口にした。
「でしたら、命綱を付けてから縄梯子を下っていただけばいいと思います」
「ああ、その手がありましたね」
「うむ、それでよいなら命綱を付けてほしいのじゃ」
リラータ姫の要望を受け、サナは命綱を付けていく。
以前ゴローに教わっているので、単に腰に綱を巻くのではなく、2つ作ったループにそれぞれ脚を通し、その後腰、そして両肩で支えるようにしている。
これなら特定の箇所が締め付けられるようなことはない。いわゆる『ハーネス』のようなものである。
「おお、これなら安心じゃな」
そうやってロープで作った『ハーネス』に、『ANEMOS』に固定した命綱をしっかりと結びつける。
この結び方にもコツがあり、テンションが加わるとより結び目がきつく締まるようなやり方で結ぶのだ。
クライミングで使うザイルワーク(ロープワーク)でいうところのダブル・フィギア・エイトノットである。
「おお、これなら安心なのじゃ」
姫君とはいえ『獣人』、リラータ姫はすいすいと縄梯子を下りていき、岩棚に下り立った。
ちなみに、探検行なのでパンツルックである。
待っていたゴローがハーネスはそのままに、ロープの結び目を解く。
そのロープを引き上げ、次の者に使うわけだ。
サナはリラータ姫と同じ『ハーネス』をヴェルシア、ハカセ、ティルダにも順に結んだ。
ラーナだけは『怖いので下りなくていいです』と言ったので留守番をしていてもらうことになる。
そして順番に縄梯子で下りてもらう。
3人ともなんとかかんとか無事に岩棚に下り立った。
ちなみにサナとルナール、アーレンは命綱なしに下りることができた。
* * *
時間は掛かったが、ラーナを除く全員が、無事に岩棚に下り立った。
「思ったより広いんだねえ」
ハカセは岩の庇の奥を見ながらそう言った。
そしてリラータ姫はというと、
「キールン、ここで見つかった物について説明をしてほしいのじゃ」
と、興味津々な顔で言う。
「はい、姫様」
キールンは頷き、説明を始めた。
「まずあの庇の奥に、『卵の殻』と『抜け殻』が見つかりました。『抜け殻』はおそらく幼体のものです」
「ふむふむ……卵の殻……大きいのう……」
元の大きさは、差し渡し30セル以上あったのではと思われる。
色は薄い青。空色と言ってもいい。
「『飛竜』じゃから空の色なのかのう?」
「それはどうなんでしょうね……ええと、それに抜け殻ですが、大きいものと小さいものがあるようです」
「……とすると?」
「幼体はこの場所で2度脱皮をしたあと巣立っていくのではないかと」
「おお、なるほど!」
「成体の抜け殻はありませんので、ここは子を生み育てるだけの場所なのでしょう」
ゴローもその意見には賛成であった。
「他に何か見つかりましたか?」
ネアが尋ねた。
「はい。……1つ、興味深いものを見つけましたよ」
「それは何なのじゃ?」
リラータ姫も興味津々だ。
「こちらへいらしてください。足元にはご注意を」
キールンは岩棚の端に皆を連れて行った。
「これです」
「おおお!?」
「これは……」
「この石は『デュモルチェライト』ですね? ……だな、ティルダ?」
「はいなのです。全部『デュモルチェライト』なのです」
「それも、全部が全部、『赤い斑』が入っていますね」
「これをどう考えるか……」
ゴローの『謎知識』は『砂嚢』という単語を示している。
そこでそれとなく提案してみる。
「……消化を助けるために飲み込んでいた石、ということはないでしょうか?」
「おお、なるほど、その可能性はありますね」
砂嚢は、地球では全ての鳥類に備わっている器官である。
焼き鳥では『砂肝』『砂ずり』などと呼ばれる、あれである。
また一部の爬虫類も砂嚢を持ち、祖先と考えられる恐竜の一部にも備わっていたといわれている。
歯を持たない種では、小石や砂を蓄えておいて、砂嚢で歯の代わりに食べたものを粉砕して消化の助けとする。
擦れ合うため角の取れた滑らかな形状をしているが、あまりに滑らかだと粉砕に適さないため、時折吐き戻すという。
ゴローは、その吐き戻した石がこれではないかと思ったのだ。
「そうしますと『赤い斑』は……」
「『飛竜の血』かもしれませんね」
「ははあ、実に興味深い」
この説に、キールンは感銘を受けたようだった。
また、自説を裏付けるため、ゴローはティルダに質問をする。
「ティルダ、この周辺の石は何が多いかな?」
「うーん、『安山岩』『花崗岩』が多いのです」
どちらも火成岩の一種である。
「鉱物は何が取れそうだ?」
「先ほどは『クロム鉄鉱』『閃亜鉛鉱』『菱マンガン鉱』『輝安鉱』などなのです」
クロム鉄鉱のモース硬度は5.5、閃亜鉛鉱は3.5から4、菱マンガン鉱は4、輝安鉱は2。
いずれも、それほど硬い鉱物ではない。
「花崗岩も安山岩も脆いしな。……そういうことから消去法で『デュモルチェライト』を飲み込んだんじゃないかな?」
デュモルチェライトのモース硬度は7から8.5、かなり硬い部類である。
「おお、ゴロー殿、それは非常に信憑性のある説ですよ!」
消化を補助するためには、硬い石の方が望ましく、このあたりで産する硬い石が、たまたま『デュモルチェライト』だった、という可能性が高いというわけだ。
「すると『赤い斑』の正体は……」
「先程言ったように、『飛竜』の血液、もしくは消化液でしょうね」
「いずれにしても『飛竜』ゆかりのものだから、魔力に関して飛び抜けた特性を持つわけですね」
これで1つ、大きな謎が解けたようである……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月6日(木)14:00の予定です。
20250227 修正
(誤)「生体の抜け殻はありませんので、ここは子を生み育てるだけの場所なのでしょう」
(正)「成体の抜け殻はありませんので、ここは子を生み育てるだけの場所なのでしょう」