13-22 さらに西へ
翌朝。
「ええ……?」
『飛竜の棲息地』へと向かう『ANEMOS』に同乗する『ジャンガル王国』のメンバーを見た時、思わずゴローは声を出してしまった。
1人は王立研究所所長のキールン、彼が案内人である。
しかし、残る2人が問題だった。
1人はネア。リラータ姫の従妹である。彼女は極度の方向音痴なのだ。
そして、それ以上に……。
「さあゴロー、早う出発しようではないか!」
王女であるリラータ・ジャンガルもメンバーだったのだ。
「ゴロー、娘をよろしゅう頼む。道中、言うことを聞かねば引っ叩いてもよい」
「は、はあ……」
可愛い子には旅をさせよ、ということらしい。
安全性については信頼されているということだろうなあ、とゴローは内心で苦笑したのだった。
「では姫様、席に着いてください」
「わかったのじゃ」
ゴローの指示で、リラータ姫とネア、キールンらはそれぞれ窓際の席に着いた。
サナがリラータ姫の、ルナールがネアの、シートベルトを締めてやる。
キールンは自分で装着していた。
それを確認したゴローも席に着いて、操縦士であるフランクに指示を出す。
ちなみにハカセたち……ハカセ、アーレン、ラーナ、ヴェルシアらはハカセの希望により別室だ。
「発進してくれ」
「了解」
『ANEMOS』は離陸した。
「おお、皆が手を振っているぞ」
リラータ姫ははしゃいでいる。
窓辺の席なので地上の様子がよく分かるのだ。
シートベルトをしていても手はフリーなので、リラータ姫たち3人も手を振り返した。
「おお、もうあんなに小さくなったのじゃ」
上昇するに連れ、地上の人々は小さく見え、今では豆粒のよう。
さらに『ANEMOS』が上昇すると、もはや人の姿は判別できなくなった。
同時に『ANEMOS』も水平飛行に移行する。
「もうシートベルトを外しても大丈夫ですよ」
ゴローはそう言って自らシートベルトを外した。
「おお、そうか! 安全のためとはわかっておるが、やっぱり窮屈なのじゃ」
「ですね、姫様」
サナがリラータ姫の、ルナールがネアのシートベルトを外す。
キールンは自分で外すことができていた。
「方角は西でいいんですね?」
ゴローは案内人であるキールンに確認する。
キールンは窓辺へ寄ってきて、進行方向を確認した。
「ええ、大丈夫です。当面は、あそこに見える三角に尖った山を目標に進んでください」
「わかりました。……フランク、頼む」
「了解」
『ANEMOS』は第1目標の『三角山』を目指して飛んでいく。
「どのくらいの距離があるんですか?」
とのゴローの問いに、キールンは、
「我々が走って約半日です」
と答えた。
それを聞いたサナが、暗算でざっと計算してみた結果を口にする。
「平均時速20キルとして、6時間で120キルくらい?」
「そのくらいかなあ」
「整備された道じゃないし」
いくら身体能力の高い『獣人』とはいえ、道なき道を走るならそのくらいだろうという見当だ。
それ以上に、目視できているのだから、何百キルも先ではないだろうということもある。
1つの例として、現代日本では、条件がよければ(冬の空気が済んだ時など)東京から富士山(約100キロメートル)が見える。
空気がきれいなこの世界なら120キルくらいの視程(視認可能距離)があってもおかしくない。
まあ、それ以上見通せるかもしれないが、今度は惑星の曲率の関係で地平線の向こうになってしまうという可能性もあるのだが。
(いつか、世界を1周してみたいなあ)
……と思ったゴローであった。
閑話休題。
『ANEMOS』は時速100キルほどで飛んだので、1時間ほどで目標の山が大きく見えてきたのである。
「こ、こんなに早く着けるとは……『空を飛ぶ』というのは凄いものですね」
「障害物がないのと、ほぼ直線で移動できるのは強みですからね」
「うむう……これはすごいのじゃ……」
「ですね、姫様」
リラータ姫とネアも感心することしきり。
「さて、次の目標はどこでしょうか」
もう『三角山』は目の前である。
「あ、つ、次は少しだけ北寄りの……向こうに見える丸い2つの頂を持つ山です」
「お尻山じゃな」
「姫様!」
「なんじゃ、ネア」
「そのようなはしたない言葉を口にしてはなりませぬ」
「何でじゃ? 昨日、妾にもおおよその道を教えてくれた時、年寄り連中が言うておったろうが」
「あの者たちはどうせ品がないからいいのです」
「……ひどい言われようじゃな……」
「とにかく駄目です」
「わかったのじゃ。……『双子山』と呼べばよいのか?」
「はい、そのとおりです」
……などという一幕もあったが、兎にも角にも次の目標地である『双子山』を目指す『ANEMOS』であった。
* * *
「……で、ここからさらに真っ直ぐですね?」
「はい……」
『三角山』から『双子山』までは110キルほどであったため、これも1時間強で到着。
次のランドマークは『ミラー湖』だという。
「そこで幕営するのがいいと思います」
「なるほど」
ゆっくり出発して1日目は『三角山』で幕営、2日目は『ミラー湖』で幕営というパターンになるという。
このペースで行くと『ミラー湖』に着くのは昼頃になるのだが……。
「『ミラー湖』から半日掛からないのですよ、『飛竜の棲息地』は」
「ああ、なるほど、そういうことなんですね」
着いた時には日没近くなってしまうようでは危険なため、ここで休息して準備を整える、ということのようだ。
今のペースなら問題ないが、そこまで急ぐ必要もなし、ならば『ミラー湖』を見てみたい、と思ったゴローである。
「『ミラー湖』の次が目的地ですよね。方角はどうなるんですか?」
一応聞いておきたい、とゴロー。
「『双子山』と『ミラー湖』を結んだ直線を真っすぐ伸ばした先にある山の中腹です」
そちらにあるのは真っ白に雪をいただいた山々が連なる山脈。
その中腹なら、標高はかなり高いだろうなとゴローは思った。
「なるほど、距離はやや近いようですが、登りが厳しいんですね」
「そのとおりです」
『獣人』といえど、やはり登りでは速度がガタ落ちになるようだ。
それ以上に、登りは岩場が多くて危険箇所だらけという説明もなされた。
「ですが、空からならそれも関係ないですものね」
キールンが言うが、ゴローは問題点も挙げておく。
「それはそうです。ですが、着陸できないといろいろと困ります」
「ああ、なるほど」
着陸できるだけの平地がないと、『航空機』は運用できないのが難点である、とゴローは説明。
「小型の飛行船であれば、小さな空き地でもなんとかなるかもしれませんが、周囲に立木が多いと離着陸には苦労するかもしれません」
「なぜなのじゃ?」
リラータ姫が疑問を口にした。
「姫様、おそらく木に引っかかることを懸念されているのかと」
「ネアの言うとおりです。船体に傷が付く可能性がありますから」
「なるほどのう」
もっとも、『気嚢』ではないので、傷がついたり破れたりしても墜落することはないだろうが……。
「そういう意味では、この飛行船よりも小型の物の方がよさそうなのじゃ」
「王国内は密林が多いですものね」
「なるほど、確かに」
もし、依頼された飛行船を作るなら、小型の物の方が使い勝手はよさそうだな、と思ったゴローであった。
* * *
そしてお昼前、『ミラー湖』が見えてきた。
「は、早かったのう……」
空を飛ぶ『ANEMOS』の速度に、改めて感心するリラータ姫。
「あのほとりに着陸しても大丈夫ですか?」
「大丈夫です。……あの、少し湖がくびれたあたりが幕営地として使われています」
「わかりました」
フランクに着陸地点を指示するゴロー。
ほぼ正午、『ANEMOS』は『ミラー湖』湖畔に着陸したのであった。
まず、きたことのあるキールンが湖畔に下り立ち、次いでルナール、ゴロー、サナ。
最後に、ネアに手を取られたリラータ姫が下船。
いや、その後にハカセたちも下りてきている。
なお、フランクは『ANEMOS』で留守番である。
「わあ、きれいな湖ですね」
「ほとんど波が立っていない……湖面が鏡のようだ」
「だから、ミラー湖」
ネア、ゴロー、サナである。
ハカセ、アーレン、ラーナ、ヴェルシアらはリラータ姫一行とは少し離れた場所にいた。
人見知り、というわけではないが、なんとなく気まずいようだ。
* * *
「では、まずお昼にしましょう。……サナ、手伝ってくれ」
「うん」
「あ、では私も」
ゴローがサナを呼ぶと、ネアも進んで手伝ってくれることになった。
「外でランチもいいですよね」
「うむ、楽しみなのじゃ」
天気は上々、気温も暑からず寒からず。
折りたたみ式のテーブルと椅子を用意し、湖畔で昼食にすることにしたゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月23日(木)14:00の予定です。
20250116 修正
(誤)……などという一幕もあったが、兎にも角にも次の目標値である『双子山』を目指す『ANEMOS』であった。
(正)……などという一幕もあったが、兎にも角にも次の目標地である『双子山』を目指す『ANEMOS』であった。
20250117 修正
(誤)「ネアの言うとおりです。船体傷が付く可能性がありますから」
(正)「ネアの言うとおりです。船体に傷が付く可能性がありますから」