13-21 試乗
さて、翌日は女王ゾラらを『ANEMOS』に乗せる約束の日である。
天候は晴れ、微風。
絶好のフライト日和だ。
午前9時、『ANEMOS』が着陸している広場には、王族をはじめ、ジャンガル王国の重鎮たちが集まっていた。
ゴローたちは、ゴローの他にはサナとルナール、それに操縦士のフランク。
ハカセ、ティルダ、ヴェルシア、アーレン、ラーナは来ていない。
「まずは、私が乗りたいと思います」
王立研究所所長のキールンが立候補した。
「うむ。……妾が最初に乗りたかったが、仕方ないのう……」
その他、兵士長ウハンドや従士長バウワンも名乗りを上げ、フランク、ゴローがキールン、ウハンド、バウワンと共に乗り込むことになった。
当然、何の問題もなく『ANEMOS』は浮かび上がり、ジャンガル王国上空を2周して地上へ戻ってきた。
「何の危なげもないかと存じます」
という報告に、
「今度は妾なのじゃ!」
「姫様が乗るのでしたら私も」
と、王女リラータとその従妹ネア、それにリラータ付きの女官ラナの3人が乗ることになった。
が、
「ああ、もう、妾も乗るぞ!」
と、女王ゾラが言い出し、少々揉める一幕もあったが、結局は女王一家プラス従者が乗ることになったのである。
また、今回はサナとルナールも同乗する。
『ANEMOS』の能力的に全く問題がないとゴローが保証したからだ。
* * *
「では、ちゃんと席に着いてください」
「うむ」
「念の為、シートベルトをお願いします」
「締めました」
「では、出発します」
「おお! 楽しみなのじゃ!」
そして、『ANEMOS』はゆっくりと浮き上がった。
若干の揺れを感じたものの、概ね安定した動きで上昇していく。
実はこれは、ハカセがフランクに指示してわざと少しだけ不安定にしているのだ。
『飛行船』が全く揺れないというのはおかしいからである。
もし同じものを作ってくれと言われた場合、ゴローが『風の精』からもらった『緑に光る石』の力なしで飛ぶなら、どうしても若干は揺れてしまうものになるはずだから……。
それでも、ほぼ無風という天候だったので、『ANEMOS』が安定している理由にできる。
「思ったより揺れませんね」
と、ラナ。
「今日はほぼ無風だからね。強風が吹いていたらもっと揺れるかな」
「なるほどのう……条件がよかったのじゃな」
「そういうことです、姫様。空を飛ぶ際にはどうしても、風の影響を受けます」
ということにしておく。まんざら嘘でもない。
地上を走る自動車でさえ、強風の影響を受けるのだから。
「その点は気を付けないとのう」
「今日はよい天気でようございましたね、陛下」
「うむ」
『ANEMOS』は地表からの相対高度300メルほどに達した。
「そろそろシートベルトを外しても大丈夫ですよ」
「おお、そうか!」
「これで動けるのう」
さっそくリラータ王女は窓辺へと駆け寄った。
そして外を見て……。
「おお、確かに空の上なのじゃ! ゲレンセティが下に見えるぞ!」
「うむ、これはいい風景じゃのう」
「素晴らしい景色ですね、姫様」
「こうして上から見ると、地形もよく分かるのう」
「ですので、地図の作成には有効ですよ」
「ゴローの言うとおりじゃな」
深く頷く女王ゾラ。
「エルフの国では『亜竜ライダー』が偵察を行っていると聞きます」
「それは大きなアドバンテージじゃな」
「でも平和利用してほしいですね……」
「うむ、ゴローの言わんとすることはわかるぞ」
ジャンガル王国は基本的に他国侵略のような拡張政策はとっていないのである。
だからこそゴローもこの国が好きなのだ。
「ううむ、是非とも飛行船が欲しくなったのう……」
「陛下、確かに快適ですね」
「国内の移動が早くなるのじゃ」
「情報伝達がはかどりますね」
女王だけでなく、ラナとリラータ、ネアも飛行船の利点を感じ取っているようだった。
「それには素材が……」
「うむ、まずはそこからじゃな」
女王ゾラは少し考え、
「もしも『飛竜』の素材が使えるなら、飛行船を作れそうかや?」
と尋ねた。
「それは、調べてみなくてはわかりません。不確かな情報でお答えするわけにはいきませんので」
「まあ、そうじゃろうのう……少なくとも、『亜竜』の抜け殻や骨があればなんとかなると思ってよいかのう?」
「そうですね、量の問題はありますが、技術的には可能です」
「そうか……。『飛竜』よりも『亜竜』素材の方がよいのかのう……?」
「いえ、それは一概に言えません」
「そうか?」
「はい。個人的な意見を言わせていただくと、『飛竜』の素材の方が効率がよさそうな気がします」
「そうかそうか」
それを聞いた女王ゾラは嬉しそうだった。
「ならば、『飛竜』についての棲息地情報を教えよう」
「ありがとうございます!」
「ゴローたちならばいろいろな意味で心配はなかろうからのう」
「いろいろな意味で、ですか?」
「うむ。……『飛竜』の居住地を必要以上に荒らすとか……」
「しませんよ!」
「逆に『飛竜』を怒らせるとか……かのう」
「そっちもしませんよ」
「うむ、信じておるぞ」
そして『ANEMOS』はゲレンセティ上空を3周してから元の広場へと降下、着陸したのであった。
「快適だったのう」
「また乗りたいですね、姫様」
「ほんにそうじゃのう……」
短かったが空の旅は好評だったようだ。
「飛行船の製作……建造か? ……とにかく作って欲しいものじゃ」
この後、正式に依頼をしたい、と女王ゾラは言った。
「それについては後ほど、詳しくお話をいたしましょう」
「うむ、そうじゃな。こんな外でする話ではないな」
そういうことになった。
* * *
場所を変えて、小宮殿の一室にて。
ゴローたちは全員顔を揃えていた。
さすがに重要な話なので、ハカセやアーレンも呼んでおきたかったのだ。
ハカセも、『飛竜の棲息地』についての情報が聞けるなら、と渋々ながらやって来たのである。
『ジャンガル王国』側は女王ゾラ、外務大臣ジュール・ジャンガル、王立研究所所長キールンである。
ちなみにジュール・ジャンガルは女王ゾラの義弟で、王女リラータの従妹ネアの父である。
「初めてお目にかかる……かのう? ハカセとやら。アーレン、ラーナ、ヴェルシアらも?」
「そうなるかと思います」
代表でゴローが答えた。
「出自は問わぬ。……話を進めよう」
アーレンとヴェルシアが『人族』、ラーナはティルダと同じく『ドワーフ』であることはわかったが、ハカセに関してはよくわからない、と感じた女王ゾラであったが、そこは年の功、深く突っ込むことはせず、話し合いの目的を口にした。
「我が国にも『飛行船』がほしいのじゃ。対価は金のほかに、『飛竜』の棲息地についての情報も考えておる」
少しだけハカセが身を乗り出した。
「飛行船を作るにあたって必要なものを教えてほしい」
「……そうですね、金属としてはジュラルミンかチタン、鉄、銅、青銅などですね」
「うむ。ジュラルミンとチタンはわからんが、それ以外なら問題ない」
「あとは魔術系の素材ですね」
「『飛竜』の素材は使えるのかのう?」
「それは、まだなんとも」
「うむ、そうか」
ここまではゴローが答えていたが、ここでアーレンが発言する。
「まずは『飛竜』の観察をしてみたいと思います。そうしなければ素材が使えるかどうか判断できません」
「むう、そうか。……保管庫にあった素材を使うわけにはいかぬのか?」
「はい。やはり生態を観察するのが早道かと」
「わかった。……場所を教えれば、そなたたちはあの……『ANEMOS』で飛んでいって観察できるわけじゃな」
「はい」
ここで女王ゾラは条件を出す。
「道案内として、こちらの者を数名、同乗させてもよいか?」
「もちろんです」
これについてはゴローが答える。
「よし、それではまず『飛竜の棲息地』へ行ってから、その先は考える、とこういうことじゃな」
「はい」
「わかった。……いつ発てる?」
「こちらは、いつでも大丈夫です」
「そうか……なら……」
少し考えて女王ゾラは、
「明日の朝、こちらが指定する2人か3人を乗せてもらえるか?」
と尋ねた。
ゴローが代表で答える。
「大丈夫です」
「食料や水は?」
「距離によりますね。保存がきくものを持っていきたいです」
「そうじゃろうな。それも用意させよう。とりあえず行きに2日、帰りに2日、滞在1日として5日分でよいか?」
「はい、それでいいと思います」
「人数は?」
「こちらは全員で行きます」
「そんなに乗れるのか……すごいのう。わかった。では、それも明日までに用意させる」
こうして、『飛竜の棲息地』への飛行が決定したのである。
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次回更新は1月16日(木)14:00の予定です。