13-20 竜の骨
『第9保管庫』。
そこは、丸ごと全部が『飛竜』関係の資料や素材で埋まっていると説明された。
「成体の骨は、頭部のみ展示してあります。全体を組み立てると体長は30メルを超えるので……」
『飛竜』は長い尾を持ち、その先までが30メル以上あるということだった。
「これがその全体像ですよね……」
絵として展示されている成体の全体像を、ゴローは再度確認した。
実物を見た絵師に描かせたものなので、正確だという。
「……よく見ると、長い尾の先にヒレみたいな物が付いているねえ」
「ハカセも気が付きましたか。きっとそれで姿勢制御とか方向転換とかしているんですよ」
「ああ、なるほど。文字どおり『尾翼』ってことなんだねえ。いや、この場合『翼尾』?」
「言いにくいから『尾翼』でいいですよ……」
「それもそうか」
そんなこんなで、『亜竜』にはそんなものはないので、これは『飛竜』だけの特徴なのだろうと皆思った。
* * *
『飛竜』の体形についての展示を見た後は、いよいよ素材を手に取れるということで、テンション上がりまくりだ。……主にハカセが。
というわけで、一行は『第9保管庫』の地下へと向かった。
「こちらは展示室ではなく倉庫としての役割なのです」
と、館長のボルゾが説明してくれた。
地下もまた広く空間があった。壁も天井も石造りで頑丈にできている。
かび臭いということもなく、ひんやりしていた。
「カビや腐敗防止のため、湿気を取り除く魔導具が使われているのです」
もちろん自国製ではなく、購入したものですが、と、館長のボルゾはちょっと残念そうに言った。
『ジャンガル王国』は、そうした魔法系の技術は遅れているのだ。魔導士がほとんどいないため、仕方のないことである。
それはそれとして、地下の倉庫はゴローたちにとって圧巻の眺めであった。
「これは……凄いねえ」
倉庫というよりも、展示場と言っていいほど整然と素材が並んでいる。
「これが『飛竜の骨』です」
「おお、これが……手にとっていいですか?」
「どうぞどうぞ。陳列されているものはサンプルですので、誰でもお手にとってご覧になれます」
それでは、ということでハカセ、ゴロー、アーレンらは『飛竜の骨』を手に取ってみた。
「重さは……軽いですね」
「やっぱり、空を飛ぶ竜の骨だからかねえ」
「断面を見ると、内部は空洞ですね」
とはいっても完全な空洞ではなく、骨の『梁』が不規則に走っており、強度を向上させていることがわかる。
「確か、鳥の骨もこんな構造だったような……」
ゴローの『謎知識』が教えてくれている。
「うーん、軽くて丈夫そうな骨だねえ……でも加工したら中空じゃなくなってしまうねえ」
「そうですね、ハカセ」
ハカセとアーレンは、この骨をそのまま構造材に利用するのは難しそうだと話し合う。
「ハカセ、内部を発泡構造にできませんかね?」
そこへ、ゴローが意見を口にした。
「内部を発泡構造にかい……」
「はい。……一旦全部を発泡させるんです。で、表面を溶かすようなイメージで均したらどうでしょう」
「うーん、やり方は分かるよ。問題はこの『骨』をそうやすやすと加工できるかどうかだね」
「でもハカセ、考えてみる価値はありますよ」
アーレンは乗り気だった。
ともあれ、骨ばかり見ていても仕方がないので、他の展示物も見てみることに。
「ハカセ、これは翼膜らしいですよ」
少し離れた展示台の方でヴェルシアが声を掛けた。
「どれどれ……おお、こりゃ綺麗だねえ」
『飛竜』の翼膜は薄く、虹色に輝いていた。
「虹色なのは『干渉色』でしょうね」
「『干渉色』? ……ああ、前に聞いたっけねえ。確か、透明な薄い膜の表面と裏面とで反射した光同士が影響し合う、っていうような話だったねえ」
「だいたいそうです」
シャボン玉の表面や、水面に落ちた油の膜が虹色に見えるのはこれである。
この膜厚をコントロールすることで、チタンの色を自由に変えられる(変えるのは表面の酸化被膜の厚み)。
「……ってことは、かなり薄い膜なんだねえ。それでも丈夫なんだから凄いよねえ」
「風防とか窓とか、使い道はありそうですね」
「それはいいねえ」
あと知りたいのは、『飛竜』がどうやって飛んでいたのか、である。
スケッチを見た限り、いかに体重が軽くても、あの翼面積で30メルを超える巨体を浮かすことはできないだろうと思われた。
「うーん……」
「素材からではわかりませんね」
「そうだねえ……」
その後も、爪や牙、抜け殻の一部も見て触らせてもらったが、肝心の『飛ぶ原理』はわからなかったのである。
* * *
「ありがとうございました」
「またどうぞ、お越しください」
『第9保管庫』の見学を終えたゴローたちは、再び第2迎賓館に戻り、入浴、夕食を終えたのだが……。
「どうやって飛んでいるのか、気になりますねえ……」
寛ぎながらも話題は『飛竜』のことばかり。
「魔法力を補助に使っているとしか考えられないねえ」
「そうですね、ハカセ……」
だがこればかりは展示物を見ているだけではわからなかった。
「飛んでいるところが見たいねえ」
「今もどこかで生きているんでしょうね、きっと」
「頼めば教えてくれるんじゃないでしょうか」
「多分、教えてくれると、思う」
「明日、『ANEMOS』にお乗せするでしょうから、その時に『飛行船を作るためには飛んでいる『飛竜』を見てみないと』と言えば、教えてくれるのではないでしょうか?」
「おお、ヴェル、それはいい考えだねえ」
……と、そんな相談もなされたのである。
そんな結論めいた話が出たあたりから、ようやく話題は切り替わった。
とはいっても、『回転式漆風呂』の動力について話題がシフトしただけであるが……。
「やっぱり『重り』を使おうかねえ」
「でも、トルクが足りないと思いますよ」
時計の針のように軽いものならともかく、製品を取り付けた軸を回転させるには力不足だろうから、何か工夫が必要だろうとゴローが言った。
「うーん、やっぱりそうかねえ」
……と、この辺までは昼間の話で到達していたのであるが……。
「トルクを高めるためには、高速回転する原動機を大きく減速しないと駄目ですね」
「重りじゃ駄目かねえ?」
「やり方次第だと思いますよ」
ハカセの疑問に、ゴローが応じた。
「ざっと計算してみましょう。手で引っ張り上げられる重さとして10キムとします」
「うんうん」
「1メルを引っ張り上げて、それが下りていくのに一晩くらい掛かるとして、1時間に10セルとしておきましょう」
「わかりやすいねえ」
「トルクを大きくするには、梃子と同じでモーメントアームを長くすればいけるでしょう」
「つまり、大きい滑車を作って、そこに重りをつけたロープを巻き付ければ行けるのではないか、ということですね」
アーレン・ブルーがアイデアを出した。
「そうそう。直径1メルくらいの滑車に付けた1キムの重り……50キムセルのトルクが出る計算になる」
メートル法でいえば50キログラムセンチメートル、あるいは0.5キログラムメートル。
高性能車の場合、エンジンのトルクは60キログラムメートルくらいもあるから、その120分の1。
これではどのくらいの力なのかピンとこないので、もう少し身近な例えをすると、自転車の場合は5〜6キログラムメートルくらい。
その10分の1である。
「ちょっと微妙かな?」
とはいえ、トルクとしては行けそうな気がする、とゴローは言った。
「ですが、回転速度をどうやって落とすかですね」
「うーん……」
「まずは作ってみませんか? 研究所でなら、重りが駄目でも他の動力に変更できますし」
「それはそうだねえ」
ということで、まずは試作してみればいい、とハカセもアーレンも同意したのである。
さて、漆塗り職人でもあるティルダはともかく、ヴェルシアは蚊帳の外だったかというとそうでもない。
竜の骨の粉が薬になる、ということを知っていたのだ。
実際に『漢方』でも『竜骨』という生薬がある。
こちらは竜ではなく大型ほ乳動物の化石化した骨だが……。
成分は主に炭酸カルシウム。
効能として 鎮静・収斂・止瀉(下痢止め)作用などがあり、動悸・不眠・健忘などに用いられる。
漢方薬としては柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこ かりゅうこつ ぼれいとう)・桂枝加竜骨牡蛎湯(けいし かりゅうこつ ぼれいとう)などに配合されている。
ちなみに柴胡はセリ科の薬草、牡蠣は牡蠣の殻、桂枝はニッケイの皮である(シナモンと同族)。
……で、こちらの『竜の骨』は、地球の『竜骨』よりもさらに効果が高いようなのだ。
「『ジャンガル王国』でも薬として使っているようですけど、単独で使うよりも、他の生薬と合わせた方がより使いやすいと思うんですよ」
「なるほど、そうなんですね」
ヴェルシアの話し相手は主にルナールだ。
「それじゃあ『ジャンガル王国』では、不眠の時や子どもの夜泣きに使われているんですか」
「そうなんです。とはいえ貴重なので、貴族や王族に限りますが」
「なるほどね」
薬として使うのはほんの数グム。
『飛竜の骨』としては数百キム以上はあるだろうから、年に50人に処方して1キム、それが100年でようやく100キム。
その数倍はあるため、当面の枯渇はないようだった。
そんな雑談をしながら、『ジャンガル王国』の夜は更けていった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月9日(木)14:00の予定です。
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来たる年もどうぞよろしくお願いいたします。
20241226 修正
(誤)といううことで、まずは試作してみればいい、とハカセもアーレンも同意したのである。
(正)ということで、まずは試作してみればいい、とハカセもアーレンも同意したのである。