13-19 回転式漆風呂
「何だって!!」
第2迎賓館に、ハカセの声が響いた。
「ジャンガル王国の西に、『飛竜』が棲んでいたって?」
「はい、女王陛下はそう言ってました。若い頃に聞いたんだそうです」
「それはすごい情報だねえ……で、今日の夕方、その当時の収穫物を見せてもらえるんだね?」
「はい、そうです」
「ああ、それは楽しみだねえ」
今は午後2時半。
おおよそ午後4時に迎えに来るとネアは言っていた。
「全員で行っていいんだろう?」
「もちろんですよ」
その代わりに明日、女王や王女を『ANEMOS』に乗せて遊覧飛行をする約束だ、とゴロー。
「それはもちろん構わないさね。それよりも『飛竜』の素材か……ああ、早く見たいねえ」
「同感です、ハカセ」
アーレン・ブルーもまた、わくわくを抑えられない顔をしていた。
* * *
逸る心を抑えてティータイム。
ルナールが用意してくれたのは、持参してきた『純糖』(=和三盆)と緑茶。
「ああ、ほっとする味だねえ」
「甘くて、おいしい」
「やっぱり純糖は美味いな……」
「美味しいですね……」
「ところで、ハカセたちは何をしていたんです?」
話題転換のために、ゴローが尋ねた。
「午前中はずっと、ティルダの師匠のところにお邪魔してたよ」
「ミユウ先生のところですか?」
「そうそう。……ああ、『木の精』の『ヴィリデ』から、サナとゴローにも顔を見せてほしいと伝言を預かっていたっけ」
「あ、そうでしたか」
「うん、近いうちに、行こう」
ゴローとサナは顔を見合わせて頷きあった。
さらに話は続く。
「へえ、『漆風呂』の温度と湿度を管理できるようにエアコン機能を付けたんですか」
「アーレンのポケットに『魔晶石』が5個も入っていたんでね」
「出すのを忘れていたんですよ。重いなとは思っていたんですけどね」
「でもそのおかげでエアコンが作れたわけですね」
「まあ、アレは簡単な部類だからねえ」
そんなことを平然と口にできるのはハカセくらいですよ、とゴローは思ったが口には出さなかった。
「だけどその後さらに、ミユウさんから相談を受けてねえ。そっちは解決していないんだよ」
「どんな内容ですか?」
「うん……ティルダから説明してもらったほうがいいかもねえ。……頼むよ」
「は、はいなのです。……ええと、漆が乾くにはだいたい半日からまる1日掛かるのですが、そのため、形状によっては流れ落ちてしまうのです」
「……うん、わかるよ」
「それで、塗った作品は時々向きを変えているのです」
漆は、乾く(硬化する)のに時間が掛かるおかげで、塗膜の厚さが均一になりやすく、刷毛目が残りにくい。
その一方で、垂直もしくはそれに近い傾きのある面に塗ると、重力により下へ垂れてくることがあるのだ。
これを防ぐために、乾燥時には時々向きを変えてやる必要がある。
具体的には……。
まず作品を『ツク棒』という、固定用の台にセットする。
『ツク棒』は、ちょうど片手で握れるくらいの柄が付いた棒で、片側には台に固定できるような仕掛け(蟻溝(=スライド式にはめ込める溝)など)があり、反対側には作品を粘着剤で仮固定する。
この『ツク棒』を固定した台の向きを変えることで、漆の『垂れ』を均一化するわけだ。
場合によってはひっくり返してぶら下げることもする。
……というようなことを、ゴローはティルダの説明と『謎知識』から知った。
そして『謎知識』は、さらなる情報を教えてくれる。
「……すると『回転式漆風呂』を作ればいいわけだ」
「えっ?」
「違ったか?」
「そ、そうなのです。えっとゴローさん、それって『謎知識』なのです?」
「そうだよ」
「……すごいのです」
回転式漆風呂、というのは、現代日本の漆器職人が使っている漆風呂である。
なお、漆を塗った作品に温度と湿度を与えて乾燥(硬化)を促進させる 閉鎖空間を『室』とか『風呂』という。
現代日本では電動モーターを使い、5〜15分で1回転させることで、漆の偏りをなくしている。
回転軸は水平。
鳥の丸焼きを作る時にくるくる回すアレをイメージすれば近いだろう。
「なるほど、回転式漆風呂というんだね。……とにかく魔法で回転させる方法を考えたんだけど、かなり減速しないといけないんでねえ」
「ですよね……でも、連続でなくてもいいんですよ」
「え?」
「例えば10分くらいの砂時計をセットして、砂が落ち切ったらゆっくりと180度回転させるんです。砂時計も反転しますから、また10分したら180度」
「ああ、そんな手もあるねえ。さすが『謎知識』だよ」
もちろん、反転の速度はゆっくりでないといけないが、さすがに10分かけて180度回転するほど遅くなくてもいい。
「資材もなにもないから、すぐに作ってあげられそうのないのが残念だねえ」
「研究所に帰ったら作ってみて、ティルダに試してもらえばいいでしょう」
「やっぱりそれかねえ」
「それでちょうどいい回転数を求めて、大型のものを納品するというのはどうでしょう」
「ううん、それでいくかねえ……」
あとは動力である。
『獣人』は魔法が苦手なので、できれば物理的な動力がよさそうだとゴローは考えており、それはハカセやアーレンも同じだった。
「ミユウ先生のところなら、水車とか?」
「ああ、湧き水があったねえ」
ちょろちょろくらいの水でも、十分に動力になるだろう、とゴローたちは想像した。
「あとは重りでしょうか」
「ああ、それもいいねえ」
10キムくらいの重りをのせ、ゆっくりと回り出す機構を工夫すればいい。
昔ながらの鳩時計がこれである(重力時計ともいう)。
時計ほどの精度は必要がないのでその分製作も楽であろう。
「人力でくるんと回すのでもいいですけどね」
「それは芸がないねえ」
技術者としてはやはり一工夫入れたいようである。
それからは、ハカセを中心にして、回転させる動力の検討会のようになってしまった。
「『円盤式エンジン』じゃあ大げさだし、減速が大変そうですね」
「メンテナンスもここじゃあ難しいかも」
「そうするとやっぱり水力か重力?」
「やっぱり、重力がいいかも」
「そうだねえ。水だと枯れることもあるだろうし、凍る……はここではないだろうけど」
「メンテナンスもしやすそうですしね」
「それは設計してみないとわからないけどねえ」
……と、こんな具合である。
* * *
そして時は流れ、午後4時少し前、ネア・ジャンガルが馬車で迎えに来てくれた。
まだ『回転式漆風呂』をどうするかの結論は出ていなかったが、それ以上に楽しみな『飛竜』素材を見に行けるということで、全員頭を切り替えたのである。
2台の馬車に分乗して『第9保管庫』を目指す。
それは宮殿の裏手に広がる疎林の中にあった。
巨大な木造建築で、ちょっと仏教寺院を彷彿とさせる。
正面の広場に馬車は止まった。
「さあ、こちらへ」
ネア・ジャンガルが、馬車から降りた一行を手招いた。
保管庫の周りには獣人の兵士たちが立ち、警護をしている。
「はじめまして、『第9保管庫』館長のボルゾと申します」
身長180セル以上もある、白衣を着た長身の犬獣人が館長であった。
「まずは、どうぞ」
とボルゾは言い、扉を開けた。
そこは玄関ホールで、ロッカーが幾つも並んでいる。
ボルゾはロッカーから白衣を出し、ゴローたちに着てくれと指示をした。
「国宝扱いですので」
同時に帽子と手袋も着用した。
それでようやく、保管庫の中へ入れる。
玄関ホールを抜けると、広い空間が。
「うわあ……」
そしてそこには、体長7メルほどの骨格標本が鎮座していたのである。
「幼体の骨格標本です」
ボルゾの説明。
「成体は体長30メル以上あって、展示には不向きなのです」
「なるほど」
『飛竜』の骨格標本を見たゴローに、『謎知識』が『翼竜にそっくりだ』と教えてくれた。
つまり、『亜竜』よりも鳥に近い体形である。
『亜竜』は、『カンガルーを爬虫類にした』ような感じであり、背中に膜状の羽が1対付いている。
つまり4本の脚の他に翼があるわけだ。
一方『飛竜』は、前脚が長く伸びてそこに膜が張られた翼となっているらしい。
これは骨格標本ではわからないが、生きた実物を見た当時の所員がスケッチを残してくれているので知ることができたのである。
その体形が、『翼竜』にそっくり、と『謎知識』が教えてくれたのだ。
ただし、尾は非常に長い。なので体長も長くなるのである。
『第9保管庫』の見学は、まだ始まったばかりである……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月26日(木)14:00の予定です。
20241219 修正
(誤)2台の馬車に分譲して『第9保管庫』を目指す。
(正)2台の馬車に分乗して『第9保管庫』を目指す。
(誤)保管庫の回りには獣人の兵士たちが立ち、警護をしている。
(正)保管庫の周りには獣人の兵士たちが立ち、警護をしている。