13-18 再会 その2
さて、宮殿へ向かったゴローとサナ、ルナール。
スギ並木を抜け、『センボントリー』……100基あまりの朱塗りの鳥居をくぐり、馬車は停止した。
ゴローもサナも、もちろんルナールも心得ており、馬車を降りて白い玉砂利の敷き詰められた道を歩き出す。
そして、神社にしか見えない『宮殿』へ。
前回はこの『宮殿』で女王『ゾラ・ウルペス・ジャンガル』に拝謁したのだった。
が、今回は堅苦しくない場所、ということなので、宮殿の脇に併設されている小宮殿へ向かう。
ネアに先導され、以前、ローザンヌ王女たちと来た時に使った大広間へ。
そこの上座に、女王ゾラが待っていた。
「おお、久しいな、ゴロー殿、サナ殿」
「陛下、お久しぶりにございます」
「ご機嫌麗しゅう、陛下」
「うむ、そちたちも壮健そうでよかった」
「ありがとうございます」
そして女王は、はるか後ろに控えているルナールを見やって、
「ルナール、真摯につとめておるか?」
と尋ねた。
直々に声を掛けられたルナールは平伏し、
「はっ、はい」
と答えたのみ。
代わってゴローが説明をする。
「あれからルナールは真面目に働いてくれています。今では俺たちの家族同様です」
「で、あるか。それは重畳」
にこりと笑った女王ゾラは、さらに続ける。
「届けてもらった『夫婦石通信機』は、便利なものじゃのう。王国ではいずれ近いうちに『双方向夫婦石通信機』にすると言っておった」
「そうでしたか」
「で、あれはゴローたちが開発したそうじゃな?」
「あ、はい」
「ふむ、やはり『天啓』の効用か?」
「それもありますが、仲間同士の協力あってのものです」
「なるほど」
ゴローはここで、『ティルダ』の『石の声』という加護も説明する。
これについては隠さないほうがよかろうと、事前に話し合っていたのだ。
「なんと! 『地の精』に加護をもらったのか! ……うーむ、ゴローたちは大精霊に好かれておるのう」
「運もよかったのだと思います」
「少し羨ましいぞ」
「おそれいります」
そこへ、ネアに付き添われて王女リラータ・ジャンガルがやって来た。
「おお、ゴロー、サナ、元気そうじゃな」
「姫様もお変わりなく」
「うむ、元気でやっているのじゃ。……今回は変わった飛行機械で来たそうじゃな?」
「はい、『飛行船』と言います」
「ふむ、飛ぶ船か。言いえて妙なのじゃ」
「ルーペス王国からは『ヘリコプター』という飛行機械が幾度かやって来たが、あれよりも優雅じゃな」
リラータ姫の言葉に、女王ゾラも頷く。
「ほんにのう。あの『ヘリコプター』は便利ではあるのじゃろうが、やかましくてかなわぬ」
総じて獣人は、人族よりも耳や鼻がいい。
なので彼らにはヘリコプターの騒音がきついのだろうな、とゴローは察した。
「その点、ゴローが乗ってきた、その『飛行船』は静かでよい。さぞ、作るのにも苦労したのであろう?」
「娘の言うとおりじゃと思う、どうであろう、苦労話など聞かせてもらえぬか?」
「おお、それはいいのじゃ! 茶と茶菓子を運ばせ、ゆっくり聞くのじゃ!」
午前中は公務も暇だということで、女王ゾラとリラータ姫、それにネアに、飛行船建造の裏話をすることになった。
「まずは、どうやって飛んでいるかというとですね……」
そこから説明しないと始まらないので、ゴローは掻い摘んで飛行原理を説明することにした。
もちろん、『ANEMOS』ではなく『Celeste』の方の原理である。
「『亜竜』の翼膜には、『魔力を流すと浮く』という特性がありまして」
「なんと!」
「そうなのじゃな!!」
「……それを利用して、本体の内部に翼膜を使って浮いているのですよ」
「なるほどのう」
その前提があれば、亜竜の棲息地へ行って抜け殻を採取してきた話ができる。
「……と、いうわけでして」
「ほほう、亜竜の巣、のう……」
「すると、『亜竜の翼膜』があれば、飛行船を建造できるのじゃな?」
「あ、いえ、構造材にはジュラルミンが必要なので、アルミニウムとマグネシウム、銅なんかも必要になりますね」
「ジュラルミンというと、ああ、ヘリコプターにも使っておる、あの軽くて丈夫な金属か」
「はい」
「ふうむ……」
何やら考え込む女王ゾラ。
「のうゴロー、素材があったら、飛行船をもう1隻、作れるのかや?」
「それは……可能です」
「そう、か……」
「まさか、『亜竜の巣』に心当たりが?」
「あるにはある」
「空になった巣でないと、危険ですよ?」
「うむ……そのようじゃのう」
他の素材も必要ですし、とゴロー。
「急ぎはせぬが、いずれ作ってもらいたいものじゃ。……それだけは覚えておいてくれ」
「わかりました」
逆に、『浮く』ためにもっと適した素材があれば、それを使いたいです、とゴローは補足しておいた。
「もっと適した素材か……例えば『飛竜』ならどうじゃ?」
「『飛竜』……?」
「『飛竜』は、半ば伝説の竜。空を飛ぶことに特化していると言われている。『亜竜』より速い……けど、決して人には懐かないと言われてる」
「ほう、サナ殿は博識じゃな。そのとおり。じゃが、この国にとっては伝説ではなく、現実なのじゃ」
この言葉に、さすがのゴローも驚いた。『謎知識』は何も言ってくれなかったのだ。
そんなこととは知らない女王ゾラは話を続ける。
「ジャンガル王国の西の外れに、700年前から飛竜が住み着き、200年ほど前にいなくなったのじゃ」
「200年前……」
「その頃妾はまだ20そこそこじゃったから、自分で見に行くことはできなかったが、当時の探検隊が訪れ、幾つかの資料や素材を持ち帰っておる」
「そうなんですね」
「母上、妾も初めて聞きました」
「話したことはなかったもしれぬなあ……妾自身の体験ではないからのう」
女王ゾラも、当時の探検隊員に話を聞いただけ、ということだった。
だが、当時採取してきた素材は倉庫に保管されている。
「後ほど確認してもらおうと思う。頼めるか、ゴロー?」
「はい。……あ、でしたら、俺の連れも一緒に確認させてください」
「うむ、構わぬ。……ネア、今日の夕刻、第9保管庫見学の準備を進めておいてくれ」
「はい、陛下」
この件はそういうことになった。
「ところで」
「はい?」
「あの『飛行船』というものは安全なのかや?」
「そうですね、かなり安全だと思います」
「『ヘリコプター』よりもか?」
「はい」
「そうか。……ふむ……」
ゴローの返答を聞いた女王ゾラは、何やら考え始めた。
そして、
「乗せてもらうことはできるかのう?」
と言い出した。
おそらく言い出すだろうなと察していたゴローなので、こちらには驚かなかった。
「そうですね、陛下自ら乗ってもいいと、周りの方たちも承認すれば……」
「何かあった時に責任問題になるからじゃな。うむ、ゴローの責任になることは絶対にない、と保証しよう」
「それでしたら……」
『ANEMOS』はゴローの魔力に反応して浮き、ゴローの意志で制御される。
ゆえに外部からの攻撃といった不慮の事態がない限り、まず墜落はありえない。
その攻撃にしても、『竜の骨』をふんだんに使った超強度の船体は、そう簡単には壊れない。
「おお、そうか! では明日、妾と娘を乗せて飛んでくれるか?」
「承りました」
「うむうむ」
そういうことになったのである。
* * *
さて一方、ハカセたちはというと、ミユウの工房で歓待されていた。
……と思いきや……。
「おおなるほど、これはいいですね!」
「でしょう? これを使えば、暑い時も寒い時も漆を乾かせるのです」
ハカセとアーレンは、ティルダたっての頼みで、ミユウの工房にある『漆風呂』(『室』ともいい、温度と湿度を保って漆を乾燥(硬化)させる)を改造していた。
内容は『エアーコンディショナー』を取り付け、温度と湿度の管理を簡単にしたのである。
「しかし漆っていうのは面白いねえ。温度や湿度が高すぎても低すぎても乾かないなんて」
「でもこれがあれば、雨季も乾季も助かりますよ」
乾燥する季節には『漆風呂』の中を濡れ布巾で拭いて湿らせる必要がある。
また、雨季には、あまりに早く漆が乾くので、乾かなくなった漆(古くなった漆や、加熱して酵素を減じた漆)を混ぜて乾燥(硬化)を遅らせる、といった工夫が必要になるのだ。
「でも、工房と漆風呂にエアコンを付けていただいたので助かります」
その分制作に集中できるのはありがたい、とミユウはハカセとアーレンに感謝したのだった。
「しかし、ハカセさんとアーレンさん、ありあわせの材料でエアコンを作ってしまえるなんてすごいですね」
「いや、重要な部分はたまたまアーレンが持っていたからだよ」
「片付けの時ポケットに入れてそのままでしたからね」
「そのおかげでエアコンを作れたんだからいいじゃないかね」
引き継ぎの際に私物を片付け、その時に机の上にあった『魔晶石』を適当にポケットに突っ込んでいたのだという。
石なのでゴロゴロして重かったはずだが、気にしなかったのはアーレンらしい、とハカセは苦笑していた。
その後、ミユウ宅で昼食もごちそうになり、その後ゆるゆると宿である第2迎賓館に戻ったハカセ一行である……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月19日(木)14:00の予定です。
20241213 修正
(誤)「で、あれはゴローたちがは開発したそうじゃな?」
(正)「で、あれはゴローたちが開発したそうじゃな?」