13-16 ジャンガル王国へ
夕刻、ゴローは屋敷の庭の一部に、もらったそばの種を半分播いた。
もう半分は『研究所』の庭に播く予定である。
「それじゃあマリー、フロロ、世話を頼むよ」
「はい、ゴロー様」
「まっかせなさい!」
二つ返事で引き受けてくれる『屋敷妖精』のマリーと『木の精』のフロロ。
ゴローは安心して任せるのだった。
* * *
夕食後、王都の屋敷から持ち出す荷物の選定をみんなで行った。
「お砂糖は外せない」
「いただいた素材の半分は向こうへ持っていくのです」
「常備薬も少し持っていきたいと思います」
「身の回りの品を、少し向こうへ持って行きたいんです」
「小麦粉とお米、塩はもう積みました」
「紙を多めに持っていきましょう。メモや設計に使いますから」
「お金……はいりませんね」
「細かいことは任せるよ」
などなど、皆でいろいろ考え、忘れ物のないよう準備を進めていったのである。
特にこれから共同生活をする予定のアーレン・ブルーとラーナは、少々荷物が多くなってしまうのは致し方ない。
これも、『ANEMOS』の積載能力が大きいがゆえの恩恵であった。
* * *
そういうわけで、翌朝。
朝食を終えれば、もうすることもない。
ローザンヌ王女、あるいは使いの者が『夫婦石通信機』の片割れを取りに来るのを待つだけである。
そしてそれは、早々に達成される。
「ゴロー、おはよう」
「モーガンさん、おはようございます」
午前8時、ローザンヌ王女ではなくモーガンが取りに来たのである。
「あまり待たせるのも悪いと思ってな。……もう出来ているのか?」
「はい。こちらをお持ちください」
ゴローは『夫婦石通信機』の片方をモーガンに手渡した。
厳重に梱包してある。
「対になる方はもう積んであります。動作試験は済んでます」
「わかった。丁寧に扱うから安心してくれ」
「では、お願いします」
「うむ、任せておけ。……もう行くのか?」
「はい。道中、空からいろいろ見物しながらゆっくり行こうかと」
「はは、それもいいな。……姫様からも気を付けて行ってこいよ、と言われている」
「はい」
それだけ言うと、モーガンは帰っていったのである。。
* * *
そして、午前8時半。いよいよ出発だ。
「忘れ物はないかい?」
「着替えも持ちましたよ」
「じゃあ、出発しよう。……フランク、発進だ」
「了解。……『ANEMOS』、発進します」
午前8時半過ぎ、『ANEMOS』は王都の屋敷を発った。
目指すは『研究所』である。
王都から目視できる距離の間は西へ向かい、その後、北へ。
今の『ANEMOS』であれば、30分で楽々研究所に到着できた。
「さて、少し荷物を下ろすよ」
「はいなのです」
「お任せください」
「みんなでやったほうが、早い」
ハカセやティルダは、素材をはじめとした自分の荷物を運び込む。
ゴローとサナは小麦粉や砂糖などを運び込み、ルナールはそれを倉庫にしまっていく。
それが一段落着くと、ゴローはそばの種を持って庭へ出た。
その一角は畑になっており、昨年は薬草を栽培していたのだ。
薬草の一部は宿根草なので、冬になって地上部が枯れても、春になると再び芽を出す。
なので、そばを播くのは一年草(冬に枯れるとそれで終わり)の植わっていた場所だ。
面積としては5平方メルくらい、持ってきたそばの種を全部播いてもまだ余っている。
「まあいいや。秋そばに期待しよう」
ということで、こちらはマリーの『分体』に世話を頼むことにする。
もちろん、元フロロの『分体』であるルルにも。
さらに『水の妖精』のクレーネーにも、乾燥しすぎないよう、時々水をやってくれと頼むのも忘れない。
「これでよし……お、ポチ」
一とおりの作業を終えると、『クー・シー』のポチがやって来てじゃれかかった。
「よーしよしよし」
わしゃわしゃと少し乱暴に撫でてやると、ポチは喜んで身体を擦り付けてくる。
「すっかり大きくなったなあ」
もう大型犬並み、いやそれ以上の大きさである。
「また、留守番を頼むな」
「わうわう」
任せろ、と言っている気がしたので、ゴローはもう一度頭を撫でてやると、嬉しそうに撫でられた後、ゴローの周りを3回ほど回ってから茂みの中に消えていったポチであった。
* * *
午前11時。
「さて、出発しようか、それとも少し早いお昼を食べていこうか、どうしようかねえ」
準備は完了したのだが、お昼をどうするかでハカセたちは悩んでいた。
「早お昼にしましょう。片付けが楽だから」
「それもそうだねえ」
と、ゴローの提案で、少し早いがお昼を食べて出発することになった。
そういうわけで、片付けが楽なようにお昼は簡単な献立となる。
「残ったご飯を使ってお粥にしました」
ルナールが言う。
たまにはお粥もいいものである。
「うん、おいしいよ」
梅干しやお新香を付け合わせに、お粥を食べる。
「塩を振っただけでも結構いけますよ」
とはアーレン・ブルー。
皆、出発前なので簡単な献立であることを納得して食べていた。
「……甘いものは?」
サナを除いて。
「もちろんあるぞ。プリンが2つ余っていて、日持ちしないから食べちゃってくれ」
「うん」
そして、ちゃんとゴローもそれを承知していたのだった。
* * *
「それじゃあ、出発しようかね」
「はい、ハカセ」
昼食の後片付けも終え、ちょうど正午、『ANEMOS』は研究所を出発した。
「ハカセは『ジャンガル王国』へ行ったことがないんでしたよね」
「なかったねえ」
「アーレンたちも?」
「はい」
「じゃあ、少しゆっくり飛ぶか?」
「いえ、殿下からの頼まれごともありますから、行きは急ぎましょう」
「ハカセもそれでいいですか?」
「ああ、いいともさ」
それじゃあ、ということで、時速400キルほどで飛び始めた『ANEMOS』。
一旦南西方向へ飛び、街道上空に出た時点で道に沿って西進する。
これで『ジャンガル王国』の首都『ゲレンセティ』が見えてきたのが午後1時である。
「面白い地形だねえ」
「研究所のある台地とも違いますね」
ハカセとアーレンがその眺めに感心している。
「研究所は『テーブル台地』で、硬い岩盤が侵食されずに残ったものですね。『ゲレンセティ』は二重火山です」
ゴローが言った。
「太古の昔に噴火した火山が、噴出物がなくなったために中央部が落ち込んだのがカルデラです。そこに再び小さな火山が噴火してできたのが二重火山ですね」
二重火山は二重式火山ともいい、火口やカルデラの内部にもう1つ小さい火山をもつ火山のことである。
阿蘇山や青ヶ島は有名。
「ふうん。……『謎知識』かい?」
「はい。……ですから『ゲレンセティ』には温泉が湧いてますが、研究所には湧いていませんよね」
「ああ、なるほどねえ。……『謎知識』様々だねえ」
ゆっくりと『ANEMOS』は降下していく。
事前に知らせてくれていたのであろう、地上での混乱や騒ぎはほとんどなかった。
「ヘリコプターでの訪問は何度か受けているんじゃないかい?」
「ああ、そうかも」
それなら飛行物体に対する驚きは薄いはずだ、とゴローも納得したのである。
* * *
飛行場に使えそうな広場へと『ANEMOS』が下りていくと、兵士が手を振って着陸を勧めているように見えた。
「ああ、あれは『ここへどうぞ』といっているようですね」
と、ジャンガル王国出身のルナールも言うので、『ANEMOS』はその広場に着陸したのである。
まずルナールが、次いでゴローとサナ、そしてティルダが下船する。
他の面々はまだ乗ったままだ。
「ジャンガル王国首都ゲレンセティへようこそ、ゴロー様、サナ様、ティルダさん。そしてお帰り、ルナール」
出迎えてくれたのはジャンガル王国の王女リラータの従妹ネア・ジャンガルと、お付の兵士たち5人。
「名誉男爵ゴロー殿、名誉女男爵サナ殿に敬礼」
お付の兵士たち5人は揃って敬礼を行い、歓迎の意を評したのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月5日(木)14:00の予定です。
20241128 修正
(誤) 午前7時半、『ANEMOS』は王都の屋敷を発った。
(正) 午前8時半過ぎ、『ANEMOS』は王都の屋敷を発った。
(誤)
ゴローが言った・
二重火山は二重式火山ともいい、火口やカルデラの内部にもう1つ小さい火山をもつ火山のことである。
阿蘇山や青ヶ島は有名。
(正)
ゴローが言った。
「太古の昔に噴火した火山が、噴出物がなくなったために中央部が落ち込んだのがカルデラです。そこに再び小さな火山が噴火してできたのが二重火山ですね」
二重火山は二重式火山ともいい、火口やカルデラの内部にもう1つ小さい火山をもつ火山のことである。
阿蘇山や青ヶ島は有名。
20241129 修正
ゴローの『二重式火山』の説明セリフが重複していたので修正しました。