13-15 予定決定
さて、翌日。
午前中、ローザンヌ王女の来訪がなかったので、ゴローは午後一番で『双方向夫婦石通信機』1組を持って『自動車』で王城へ向かった。
ゴローの乗る自動車は衛兵も見覚えており、本人確認もスムーズに行われた。
そしていつもの応接室へ。
まずやって来たのはモーガンだった。
「おお、ゴロー、今日はどうした?」
「はい、献上品がありまして」
「お、そうか。殿下がお見えになったら一緒に見せてもらおう」
「はい」
そして、そう待つこともなく、モーガンに遅れること3分ほどでローザンヌ王女が顔を見せた。
心做しか、少し息が上がっているような気がする、とゴローは思ったが口には出さない。
「……で、今日は何を持ってきてくれたのだ?」
「あ、はい、これです」
ゴローは持参した包みをテーブルに置いた。
大きさはみかん箱くらい。
その中に対になる通信機が収まっている。
「これは『双方向夫婦石通信機』です」
「うん? なんだそれは?」
「ええとですね、『夫婦石』が魔力で繋がっていることを利用して……」
簡単な原理を説明するゴロー。
「で、それを2つここに仕込みまして、相互通話ができるようにしたものがこれです」
「な、なんだと……!!」
「伝令や手紙が要らなくなる、いや常識が覆るぞ……!」
しばし絶句する王女とモーガンであった……。
「では、これを積んでいれば、『Celeste』とも話ができたのか……」
「そういうことになります。開発が間に合いませんでした」
「いや、それは責めるつもりはない。感謝するぞ、ゴロー」
「……で、これは『双方向』ですが、単純に1組だけ使うなら……」
相互ではなく交互に通信する場合のことを説明するゴロー。
「ふむ、それなら持ち運びも楽になるな」
「はい。音質を気にしないのならもう少し小さくできるかもしれません。……説明書はここに」
「おお、助かる。こちらでも作れるな」
「使用する『夫婦石』は大きい物を使ったほうが音質がよくなるようです」
「なるほどな。助言、感謝するぞ」
「おそれいります」
そしてゴローは、『通信』の問題点を説明する。
「もうお気付きかもしれませんが、この通信機の問題点は、オンオフが難しいことです」
「オンオフ……つまり、動作と停止、のことだな?」
「はい。……その性質上、常に動作しています」
現代日本の電話のように『呼び出し』機能は付いていないので、専門の担当者が四六時中張り付いている必要があるのだ。
しかも、こちらの音声も筒抜けなのである。
「む、そのとおりだな」
「殿下、運用方法はよくよく考える必要がありますな」
「モーガンの言うように、『通信室』と『通信士』という部屋と役職を設けるべきか……まあ、それはこちらの問題だ。ゴロー、大儀であった」
こうして、『双方向夫婦石通信機』の献上は滞りなく済んだ。
褒美についてはよくよく検討して後日改めて行う、ということになる。
* * *
「さて、ゴロー、今後の予定はあるのか?」
「あ、はい。実は、ジャンガル王国へ行ってきたいと思っております」
「む、そうか。ゴローは向こうでも名誉貴族だからな」
ローザンヌ王女は納得した、という顔で頷いた。
「はい。それで、向こうにも『双方向夫婦石通信機』を1組、献上しようと思っています」
「ふむ」
それを聞いたローザンヌ王女は、少し待て、と言って席を立ち、応接室を出て行った。
「どうしたんでしょう?」
とゴローが尋ねると、モーガンは自分の考えを口にする。
「おそらく宰相閣下か陛下に何かお伺いを立てに行かれたのだろうな」
「え?」
「つまりだ、『ジャンガル王国』へ行くのなら、『夫婦石通信機』を持っていってもらえば、我が国と通信でやり取りできるようになるではないか」
「ああ、その許可というか決裁をもらいに……」
「そういうことだ。さすがに他国とのことなので殿下単独でお決めになるのは無理だろうからな」
「わかりました」
そして、他愛のない世間話をすること15分。
「待たせたな、ゴロー」
ローザンヌ王女が戻ってきた。
「『ジャンガル王国』へ行くのなら、是非我が国と『夫婦石通信機』で結びたいのだ」
「はい、今、そうではないかとモーガンさんに言われていたところです」
「む、そうか。ならば話が早い。『夫婦石通信機』もしくは『双方向夫婦石通信機』をもう1組作って、我が国と『ジャンガル王国』に置きたいのだ。頼めるか?」
この場合の『頼み』は、ほぼ『命令』である。
こういうこともあろうかと、『双方向夫婦石通信機』は余分に作ってある。
「あ、はい、引き受けさせていただきますです」
どういう順番で通信機を運ぼうかと頭の隅で考えていたら、変な返答になってしまったゴローであった。
「おお、そうか。報酬はこれでよいかな?」
ローザンヌ王女は手にしていた革袋をテーブルに置いた。
「金貨で1000万シクロある。今回の献上品の褒美と、通信機の値段も含んでいる。余るようなら『ジャンガル王国』への旅費の足しにしてくれ」
「あ、ありがとうございます」
日本円に換算しておよそ1000万円、材料費から考えると100倍以上あるが、報奨金でもあると言われては、多すぎるとは言えない。
ましてや『ジャンガル王国』への旅費の足しにしてくれと言われてはなおさらである。
「出発はいつになる?」
「明日のつもりでしたが……」
「そうか。……通信機はどうなる?」
「えーと……」
ここで『双方向』を余分に用意してます、というようなことは言えないので、
「『夫婦石通信機』でしたらなんとか用意できるかと」
と言うに留めておく。
「うむ、それで十分だ。『双方向』は我が国の工房で作り、改めて『ジャンガル王国』に寄贈することにしよう」
「わかりました」
『ジャンガル王国』と『ルーペス王国』は物を転移させる『古代遺物』、『転移の筺』で結ばれている。
今は文書もそれでやり取りしているため、半日から1日で情報が伝わるのだ。
「ゴローの言う『りあるたいむ』でのやり取りができるようになれば、より両国の絆は深まるであろう」
「そう望みます」
「うむ。……では明日、屋敷の方へ見送りに行くことにしよう。その時に、こちらに置く通信機を受け取ればよいな」
「あ、はい」
……というように、話はとんとん拍子に進んでしまったのだった。
* * *
「ははあ、そんなことになったのかい」
「何か、すみません」
屋敷に戻ったゴローは、一部始終を報告した。
「まあまあ、無理のない依頼ってところだろうねえ」
「うん、そうなる可能性は、確かに、あった」
ハカセとサナはゴローの説明を笑って受け入れたのだった。
他のメンバーも、もちろん否やはない。
「あと、今日の夕方、アーレンとラーナが来るって連絡があったよ」
「『夫婦石通信機』で、ですか?」
「そうそう。ようやくオーナーに専念できるみたいだねえ」
「じゃあ、一応確認はするとして、『ジャンガル王国』に行くことに問題はないですね」
「うん、『夫婦石通信機』はもう出来ているから、間違いなく明日の昼には出発できるねえ。……まあ、あたしゃ、姫様が来る前に『ANEMOS』に乗り込んでおくよ」
「それがよさそうですね」
「あとは、甘いものをたくさん、用意しておいて」
「ああ。ラスクはもうできてるし、純糖もはちみつもたっぷりある」
「うん、なら、いい」
サナはサナで、マイペースであった。
「ルナールも行くからな。何なら、手土産でも用意するか? これから買いに行っていいぞ」
「ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えて、ちょっと外出を」
「うん、ゆっくり行ってこいよ。小遣いは大丈夫か?」
「はい、ほとんど使う機会がありませんでしたので貯まる一方で」
「そ、そうか」
確かにルナールは、たまに休みを与えても、屋敷の外に出なかったな、とゴローは思い出したのだった。
「あと、『ジャンガル王国』に持っていくものはありますかね?」
「あ、私、練習で作った作品を幾つか、先生にお見せしたいのです」
ティルダが言った。
『先生』とは、漆塗りの基本を教えてくれた狐獣人と人間のハーフ、『ミユウ』のことである。
「ああ、そこには是非行きたいな」
「うん。フロロの『分体』の『ヴィリデ』にも会いたいし」
以前『ジャンガル王国』を訪問した際に連れて行ったフロロの『分体』が根付いた場所がミユウの工房だったのだ。
「『自動車』や『飛行機』はどうなんでしょうかね?」
「その辺は、向こうも知っている、と思う」
「サナの言うとおりじゃないかい? 文書でのやり取りはしているんだろうから」
「そうですね」
「その上で、依頼がないということは、そういう、こと」
「今はまだ、必要としない?」
「そうだと、思う」
「うーん、まあ、そうかもな」
今ひとつ納得ができないが、かといって何かできるわけでもないので、この話題はこれまでとなった。
そんな時。
「アーレン様とラーナ様がお越しです」
と、『屋敷妖精』のマリーが知らせてきたのである。
「ちょうどいいタイミングだ。ここへ案内してきてくれ」
「はい、ゴロー様」
そしてすぐにアーレンとラーナが顔を見せた。
「やあ、アーレン、ラーナ」
「皆さんお揃いですね。何かあったんですか?」
「まあ、座ってくれ」
「はい」
2人が席に着くと、ゴローはこれまでの経緯を説明していった。
「ははあ、そんなことがあったんですね」
「で、明日には『ジャンガル王国』へ行く、と」
「2人はどうする?」
「もちろんご一緒しますよ!」
「はい!」
「よし、決まったね」
ハカセが言った。
「一旦研究所に寄って『癒やしの水』を補給していきましょう」
「それでいいね」
『ANEMOS』の最高速度は時速800キルだが、公称値としては『Celeste』と同じ250キルとなっている。
『ジャンガル王国』までは王都から300キルほどなので、1時間半から2時間で着けるはず(常に最高速を出すわけではないから)である。
だが実際には時速800キルで飛べるので、研究所に寄り道する時間はあるわけだ。
「おそらく『転移の筺』の『定期便』で知らせているだろうから、明日の夕方には向こうに着く必要があるけど、『ANEMOS』の性能なら寄り道しても十分だろうさ」
「そうですね。1時間くらいは研究所に滞在しても大丈夫だと思いますよ」
「それじゃあ、そういうことにしようじゃないかね」
「わかりました」
こうして、翌日の予定が決まっていったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月28日(木)14:00の予定です。
20241122 修正
*大きなミスをしていました。
『夫婦石通信機』は、今回始めて献上したわけですので、王女の反応がおかしなことに。
ということで大規模修正を行いました。
24行目から68行目くらいの間です。
申しわけもございません。
(誤)音質を気にしないのならもう少し小さくできるかもしれません。……説明所はここに」
(正)音質を気にしないのならもう少し小さくできるかもしれません。……説明書はここに」
orz
20241128 修正
(誤)「ルナールも行くからな。何なら、手土産でも用意するか? 明日の午前中にこれから買いに行っていいぞ」
(正)「ルナールも行くからな。何なら、手土産でも用意するか? これから買いに行っていいぞ」