13-13 発見2つ
ゴローが運転する自動車で、宝石店巡りをするオズワルド・マッツァとティルダ。
立ち寄るのは知り合いの店ということで、嫌な顔をされることもなく見て回ることができていた。
だが、探し求める石は見つからない。
「困りましたな……」
「それだけ珍しい石なのです」
「次はどこへ行きましょうか?」
3軒回ったが、目的のベニト石……宝石名『ベニトアイト』を所有する商会は見つからなかった。
「そうですな……では、この先の通りを左に入ってください」
「了解です」
「そこはもう一度左に」
「はい」
「その先の路地を入ってください」
「わかりました」
……と、オズワルドの指示どおりに走ってたどり着いたのは、裏道の行き止まりにある寂れた店だった。
「……ここですか?」
「見た目は貧弱ですが、掘り出し物ばかり置いている店なんですよ」
「へえ……ご一緒してもいいですか?」
「ええ、どうぞどうぞ」
「では」
これまでは店の前で待っていたゴローだったが、今回はちょっと興味を惹かれ、一緒に店に入ってみることにした。
店の中は薄暗かったが、埃っぽくはなかった。
こんな店に掘り出し物があるのかな、とゴローは思ったが、逆にこんなだからこそ珍しいものがあるのかも知れないとも思う。
棚には宝石の原石が無造作に置かれている。
原石以外にも、道具類や乾燥した薬草や瓶に入った何かなどが並んでいる。
が、ゴローの見たところ、それらは価値の低いもののようだ。
高価なものは店の奥にしまってあるのだろうか、とゴローは思った。
「おや、オズ坊じゃないかい」
店の奥から店主らしき人物が声を掛けた。
真っ白になった髪を高く結い上げた、小柄な老婦人だ。
「若い子を連れてるじゃないかえ。店の子かい?」
「ああ、いえ、知り合い……ですよ」
「おや、そうかえ。……で、今日は何を探しに来たね?」
「青い宝石で、『ベニト石』または『ベニトアイト』というんですがね」
「ほうほう、『ベニトアイト』ね……こりゃまた珍しいものを探してるね。……コレクターのお客だね?」
「はい、そうなんです」
「こりゃまた希少な石を所望するお客だねえ……ちょっと待ってなよ。……あったような、なかったような……」
どっこいしょ、と言いながら奥へ引っ込んだ店主らしき老婦人は、しばらくして木箱を持って戻ってきた。
「この中にないならうちにはないねえ」
そう言って木箱の蓋を取る。
そこにはきれいな青い石がぎっしり詰まっていた。
「ティルダさん、わかりますか?」
「はいなのです。これとこれが『ベニト石』なのです」
「おお!」
ティルダが指さしたのは小さな青い原石。
「ははあ、それが『ベニト石』だったかい。……お嬢ちゃん」
「はいなのです」
「……もしかして、鑑定士なのかえ?」
「いえ、『加護』なのです」
あ、バカ正直にバラしたな、とゴローは内心で少し焦ったが、当のティルダは気付いていない。
「はあ、そりゃすごい。……で、オズ坊、この『ベニト石』は使えそうかい?」
「そうですね、これならなんとかお客様の要望にかないそうですよ」
と言ってオズワルド・マッツァは少し大きい方の『ベニト石』を指さした。
「いくらで譲ってもらえます?」
「そうだねえ、うちにあっても売れない石だから、10万シクロでどうだい?」
「いいんですか?」
おそらく、カットして磨けば、売値はその10倍20倍になるんだろうなとゴローは想像した。
「いいよ。ただ、そこの嬢ちゃんにちょっと頼みがあるんだがね」
「なんなのです?」
「この木箱に入ってる他の石も鑑定しておくれでないかい?」
「……ティルダさん、私からもお願いします」
老婦人の言葉に加え、オズワルド・マッツァもまた、ティルダに頼み込んだ。
「わかりましたのです」
ティルダは老婆が出してくれたスツールに座ると、木のカウンターの上に箱を置き、中身を確認していく。
「これとこれとこれはサファイアなのです。……これとこれはブルートパーズなのです。……これは……」
そしてテーブルの上にグループ分けして並べていった。
「これは……『ゾイサイト』なのです。これも、とても珍しい石なのです」
「ほほう、ゾイサイトがわかるんだね」
「はいなのです。……これは『カイアナイト』なのです」
カイアナイトはカイヤナイトとも言い、鉱物名は『藍晶石』である。
淡青色から深青色の石だが、白、灰色、緑色のものもある。
面白いのは、方向によって硬度が異なることで、劈開(特に割れやすい面のこと)に平行な面のほうが垂直な面よりも軟らかい(それぞれモース硬度7と5)。
「ふむふむ。やはりそれはカイアナイトだったかい」
「はいなのです。……で、これとこれがベニト石……ベニトアイトなのです」
テーブル上にグループ分けした原石。
サファイア、ブルートパーズ、スピネル、ゾイサイト、カイアナイト、そしてベニトアイトとなった。
「ありがとうよ、ティルダちゃんだったね。まあ、お茶を飲んでお行き。オズ坊も、そっちの兄さんもお座りな」
「あ、はい、ごちそうになります」
出されたのはちょっと変わった香りのするお茶。
「あ、おいしいのです」
「この味……もしかしてそば茶?」
ゴローの呟きに、老婦人が反応した。
「お、兄さん、よくわかったね。そうさ、これはそば茶だよ」
「へえ、これはそばの葉で作ったお茶ですか……」
「違いますよ、オズワルドさん。そばの実で作るんですよ」
「実! なるほど……」
「ははは、オズ坊、そっちの兄さんにちゃんと教えておもらいな」
老婦人に言われ、オズワルド・マッツァはゴローの方を向く。
ゴローはそれを察し、説明を始めた。
「ええと、そばの実の殻を取って、中身を炒るんですよ」
「それでいいんですか?」
「ええ。そばの実の殻を剥くのが若干面倒かもしれません」
「なるほど、そうなんですね」
「兄さん、よく知っていたねえ。そばの実なんて、なかなか手に入らないだろう?」
「ええ、なんというか『天啓』で……」
「ほほう、『天啓』持ちかい。そっちの嬢ちゃんといい、すごいねえ。オズ坊、いい知り合いを持ったね、こういう縁は大事にしなよ」
「はい、わかってますよ、先生」
オズワルド・マッツァは老婦人を『先生』と呼んだ。
「先生はやめとくれでないかい。そんな柄じゃないよ」
「はあ……」
「オズワルドさん、おばあ……おねえさんとどういうご関係なんですか?」
一番気になることを尋ねるゴロー。
「兄さん、おねえさんは無理があるよ。婆さんでいいよ、婆さんで」
「はあ……そういうわけにも……」
「ほっほっほ、礼儀正しい兄さんだね。あたしはジェーティア・ローバーっていうのさ」
「あ、申し遅れました。ゴローと申します」
「ティルダなのです」
「ゴローにティルダだね。あたしのことはジェーでもティーでもいいよ」
「じゃあ、ジェーさんとお呼びします」
「ああ、好きにしな」
そしてそば茶を一口。
「で、オズ坊との関係だったね。それはオズ坊に聞いた方がいいかもね」
「では、私から。……ゴローさん、ティルダさん、先生……ジェーティアさんは、ローバー商会の元会頭で、私に商売とはなにか、を教えてくださった方なんですよ」
この場合の会頭は商会のトップ、というだけではなく、数多ある商会を束ねる長、という意味合いもある。
「そして私が駆け出しの若造だった時、3年ほどお世話になったんですよ」
それでオズワルド・マッツァを『オズ坊』と呼ぶのだな、と腑に落ちたゴローであった。
「俺も駆け出しの行商人をやってまして、オズワルドさんにはいろいろとお世話になってます」
「なんの、ゴローさんとは持ちつ持たれつではないですか」
「えっと、私はアクセサリー職人で、オズワルドさんの商会で買い上げてもらってるのです」
「ほうほう、そうかいそうかい。なるほど、持ちつ持たれつかい、いい関係を築けているようだね」
「はい、先……ジェーティアさん」
「ああもう、まだろっこしいね。もう好きにお呼び」
「やっぱり先生とお呼びするのが一番しっくりします」
「もうそれでいいよ」
ここでゴローがもう1つ質問。
「ええと、そばの実は流通量が少ないですよね?」
「うん? ……うんうん、少ないね。そもそもお茶にする者はほとんどいないしね」
「そうなんですか?」
「どちらかというと食べるためのものだからね」
お茶にしてしまうと、そばの実そのものは捨てられてしまうわけである。
それはいかにももったいなく、ある意味贅沢品であるといえた。
「仕入先は……北の方の国ですか?」
「ああ、そうだよ。といっても、今飲んでるこれは、うちの畑で栽培したものだけどね」
ローバー商会は王都の近郊に畑を持っているのだという。
そこで少しだけ、自分用に栽培しているのだそうだ。
「そうですか。……あの、ほんの少しでいいのでそばの実……いえ、種を分けていただけませんか?」
自分たちでもそばを栽培してみたくなったゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月14日(木)14:00の予定です。
20241108 修正
(誤)自分たちでもそばを栽培してみなくなったゴローであった。
(正)自分たちでもそばを栽培してみたくなったゴローであった。