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01-32 捕縛

 突如現れた謎の気配に、黒ずくめの男は身構えた。

「……君は立ち去った方がいいよ」

 と一言だけ言って、向かいの家の屋根へと飛び移った。

 ゴローは言われたとおり、その場を去ろうとしたのだが、暗闇の中、何かが飛来する。

「っ!?」

 指先でつまむと、長さ5セル(cm)ほどの針であった。

「どこから……あいつか」

 飛んできた方向を見ると、人影が見えた。

 そして首筋にも何かが当たる感触が。屋根の上に落ちたそれは、やはり針。

(もう1人いたのか……サナに怒られるな)

 目の前にいる敵に惑わされ、背後への注意が疎かになったことを、ゴローは反省した。

(さて、どうするか)

 反撃するか、逃げるか。ゴローは一瞬だけ考え、行動に移す。

 迎撃である。

(別に殺すわけじゃないし、捕らえてあいつに引き渡せばいいだろう)

 そしてゴローは屋根から飛び降りた。まずは後ろから針を投擲した相手からである。


「な、なんで刺さらないんだ!?」

 その男は焦っていた。

 自分の『針』は、レンガにさえ刺さるというのに、今屋根から飛び降りてきた相手の首筋は、確かにそれをはね返したのだ。

「くそっ!」

 焦った男は、3本の針を投げたが、うち2本は明後日の方向へ飛んでいった。

 が、最後の1本は間違いなく相手の眉間に……。

 ……刺さることなく、指先で摘まれていた。

「な、なんだ、なんなんだ、お前はあ!」

 隠密裏おんみつりの行動であることも忘れ、半ばパニックになって大声を出してしまった男の鳩尾みぞおちに、軽く突き入れられた指。

「げふぅ」

 呻いて、男はその場に悶絶した。


(次は……あいつか)

 正面側からゴローに針を投げてきた相手は、様子を見るためか、回り込んできて物陰から覗き込んでいた。

 それを見逃すゴローではなく、一足飛びに近付くと、慌てて逃げ出す相手の背中にドロップキックを『ごく軽く』喰らわせた。

 それだけで相手は吹っ飛んで、向かい側にあった建物の壁に激突、気絶したのだった。


*   *   *


「なかなかやりそうですね」

 黒ずくめの男は暗闇の中、襲ってきた謎の気配と対峙たいじしていた。

 それは小柄な人型をしており、人種は判然としない。

「もしかしたら獣人ビーストマンでしょうかね……」

 しなやかな身のこなしを見ていると、その可能性が高いと考えた。

「だとすると、体術だけでやり合うのは愚の骨頂ですね」


 獣人ビーストマンは総じて身体能力が高い。そのかわり魔法の才には乏しいのが普通だ。


「『(トニトゥルス)』『(サギタ)』」

 威力はたいしたことがないが、超高速の電撃が放たれた。この魔法は威力は低めだが、速いのだ。

 元々、直撃しても相手を麻痺させるには至らない程度の威力だが、痺れさせて行動を阻害するくらいはできる。

 が、それも獣人ビーストマンらしき相手は辛うじてかわした。

 が、僅かに腕を掠めたようで、左腕をしきりに振っている。

「もう一度! 『(トニトゥルス)』『(サギタ)』」

「があっ!」

 今度、痺れていたらしい左腕に直撃した。

 その動きが大幅に鈍る。

「ですが、まだ迂闊には近寄れませんね……」

 その右腕は健在で、何か暗器 (隠し武器)を持っているらしいことがわかる。

「なら、もう一度! 『(トニトゥルス)』『(サギタ)』!」

「ぐあぁ!」

 直撃は避けたが、右腕に直撃。その手から小指ほどのナイフが2本、地に落ちた。

「これで攻撃手段はなくなったでしょう」

 さらに腕のしびれは全身の動きを妨げており、最早脅威ではなくなっていた。

「これで終わりです」

 黒ずくめの男は油断せず獣人ビーストマンらしき相手に近付くと、袖から出した30セル(cm)ほどの棒で腹部を突き、痛みに屈んで下がった頭、その後頭部にも一撃を喰らわせた。

「……」

 悲鳴も上げられず、獣人ビーストマンらしき相手は地に伏した。


「強敵でしたねえ……」

 黒ずくめの男はまだ気を緩めず、周囲を警戒していたが、もう誰も襲ってくる様子はないことを確認し、倒れた相手の手と脚を急いで縛り上げる。

 獣人ビーストマンの場合、足技も侮れないからだ。


「これでいいでしょう。……おや? 逃げなかったんですか?」

 黒ずくめの男は、近付いてくるゴローを見つけたのだった。


*   *   *


 自分を襲ってきた2人を気絶させたゴローは、そいつらが穿いていたズボンのベルトで縛り上げたあと、黒ずくめの人物の様子をうかがった。

 少し苦戦していたようだが、3度雷属性魔法が放たれ、決着がつくのが見えた。

「こいつらの処遇を聞いてみよう」

 2人を引きずって黒ずくめの男のところへ。


「……おや? 逃げなかったんですか?」

「ええ。逃げようと思ったらこいつらに襲われたので返り討ちにしました」

「なるほどなるほど。で、処遇を聞きに来たというわけですね?」

 黒ずくめの男の言葉に、ゴローは頷いた。

「そうです。話が早くて助かります」

「ははは……ところで君、時間あるかな?」

 黒ずくめの男の口調がいきなり変わるが、ゴローは気にしていない。

「ええ、まあ」

「よし。それじゃあ、こちらを運ぶのを手伝ってくれないかな。さすがにボク1人じゃ3人は運べないからさ」

「ああ、そういうことですか。……いいですよ、乗りかかった船だ」

「助かるよ」

 そう言いながら黒ずくめの男は懐からロープを出して、ゴローが運んできた2人をさらに厳重に縛り上げた。

「これでよし。じゃあ、頼むよ」

「はいはい」

 少し気怠げに答えたゴローは、自分が捕まえた2人をひょいと肩に担いだ。それを見て黒ずくめの男はびっくりする。

「おお!? 力があるねえ。うん、まあ、助かるよ」

 そして黒ずくめの男は自分が捕らえた男をよっこらしょと担ぎ上げたのだった。


*   *   *


 2人の男を担いだゴローが、黒ずくめの男についていくこと15分。

「ここで下ろしておくれ」

「え、ここで?」

 そこは『騎士地方分隊詰め所』の前だった。

「えっと……?」

 面食らうゴローに黒ずくめの男は、

「うん、まあ、なにが言いたいのかはだいたいわかるよ。……そうだなあ。ボクはトーマ・テンポ。もちろん偽名だけどね」

 と笑って告げた。

「は、はあ……」

「そうだな、身分は……『隠密騎士』とでも思っていておくれ」

「は、はあ」

「あ、一応君の名前も、教えておいてくれるかい? 嫌ならいいけれど」

「……ゴロー、です」

「ゴロー君ね。……もし、王都に来ることがあったら、そして何か困ったことがあったら、ボクにできることなら相談に乗るよ」

 そう言って覆面を外したその顔は、茶色い眼に黒髪だった。歳も若そうだ。20代半ばくらいか、とゴローは見た。

「それじゃあ、証文の持ち主には明後日あたりに話がいくと思うからね」

「……それじゃ」

 どうにもトーマ・テンポの人物像が掴めなかったが、悪人ではなさそうであるし、割合偉い地位にある人物かもしれない、とゴローは思い、その場は素直に引き下がることにしたのであった。


*   *   *


〈……と、いうわけさ〉

〈……ふしぎ? 変わった人……〉

 そっとティルダの工房に戻ったゴローは、サナと『念話』で話をしていた。

〈でも、そのあんみつ騎士? って、なに〉

〈隠密だ。『おんみつ』〉

〈……隠密って、なに?〉

〈ひょっとして、隠密って言い方しないのか?〉

〈だから、意味は?〉

〈隠は隠れる、ってこと。密は秘密の密、だな〉

〈……シークレット・エージェント? スパイ? 諜報員?〉

〈……なんか違うな。やっぱり隠密は隠密だ。……あれ?〉

〈どう、したの?〉

〈『隠密』って、『おんみつ』って発音しているよな?〉

〈うん。O・N・MI・TSU。〉

 ゴローは考え込んでしまった。自分の『謎知識』でも隠密は隠密、となっている。

 つまり、『隠密』という概念と、『隠密』という発音とが一致しているのだ。

 が、謎知識が教えてくれる大抵の概念は、言語とは微妙に、あるいは大きく、発音が異なっている。

 これが何を意味するのか、今のゴローにはまだわからなかった。


 なお、油断したことをサナに怒られ、1時間ほど説教されたゴローであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は9月22日(日)14:00の予定です。


 20190920 修正

(誤)さらに腕のしびれは全身の動きを妨げており、最早驚異ではなくなっていた。

(正)さらに腕のしびれは全身の動きを妨げており、最早脅威ではなくなっていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 前の話で異世界に来ている人が居るっぽい事を言ってたから、それなりに異世界人が国の上層部に混ざっていたんだろうか?(そういう職業の人か知識があるのが良く出てくる) [一言] うん…………
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