13-11 王都での用足し
『夫婦石通信機』を王都の屋敷に設置し、またアーレン・ブルーにも渡すため、ゴローたちは王都の屋敷へ。
今回はハカセとヴェルシア、ティルダ、ルナールも一緒だ。操縦士はフランクなので全員が移動していることになる。
「この前、ゴローさんたちに『古代の葉っぱ』をお預けするの忘れましたから、今度こそ」
と、ヴェルシア。
王都の屋敷には『木の精』のフロロがいるので、見てもらおうというわけだ。
なお、研究所にいる『分け木』のルルにも見せたが、わからないと言われてしまっていた。
「ただの葉っぱならそれはそれでいいんですけどね」
とはヴェルシアの言葉。
「でもなあ……ルルが知らないことをフロロが知っているかな?」
「それは、聞いてみないと、何とも……」
「そうだよな……」
ヴェルシアの言葉に、ゴローも頷いた。
本体であるフロロは、単体としてだけでなく、周囲の植物もある程度管理下においている。
そういう意味で、知識の総量や判断力は『分体』よりも高い(ことを期待している)。
* * *
特に何ごともなく、王都の屋敷に到着。
さっそくヴェルシアは、サナと一緒にフロロのところへ行った。
「サナちん、話は分体から聞いてるわ。古代のものかもしれない葉っぱ、見せてちょうだい」
「はい、これです」
フロロの求めに応じて、ヴェルシアが木の葉の入った袋を差し出した。
いつもの幻体ではなく、しっかりとした人間体を顕現させたフロロは、それを受け取る。
「ふんふん、これがそうね。……うん、間違いなく今の時代の木の葉ではないわね」
「そうですか!」
「でも、それだけよ? 特に何か効能があるとか、何かの原料になるとかはないわ」
「そうですか……」
少しがっくりと肩を落とすヴェルシア。
「はあ……わかりました。ありがとうございました」
「フロロ、ありがとう」
「ううん、いいわ。サナちん、また何かあったら、ね」
「うん」
『葉っぱ』の鑑定はそういう結果に終わった。
そうそう都合よくなにか発見があるわけではない、ということだろう。
* * *
そしてハカセは、まず王都の屋敷に『夫婦石通信機』を設置した。
場所はハカセの居室である。
ここが一番奥まった、秘密の部屋的な場所だからだ。
連絡が入った場合は『屋敷妖精』のマリーが教えてくれることになっている。
誰もいない場合はマリーに出てもらうこともあるかもしれない。
ということで、マリーにも使い方は覚えてもらっている。
「頼むよ、マリー」
ゴローが言うと、『屋敷妖精』であるマリーは深く頷いた。
「お任せください」
この日設置した『夫婦石通信機』は『研究所用』と『ブルー工房用』の2つ。
まだ複数箇所用を1つにまとめたものは完成していないのだ。
それが済むと、ゴローはブルー工房へ。
もちろん『自動車』で、である。
最近、ちらほらと、ではあるがブルー工房製の自動車が走っているのを目にするようになった。
ところで、この国では車両は左側通行である。
王家からの通達もあったが、もともと馬車も左側通行だったので、すれ違いには苦労しない。
ちなみに、馬に乗る際には馬の左側から跨るため、馬も基本的に左側通行である。
そこから馬車も左側から乗り降りする物がほとんどで、必然的に自動車もそうなったようだ(この世界では)。
それはそれとして、ゴローが『ブルー工房』に着くと、すぐにアーレンの執務室に通された。
「ゴローさん、お久しぶりです!」
「元気そうだな」
「ええ、ようやく一息ついたところです」
「それはよかった」
「最近のことを聞かせてくださいよ」
「もちろんだ」
ゴローは『夫婦石』『帰還指示器』『3次元帰還指示器』『夫婦石通信機』、そして『ANEMOS』での探索行について説明した。
かなり長い話になったので、途中でラーナがお茶を持ってきてくれた(そのまま同席して話を聞いていた)。
「えええ、そんな面白いことになっていたんですか!」
「そうなんだよ」
「僕も『帰還指示器』や『夫婦石通信機』の開発に関わりたかった……」
「アーレン様、ですから今、手続きの書類を作成しているんです」
ラーナが慰めるが、アーレンの嘆きは止まらない。
「もっと早く退いていれば……」
「アーレン様、それは無理でしたよ」
「うん……わかってはいるんだ……」
アーレンとラーナが言っているのは、『ブルー工房』の工房長ではなくオーナーに徹する、という計画のことである。
それができるようになったのは、ここ最近のこと。
『自動車』をはじめとするヒット商品が生まれたことと、工房長のアーレンが王家に認められ、『王家御用達』の看板を掲げることができるようになったからである。
元々、アーレンの父の代からのベテラン技術者や職人が多く、アーレンがいなくても工房としては成り立っている(経営面ではギリギリだった)。
だが現在は経済的な余裕ができ、アーレンはオーナーとして一線を退いても工房としては問題ない。
いやむしろ、ゴローたちと一緒に行動している方が新商品の開発に繋がるといえよう。
そのため、条件の1つとして、新商品のアイデアが出たらブルー工房で製作する、という項目もある。
そうした諸々を考慮し、アーレン・ブルーは、秘書のラーナとともに工房を出る手続きを行っていたのである。
その際、アーレンの収入は今より減ることになるだろう。オーナーは搾取者ではないのだから。
それでもアーレンは、ゴローたちと行動することを選んだのだった。
ゴローたちとしても、アーレンの製作技術とラーナの管理能力は非常にありがたい。
「2人が来るのを待ってるよ」
「あと2、3日でなんとかなります」
「それじゃあ一応これを渡しておくよ」
「ああ、言ってた『夫婦石通信機』ですね」
「うん。これをもう少し改良できたら献上しようと思う」
「そうすれば、僕らも堂々と使えますものね」
「そういうことだ」
あまり秘密が多すぎても、隠すことに疲れてしまう。
それなら王家を通じて技術を公表してしまうことで、開発者としての名誉が得られ、使用する上での制限がなくなる。
「まずは小型化することと、複数の通信機間で通話できるようにすることが目標かな」
「僕も考えてみますね」
「頼むよ」
……と、こうして、アーレン・ブルーはゴローたちの仲間……というより家族になるべく動いていたのである。
* * *
さて、ティルダはサナに付き添ってもらって『マッツァ商会』に納品に来ていた。
「おおティルダさん、今日はご自分で納品ですな」
「はいなのです」
「ティルダさんの作品は皆好評です」
「それはうれしいのです」
応接室に通された2人は、甘い菓子とお茶でもてなされている。
「今日は、ゴローさんは?」
「ブルー工房に行っているのです」
「なるほどなるほど。……また何か、発明されたのですかな?」
「はいなのです。近いうちに発表になると思うのです」
「それは楽しみですなあ」
この程度は話してもいいよと言われている範囲で説明するティルダ。
「あの『夫婦石』がそんな用途に……」
「なのです」
「しかし産地はえらく遠くになるのですね。これは商売にはなりえませんね。早々に見切りをつけて正解でした」
オズワルド・マッツァは、商売に関する判断も迅速だった。
「落ち着いたら、王家からも何らかの話があると、思う」
『夫婦石』を発見できたのは『マッツァ商会』のおかげだからだ。
そのあたりをないがしろにする王家ではない。
「それはありがたいですね。……ところでティルダさん」
「はいなのです」
「……この石はご存知ですか?」
手のひらに乗るくらいの銀細工に青い石がはめ込まれたものを、オズワルド・マッツァはテーブルに乗せた。
「拝見しますのです」
ティルダはそれを手に取っていろいろな方向から観察する。
「この石……『ベニト石』だと思うのです」
「『ベニト石』ですか?」
「はいなのです。宝石としてなら『ベニトアイト』と呼んだほうがいいかもです」
本当は『地の精の加護』である『石の声』ではっきりとそうだとわかっているティルダであるが、ここでは一応『知識の範疇』にあったものとして答えた。
「物凄く希少な石なのです」
「そうなのですね」
ベニトアイトは地球でも超希少な鉱物である。
屈折率はダイヤモンドに劣るが、分散率(光の波長による屈折率の差)はダイヤモンドよりも大きい(ダイヤモンドは0.04、ベニトアイトは0.044)ため、『ファイア』と呼ばれる虹色の輝きが強い。
「サファイアとは違うのですね?」
「違いますです」
「ふむ……困ったな……」
「どうしたのです?」
「希少すぎる宝石というのは、値付が困難なのですよ」
希少であればあるほど高価になる、というものでもなく、欲しがる者がいなければ価値はない、ということになる。
青い宝石の代表であるサファイアであれば、知名度が高いため引く手あまたであるが……。
「物好きなコレクターでもなければ買い手が付かないのですよ」
「納得なのです」
とはいえ、これに関してティルダにできることはない。
「サナさん、サナさんのところにもこの石の原石はないでしょうね?」
「……初めて、見ました」
黙々とお菓子を食べていたサナは、それでもちゃんと口の中の菓子を飲み込んでから返事をした。
「そうですか……わかりました」
この件はこれで終わり、とオズワルド・マッツァは言い、ティルダとサナはマッツァ商会を辞したのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月31日(木)14:00の予定です。
20241024 修正
(誤)まだ複数箇所用を1つにまとめたものは完成していないのだ
(正)まだ複数箇所用を1つにまとめたものは完成していないのだ。