13-07 ピクシーの宝物
「それじゃあ、帰るとしようかね」
もう見るものはなさそうだ、とハカセが言った。
「ですね……あ、遺跡の周りをちょっとだけ調べてみませんか?」
「そうだねえ、それもいいかもしれない。……今は何時だい?」
「午後2時ころ、ですね」
「じゃあ1時間くらいは調べてみようかね」
そういうことになった。
その間、ハカセだけは遺跡の玄関ホールで待つことに。
今はちょうど西日が入って少しだけ暖かい。
午後2時は、一日で最も気温が高くなる頃である。
季節は春、豪雪地帯にも雪解けの兆しが見えていた。
* * *
「おわっ」
ゴローの足元の雪に穴が空いた。
積もった雪は、表面は硬く凍っているが、中はふわふわなことが多い。
この状態を『モナカ雪』という。
「くそ……出られない」
粉雪は手応えがなく、手をついても潜ってしまうため、非常に厄介だ。
そして表面の凍った雪が起き上がる邪魔をする。
「ええい、面倒だ」
『飛行ベスト』を起動して雪中から脱出するゴロー。
「サナ、みんな、気を付けないと潜るぞ。輪かんじきかスノーシューを履いたほうがいい」
「なんだい、それ? ……響きからして雪の中で履く靴かい?」
ハカセがゴローの言葉を聞きとがめた。
「え? ……ええと、靴裏の面積を増やすことで雪に潜りにくくする道具です」
「ほうほう、なるほどね。……それも『謎知識』だね?」
「はい」
ハカセとゴローがそんなやり取りをしている最中に悲鳴が聞こえた。
「あ……ヴェル、雪に嵌ったな」
『飛行ベスト』で空を飛び、ヴェルシアを引っ張り上げるゴローであった。
「ああ、こりゃあ危険だね。周囲を調べるのはゴローとサナに任せるとしようかね」
「それがよさそうですね」
ティルダとルナールも戻ってきて、ハカセやヴェルシアと共に待機。
ゴローの背中にサナが負ぶさって遺跡周囲を飛び回ればいい、とハカセは言い、皆それに賛成したのである。
* * *
そうやって空中から遺跡周囲を調査するゴローたち。
遺跡の裏手に差し掛かった時、サナについてきていたフロロの『分体』が声を上げた。
「あそこ、何かあるわ」
「え?」
「ちょっと近付いてみて」
「わかった」
フロロの『分体』が指さしたのはちょうど遺跡の入口の反対側の地面。
その指示に従い、ゴローはゆっくりと空から近付いていく。
「やっぱりね……」
「フロロ、何かあるのかい?」
「うん。あそこに、『ピクシーの宝物』が隠されているわ」
「え?」
「『ピクシーの宝物』?」
「ええ。……といっても、ほとんどはガラクタよ?」
「そうなのかい?」
ゴローは地面に下りる。
そのあたりは日当たりがよく、雪も大分少なくなっており、ところどころ土が見えていた。
大きな石が幾つか積み重なった場所もあり、その隙間には雪が詰まって凍っている。
そんな隙間の1つを、フロロの『分体』は指し示した。
「ここね。……サナちん、この雪、どかせる?」
「うん、やってみる」
「俺も手伝おう」
ゴローとサナの二人がかりで凍りついた雪を取り除いていく。
最後の雪の塊を取り除くと……。
「何かあるな」
ごちゃごちゃっとした『何か』が見えたのである。
その幾つかを取り出してみるゴロー。
「何だ、こりゃ?」
「木の棒……串? それに破れた革袋、錆びた釘?」
「こっちは……皮紙の切れ端に、鳥の骨?」
ガラクタというよりゴミである。
それを見てフロロの『分体』が声を上げた。
「……ああ、わかったわ」
「何が?」
「あの『遺跡』にゴミがなかったわけがよ。……ピクシーが持ってきていたのよ」
「これを?」
「そ。……ピクシーの習性の1つに、珍しいものを拾ってくる、というものがあるの」
「へえ……で、このゴミが珍しいもの?」
「『遺跡にないもの』という意味で珍しいんでしょ」
「あ、なるほど……だから『夫婦石』は持ち出していないんだ」
「だと思うわ」
「でも、おかげで、遺跡の中がきれいな理由がわかった。フロロ、ありがとう」
「どういたしまして」
こうして、『遺跡』に探索者が残していった痕跡がなかった謎が解けたのである。
「それはそうと、これ、元に戻しておいたほうがいいよな?」
「どうして?」
「いや、ピクシーが怒らないかと思って」
「ああ、それは大丈夫。……ピクシーは隠すだけで、見に来たりしないから」
「そうなのか」
「なら、持っていっても、かまわない?」
「大丈夫よ。……あら、もう1箇所あるみたい」
というわけで、2箇所の『ピクシーの宝物』を漁ってみた結果……。
「見事にゴミばかりだったな」
「うん……」
多分、乾燥肉に刺されていたと思われる『串』。
穴が空いて使えなくなった『革の水袋』。
箱かなにかに使われていたと思われる『錆びた釘』。
地図か手紙の切れ端の『皮紙の切れ端』。
食事として食べられたと思われる『鳥の骨』。
ここまでが最初の『ピクシーの宝物』。
もう一箇所では……。
火を焚いた跡に残っていたと思われる『消し炭』。
誰かが落としたと思われる『10シクロ銅貨』。
おそらく忘れ物であろう、『手拭き』。
壊れたランタンのものと思われる『ガラスの破片』多数。
薬ビンの『蓋』。
以上。
かろうじて価値があるものは10シクロ銅貨であった。
これら以外の生物系のゴミは、腐敗したりカビが生えたりして、結局土に還ってしまった可能性もある。
* * *
「うーん……なにか面白いものが見つかればよかったんだけどねえ」
「残念でした」
「まあ、ご苦労さん、ゴロー、サナ。ありがとうね、フロロちゃん」
玄関ホールに戻ってハカセに報告すると、苦笑交じりに労われた。
「こっちはこっちで、少しだけ進展があったよ」
「何かわかったんですか?」
「ああ。……『3次元帰還指示器』が、外からだとこの遺跡の建物を指していた理由がね」
「え、凄いじゃないですか」
「ティルダの『石の声』のおかげだよ」
「へえ……凄いな、ティルダ」
ゴローが感心すると、ティルダは少し照れた顔をした。
「お役に立ててよかったのです」
「……それで、理由は?」
「この遺跡の素材のためらしいよ」
ハカセの説明によれば、遺跡を構築している『花崗岩』は『夫婦石』の波動に大きく干渉するらしい。
なので、『夫婦石』が含まれる鉱脈……『巨晶花崗岩』までは見つけられるのだが、そこから肝心の『夫婦石』だけを探すのは並大抵のことではなく、多分に運任せになるという。
「外からだと、建物全体に波動が循環するみたいな感じになるので、『3次元帰還指示器』は建物を指したんだろうねえ」
「ああ、そういうわけですか。……で、中に入るとシールド効果みたいなものはなくなって、1点を指すようになった、と」
「そうそう、そんな感じさね」
「わかりました」
これでとりあえずの疑問にケリが付いたのである。
* * *
ゴローたちは『ANEMOS』に戻った。
「それじゃあ、ゆっくりと帰ろうかねえ」
「そうですね。あ、ハカセ、危険がないようでしたら、帰りはもっと低空をゆっくり飛びませんか?」
「そうだねえ。何か面白いものが見つかるかもしれないからね」
と、ゴローの提案が採用されることになったのである。
* * *
地表からの高度は30メルくらいを保ち、速度は時速50キル。
生えている針葉樹の梢はせいぜいが15メルなので大丈夫だ。
その状態で日没まで飛んでみたが、特に何も発見できなかった。
結局、その晩は高度を500メルまで上げて停止し、休んだのである(フランクが寝ずの番をしてくれている)。
* * *
翌朝、『ANEMOS』は再び地表からの高度30メル、時速50キルで飛び始めた。
そして飛ぶこと半日。
「もう少ししたら雪もなくなりそうだ」
翔破した距離、300キル。
ここまでは、何ごともなく過ぎていた。
「何ごともないねえ」
「いいことじゃないですか?」
「まあ、そうだけどねえ」
「……少しコースを変えてみますか?」
『3次元帰還指示器』があるので、研究所に帰ることに問題はない。
「そうだねえ……直線で帰るんじゃなく、道中の様子も知りたいねえ」
「それじゃあ、少し東へコースをずらして、研究所の真北から帰るようにしましょうか」
今のコースは研究所から見て北北西からの帰投になる。
来たルートをそのまま戻っているのだ。
「そうだねえ……それくらいしてもいいねえ」
「わかりました。……フランク、コースを南東に取ってくれ。そして研究所が真南になったところで進路を南に」
「了解です」
そういうことになった。
なんとなく、ハカセ=船長、ゴロー=航法士、フランク=操縦士、というポジションになっているようだ。
そして『ANEMOS』は進路を東よりに変更。
違うルートになったので、ゴローも地図(というか俯瞰図)の作成を再開する。
ただし、今度は高度が低いので縮尺が大きい地図になるが、その分範囲は狭くなる。
そうやって進路変更をしたが、今のところは何も変わらない。
眼下は樹林か草原か荒野、湿地帯などで、高い山はない。
この日も何もなしに暮れていく……と誰もが思った矢先。
「下に、何か魔力を感じるわ」
と、フロロの『分体』が言い出したのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月3日(木)14:00の予定です。
20240926 修正
(誤)ゴローの足元に雪に穴が空いた。
(正)ゴローの足元の雪に穴が空いた。
20240927 修正
(誤)ただし、今度は高度が低いの縮尺が大きい地図になるが、その分範囲は狭くなる。
(正)ただし、今度は高度が低いので縮尺が大きい地図になるが、その分範囲は狭くなる。
20251003 修正
(旧)わかんじきかスノーシューを履いたほうがいい」
(新)輪かんじきかスノーシューを履いたほうがいい」