13-06 遺跡探索 その3
『夫婦石』の鉱脈を探し当てたハカセたちは、その再利用法のヒントも得ることができた。
「あと1つ、解けない謎があるんだよねえ」
「何ですか、ハカセ?」
「『夫婦石』の片割れはここにあったのに、空から探査した時、『3次元帰還指示器』は、この遺跡を示していたんだろう?」
「あ、そうでした」
「でも、遺跡に中に入ったら、ちゃんと地下を指した」
「確かにそうですね」
「その理由さね」
「……」
考え込むゴローたち、だがハカセはあっけらかんと、
「まあ、一旦戻ろうじゃないかね」
と言った。
そして、ハカセの言うとおり、まずは戻ることに。
「はあ、ふう……」
「ぜい、ぜい」
「済まないねえ、ゴロー」
「それは言わな……いえ、大丈夫ですよ、ハカセ」
ハカセだけはゴローに背負われている。
なにしろ延々と続く階段を上らなければならないのだ。
ゴローとサナは平気。
『獣人』であるルナールも比較的涼しい顔をしている。
しかし。
「はあ、ふう」
「ぜえ、ぜえ……」
ティルダとヴェルシアは息も絶え絶えである……。
* * *
「……やっと、上りきったのです……」
「疲れました……」
「だから俺が運んでやるって言ったのに」
ゴローが『飛行ベスト』を使えば、歩かずに上へ行けるのだ。
が、どうしても自分の足で歩いて戻ることに拘った2人に合わせ、ハカセを背負いながら歩いて上ったゴローだった。
「ゴロー、ありがとうよ」
「いえ、ハカセ」
「……これで、帰る?」
「サナはどうしたい?」
「うん……もう少し、ここを調べたらいいんじゃないかと、思う」
「そうだなあ……」
ここで、サナが持っていたフロロの『分体』が発言した。
「あのね、この上にも何か部屋があるみたいよ?」
「え?」
「ありますね、空間が」
「あるのか……確かにな」
ハカセを背負った関係で、ゴローの背嚢は一時サナが背負っているのだが、そこから声がした。
『屋敷妖精』であるマリーの『分体』だ。
「つまり、2階があるわけか。……階段かな?」
「はい、ゴロー様。隠し階段があります」
「お、そうか」
『屋敷妖精』なので、一度建物を把握してしまえばマリー(の『分体』)の独擅場である。
その指示する場所の壁を探るゴロー。
「そこの氷を剥がしてください」
「よし」
すると、隠された取っ手が見つかった。
「それを横に引いてください」
「わかった」
すると、幅0.5メル、高さ1メルほどの開口部が現れた。
その奥には上へと続く階段……ではなく梯子が設置されていた。
「なるほどねえ。建物の高さに比べてここの天井は低すぎるものね。こういうことだったわけだ」
「ですね。……それじゃあ、まず様子を見てきます」
「ゴロー、頼むよ」
「はい」
フロロ(の分体)もマリー(の分体)も、何の気配もしないと言ってはいたが、念の為ゴローが先行する。
強度確認も兼ね、『飛行ベスト』は使わずに梯子を上っていくゴロー。
梯子の高さは、当然ながら玄関ホールの天井より少し高い7メル。
「つまり天井の厚さは1メルということか」
隠された2階、あるいは『屋根裏部屋』にたどり着いたゴローは、安全確認を行う。
が、動くもの、物音、魔力反応、熱源全てなし。
『屋根裏部屋』に足を踏み入れると、うっすらと積もった埃が舞い上がった。
窓もなく、ほぼ密室だったようだ。
ただし、空気は呼吸可能。長時間はわからないが……。
「お、換気口がある」
4箇所の換気口を開けるゴロー。
同時に風切り音が生じる。
「何だ?」
音の方を見やると、換気口と連動したのか、換気扇が回り出していた。
吹き込む風により、舞い上がった埃は一掃される。
「…………」
変化はそれきり。
3分ほど待ったが、それ以上何の変化も起こらないので、ゴローはハカセたちを呼ぶことにした。
〈サナ、大丈夫だ〉
〈うん、行く〉
『念話』による短いやり取り。
ゴローはハカセたちを待ちながら、周囲を見回す。
埃を被ったいくつもの『棚』と、そこに置かれた『品物』を眺めつつ。
* * *
「こりゃあまた……本当に『屋根裏部屋』だねえ……」
ハカセは興味深そうに『屋根裏部屋』を見回した。
「そして、この『箱』だよ。それに、あの換気扇……」
ハカセは回転し続ける換気扇を見やった。
「換気口を開けたら回り出したんだね?」
「はい」
「うーん……興味深いねえ……どういう仕組みで回っているんだろうねえ……」
『円盤式エンジン』とはちょっと違うみたいだねえ、とハカセは首を傾げた。
そして、棚を見やる。
「よくわからないものがいくつもあるねえ……」
そっとその1つを手に取るハカセ。
それは透明な素材でできた、直径10セルほどの球体。
「装飾品かねえ……」
その時、サナの肩にいたフロロの『分体』が言った。
「それ、魔導具だわ」
「え?」
「魔力を流してみればわかるはずよ」
「そうかい。それじゃあ……」
「あ」
ゴローが止める間もなく、ハカセは手にした透明な球に魔力を流してしまった。
「あーあ……」
「ハカセ、らしい」
呆れるゴローとサナ。
透明な球が淡い光を放ち始めた。
「大丈夫ですか!?」
ハカセを心配するゴロー。
「………………」
30秒ほどハカセは、何かに耳を澄ませるように身じろぎもせず手にした透明な球を見つめていた。
そして。
「……ゴロー、サナ、みんな、心配掛けたね。あたしゃなんともないよ」
そう言って透明な球を棚に戻した。
「本当に?」
「本当さね。この球は『教育球』というらしいよ」
「……名前からして、情報をくれる古代遺物ですか?」
「そんな感じだね。……ここは『絆石』の鉱山だったようだよ」
「ああ、やっぱり」
「他にも、いろいろ教えてもらえたよ!」
「ええと、よかった……ですね?」
「とはいえ、古の技術ばかりなので、今の世で再現できるかというと微妙だけどね」
苦笑するハカセ。
「なにせ、手に入らないような素材を使うものがほとんどだからねえ……」
「そうなんですか」
それは確かに残念だ、とゴローもハカセに同意した。
「……ハカセ、それって、私やゴローでも覚えられるの?」
「ああ、それは無理だね。なにしろこいつは使い捨てみたいなもので、1回使うともう中の情報は空になってしまうみたいだから」
「ええ……」
「だからこれは単なる水晶(?)玉さ」
「ちょっと残念ですね」
「とはいえ、ある意味それでよかったかもしれないけどねえ」
「どうしてですか?」
「帰りの道中で話すよ。今はここを調べていこうじゃないかね」
「あ、そうですね」
『教育球』はそれ1個しかなかった。
代わりに古代語で何やら書かれたノートが3冊。
「どれどれ……ふんふん」
「ハカセ、読めるんですか?」
全て古代語で書かれているものをハカセはスラスラと読んでいく。
「ああ、たった今読めるようになったのさね」
どうやらハカセは『教育球』によって、古代語をマスターしたようである。
「興味深いけど、大した内容じゃないね」
「といいますと?」
「1つはこの鉱山の管理台帳だし、1つは管理者が書いた日記だよ。まあ、日記の方は読み込んでいけば過去の興味深い出来事を知ることができるだろうから、歴史学者が喜ぶかもねえ」
「で、もう1つは?」
「管理者が書いた小説みたいなもののようだよ」
「……要するに、ここは管理者の私室みたいなものですかね?」
「そんな感じだね」
「で、いつ頃のものなんです?」
「正確な年代はわからないけれど、ざっと5000年から1万年前だね」
「ええ……!?」
その数字を聞いて全員が驚いた。
「最低でも5000年、この施設は壊れずに残っていたということですか?」
「そういうことだね。それには『不変』という古代魔法が掛けられているらしいよ」
「それも学んだんですか?」
「知識だけはね……使えるようになったわけじゃないよ」
「それでも凄いですよ」
「まあ、いろいろ便利ではあるね」
だが、ハカセの顔色は冴えない。
「ハカセ、ご気分でも悪いんですか?」
心配になったゴローが尋ねる。
が、ハカセは首を横に振った。
「ああ、いやいや、そうじゃないよ。ただ、『知る』楽しみが少し減ってしまったなあ、ってね」
こういう『強制的に教わる』のではなく、『1つ1つ自分で知っていきたかったなあ』ってことさ、と言ってハカセは少し寂しそうに笑ったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月26日(木)14:00の予定です。
20240919 修正
(誤)一度建物を把握してしまえばマリー(の『分体)』の独擅場である。
(正)一度建物を把握してしまえばマリー(の『分体』)の独擅場である。
(誤)吹き込む風で舞い上がった埃は一層される。
(正)吹き込む風により、舞い上がった埃は一掃される。