13-05 遺跡探索 その2
階段を下りていくゴロー。
幅は『玄関ホール』(仮称)と同じだけある。
つまり、およそ10メル。かなり広い。
階段は、所々凍っており、滑りやすくなっている。
今は、後続のことを考え、飛ばずに徒歩である。
アイゼンを装着しておいてよかったなとゴローは考えながら、慎重に下りていく。
階段も石造りで、まだまだしっかりしており、凍っている以外に不安点はなかった。
「特に問題はなさそうだな……」
明かりも持っているので、隅々までよく見える。
小動物の巣になっているというようなこともなく、見えるのは氷と埃くらい。
それでも何が起きるかわからないので、ゴローは慎重に階段を下りていった。
階段も壁や天井と同じ材質の石造りのようで、傷んではいなかった。
そして、何ごともなく階下……地下に到着したゴロー。
「ここまで下りると雪はないな」
ただ、壁や床、天井の所々に霜が付いている。
階段を下りた所から10メルくらいまではなにもないことが見て取れたので、さらに奥へとゆっくり進んでみるゴロー。
「また階段か……」
もう10メル進むと、またしても下へ続く階段が現れた。
つまり、今ゴローのいるフロアは『踊り場』のようなものということになる。
「とりあえずみんなを呼んでみるか」
危険はなさそうなので、ゴローは『念話』を使ってこちらへ来るようサナに連絡した。
* * *
「ふむふむ、本当になにもないねえ……」
「壁も床も、単に丈夫な石なのです」
「魔力の欠片も感じないわね」
「『3次元帰還指示器』は、まだ下を向いている」
「なんだってこんな広い階段にしたんでしょうね」
『踊り場』に全員が揃い、ひと息つくとさまざまな感想が飛び出してきた。
「それじゃあ、また俺が下へ行ってみる」
「頼むよ、ゴロー」
「はい」
* * *
そして何ごともなく階段を下り、同じような『踊り場』を見つけ、更に奥にはまた階段が。
皆を呼んでなにもないことを確認した後、またゴローが下へ行ってみる……。
……ということを2度、繰り返した。
「少し暖かくなってきたね」
「そうですね。もう氷も霜も見当たりません」
「もう氷点下じゃないですね」
「かなり地下へ下りましたからね」
推定で50メルくらいは地下に来ていると思われた。
しかも、階段の向きは常に一定だったので、『遺跡』の建物は真上ではなくはるか後方にあるはずだ。
「変な造りだねえ」
「ですね」
「この遺跡を作った連中の考え方はあたしたちとは違うんだろうねえ」
「その可能性はありますね」
とはいえ、手がかりになるような遺物は皆無である。
「あの、ハカセ、おそらくですけど……」
ヴェルシアがなにか思い付いたらしい。
「ここって、危険がないから、過去に大勢の探索者が来て、みんな持ち去ったんじゃないでしょうか?」
「ああ、その可能性もあるね。だとすると、何も見つからないのも当たり前かねえ」
ハカセはヴェルシアの意見に賛成のようだ。
「でも、その探索者が何も残さないというのもおかしくないかな?」
些細なゴミすらも見当たらないというのはちょっとおかしい、とゴローは言った。
「うーん……ゴローの言うことにも一理あるね……」
「ハカセ、考えてもわからないなら、先へ行くか戻るか、決めるべき」
「そうだね、今はサナの言うとおりだよ」
答えが出そうもない議論は一旦中断し、一行はもう少し先へ進むことにする。
再び、ゴローが先行する。
相変わらず、下へ続く階段のみである。
それが終わったのは、踊り場を1階層と数えて10階層分下った後だった。
そこは階段前だけは平らな石の床であったが、その先は自然のままの岩壁になっていた。
「ここで行き止まりみたいだな」
危険がないことを確認し、ゴローは全員を呼んだ。
「ここなのです! ここに『夫婦石』があるのですよ!」
下りてきたティルダが興奮気味に言った。
「おお、そうかい! やっぱりここで正解だったね!!」
ハカセも嬉しそうである。
サナが持っている『3次元帰還指示器』で探っていくと、右の隅に『夫婦石』の片割れが落ちていた。
「ゴロー、これで、間違いない」
「ついに見つけたわけだ」
「やったねえ、ゴロー」
「……こことここに、『夫婦石』の鉱脈があるのです」
『石の声』が聞こえるティルダが、さっそく鉱脈を見つけてくれた。
「よし、少し採ってみよう」
ゴローは『ナイフ』を取り出し、『夫婦石』を少し掘り出した。
「これでいいでしょうか?」
「うーん……大丈夫そうだね」
『夫婦石』の結晶は、全体は水晶のような六角柱で、その両端は水晶よりも鋭利で、幾何学的に完璧な六角錐になっている。
水晶(石英の結晶)は、天然に産するもので正確な六角錐になっているものはほぼないと言っていい。
六角錐の6つの面の大きさが揃っていないのだ。
また、結晶が成長する際にできた横筋(条線)が見られることも特徴である。
『夫婦石』にはこれらの特徴がみられないので、水晶との区別ができる。
その他、モース硬度が水晶は7、『夫婦石』はおよそ4なのも違う点である。
ちなみに、モース硬度4の鉱物の代表は蛍石である。
蛇足ながら、モース硬度7未満の宝石は、傷つきやすいため(砂粒の多くは石英なのでモース硬度が7ある)実用的な宝石にはならず、蒐集家向けとなる。
一例として、燐灰石は美しいアクアブルーだが、傷つきやすい(モース硬度5)ので指輪やペンダントに使われることはほとんどない。
閑話休題。
この地下には、『夫婦石』の鉱脈がまだ残っており、ゴローは完全な結晶を30ほど掘り出すことができたのである。
「とりあえずはこれだけあればいいだろうね」
「はい、ハカセ」
「この場所も『3次元帰還指示器』できちんとマーキングしておこう」
「でしたら3つくらい当てておいたほうがいいでしょう。1つは王家にわたす必要があるでしょうから」
「それもそうだね。じゃあ、元からあったこの破片はどこかに深く埋めておこう」
「俺がやっておきます」
「頼むよ、ゴロー」
ゴローたちが目標にしてきた破片は、改めて地下深くに埋められた。
そして、今回掘り出した『夫婦石』のうち2つを割って、片割れを深く埋めたのである。
この2つは帰ってから『3次元帰還指示器』に加工することになる。
そして、改めてハカセはこの坑道を観察している。
ゴローは、ふと思い付いたことをティルダに聞いてみた。
「ティルダ、ここには他の鉱石はないのか?」
「もちろんあるのです。でも、みんなありふれた石ばかりなのですよ」
「そうなのか。ちなみにどんな?」
「ええと、長石、石英、黒雲母……あ、ここにトパーズの小さい結晶がありましたです」
長石は、地球の場合、地殻に最も広く大量に存在する造岩鉱物である。
石英は二酸化ケイ素=シリカで、結晶したものが水晶となる。ガラスの主原料でもある。
黒雲母は雲母の一種で、薄く剥がれる性質を持つ。
トパーズは宝石名で、鉱物名としては黄玉という。『黄』という文字が入っているが、純粋な結晶は無色である。
「こっちには緑柱石もあるのです」
「なるほど、ここは『ペグマタイト』か……」
ペグマタイトは巨晶花崗岩ともいい、地中深くでマグマがゆっくり固まった岩石である。
ゆっくり冷えたため、巨大な鉱物の結晶を含む。
「でも、価値のある宝石になるほどのものはもうないのです」
「みたいだな」
そうしてみると、めぼしいものは探索者がみんな持ち出してしまったのかもしれないなと、ゴローは先程の議論の続きを考えた。
それでも、探索者が置いていったものあるいは捨てていったものがないことが不思議ではある。
「おや、ここに何か彫ってあるね……これは昔の文字だねえ」
岩壁の一部が平らに削られて、そこに文字が彫られているのをハカセが発見した。
「ハカセ、読めるんですか?」
「少しくらいならね。……ええと……『石』……『結晶』『絆』……どうやら『夫婦石』のことを『絆石』と呼んでいたようだね」
「なるほど、それも納得のネーミングですね」
「ほかには……なになに……『絆石』『初期』『戻す』……『やり直す?』…………どうやら『夫婦石』のリセット方法が書かれているみたいだ」
「すごい発見じゃないですか!」
「だねえ。……ええと、『熱』『火』『処理』……ふむふむ、一定の温度に熱すると、互いに引き合う性質はなくなるんだってさ」
これまた耳寄りな情報であった。
「でも、無効にするだけで、もう一度使えるわけじゃないですよね?」
2つに割った結晶をもう一度1つにすることができないなら、あまり意味がないのではないか、とゴローは思った。
「でも、採掘に失敗した『夫婦石』を、初期化できれば、無駄が減る」
「あ、そうか。サナの言うとおりだ」
「だからここにそうした方法が刻まれているのかもねえ」
「もう一度使う方法は書かれてませんか、ハカセ?」
「ちょいお待ち。これかも……それについては……『合わせる』……『もう一度』『熱』……『使える』…………うーん、割った欠片をくっつけておいて再加熱すればいいみたいだねえ」
「なるほど」
これは特に重要な情報であった。
「割った面同士をくっつけなくても有効なら、クズ石の再利用もできますね」
「ああ、そうだね、ゴロー」
1つにまとめてるつぼに入れ、再加熱することで使い道のなかった欠片を再利用できるかもしれない、というわけだ。
融かして再結晶させずともよい、というのは耳寄りな話である。
「あとは……うーん……読めないねえ」
知らない単語というわけではなく、単に岩壁が崩れていて文字が消えてしまっているのだ。
それでも、かなり有益な情報を得ることができたのは僥倖であった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月19日(木)14:00の予定です。
20240913 修正
(誤)知らない単語というわけではなく、単に岸壁が崩れていて文字が消えてしまっているのだ。
(正)知らない単語というわけではなく、単に岩壁が崩れていて文字が消えてしまっているのだ。
(誤)それでも、かなり有益な情報を得ることができたのは行幸であった。
(正)それでも、かなり有益な情報を得ることができたのは僥倖であった。
20241003 修正
(誤)階段も石造りで、まだまだしっかりしており、凍っている以外に 不安点はなかった。
(正)階段も石造りで、まだまだしっかりしており、凍っている以外に不安点はなかった。