13-04 遺跡探索 その1
時速50キルで目的地方向へと飛行する『ANEMOS』。
3次元的な方向を指し示せるよう改造された『3次元帰還指示器』は、次第に下を向く角度を増していく。
「大分近付いたみたいですよ」
『3次元帰還指示器』を見つめ、ゴローが言った。
今は下方に20度くらい傾いている。
地表からの高度は500メルくらいなので、目的地までは3キルもないだろう。
「フランク、速度をさらに落としてくれ」
「了解です」
さらに速度を半分に落とし、『ANEMOS』は飛んでいく。
眼下は山脈と山脈の間に広がる平野となっていた。
雪が積もっているので詳細はわからないが、黒木の森が切れ、灌木の点在する平地になっているようだ。
「もう『3次元帰還指示器』は45度くらい下を向きましたよ」
「フランク、もっと速度を落としておくれ」
「わかりました」
『ANEMOS』の速度はさらに半分になった。
「おやあ?」
「あれは……」
「山かと思ったけど、違うみたいだねえ」
行く手に、少しだけ盛り上がった場所が見えてきたのである。
「岩山……じゃあなさそうだねえ」
「ええ、少し崩れていますが、あれは建造物ですよ」
目のいいゴローがそう言った。
そして数十秒後、皆の目にもその全容が見えてきたのである。
平らな平野部に建てられた砦のようにも見える。
周辺には小規模な雪の盛り上がりが見えるので、集落があったのではないかと思われた。
「『3次元帰還指示器』はほぼ真下……あの建造物を指しているようです」
「どうやら、目的地に着いたみたいだねえ」
「はい」
建造物の高さは10メルくらい。
『ANEMOS』は地上からの高度を50メルくらいにして旋回する。
「やっぱり『3次元帰還指示器』はあの建造物を指してますね」
「ついに着いたわけだけど、産地じゃなさそうだねえ」
『夫婦石』の産地であれば、鉱山だろうと誰もが想像するだろう。
だがここは鉱山というよりも『遺跡』である。
「とはいえ、興味深い場所だねえ。調べてみたいよ」
「お気持ちはわかりますが、慎重にいきましょう」
「それはもちろんさね」
まずは周囲の確認である。
地表から20メル程度まで高度を落とし、停止。
「フロロ、何か感じるかい?」
ここでゴローは『木の精』であるフロロの『分体』に尋ねた。
「わかったわ。やっと出番ね。……ん——……生き物は何もいないみたいね」
「ありがとう」
これで、かなり安全だと言える。
とはいえ、ゴーレムやガーゴイルなど、生き物ではない脅威もあるのでまだ油断はできない。
「……サナ、魔力は感じるかい?」
「今のところ、何も」
「そうか」
仲間内で最も魔力探知に長けたサナが感じ取れないということは、魔法を使うような相手もいないということになる。
「マリーはどうだい?」
「はい、何も感じません」
「そっか」
『屋敷妖精』であるマリー(の分体)も、特に異常を感じないということなので、ゴローたちは安心した。
「それじゃあ、まず俺が下りてみます」
専用の『飛行ベスト』を身に着けつつゴローが言った。
これを着ていれば、ゴローの安全性が大きく上がる。
「ヘルメットも被ってお行き」
「はい、ハカセ」
更に防寒装備を身に着け、ゴローは『ANEMOS』から飛び降りた。
といっても『飛行ベスト』の力で、宙に留まっている。
〈結構寒いな。マイナス10度くらいかな〉
『念話』でサナに伝え、サナがそれを皆に伝える。これが一番手っ取り早い。
ゴロー自身も喋らなくていいので楽なのだ。
〈地面……雪面は凍っているな。みんなが降りる時はアイゼンが必要だ〉
〈うん、わかった〉
報告をしつつ、ゴローは慎重に遺跡へと近づいていく。
念の為、少し浮き、足跡を付けないようにした。
遺跡入口前に立ったゴロー。
雪を被っているから一部分が見えないが、遺跡の印象は『石造りの体育館』であった。
(おそらく)かまぼこ状のアーチを持った屋根、垂直な側壁、人間の大きさに対して巨大な入口。
ただし、高さは普通の体育館よりも低く、10メルくらいしかない。
〈生き物の気配はなさそうだ。魔物もいないみたいだし〉
〈うん〉
入口には扉が付いていたのだろうが、今は壊れていて開けっ放しとなっている。
〈……奥は真っ暗だ。暗視ができる範囲で中に入ってみる〉
〈うん。ゴロー、気を付けて〉
通常の暗視は、僅かな光でも見える、というものなので真の暗闇では役に立たない(その場合は赤外線で見るか、音の反射を利用するかになる)。
そしてゴローは、浮いたままゆっくりと遺跡内に入っていった。
〈……雪と氷に覆われてるな〉
〈うん、開きっぱなし、だから〉
〈もう少し奥へ入ってみる〉
〈気を付けて〉
入口から10メルくらいの床は吹き込んだ雪と氷で覆われていた。
天井からは氷柱が下がっている。
壁も凍りついていた。
そのさらに奥へと進むと、床は途切れ、階段が斜め下へと続いていた。
階段の半ばから下は、ゴローの目でも見えない。つまりほぼ真っ暗である。
〈……ということなんだが、どうしようか?〉
〈待って。今、ハカセに聞いてみる〉
〈わかった〉
ゴローは宙に浮いたまま、サナからの連絡を待つ。
そして。
〈ゴロー、その階に危険がないなら、ハカセも行きたいって〉
〈わかった。まずはこのフロアをよく調べてみる〉
〈うん、お願い〉
そういうわけでゴローは、『玄関ホール』(仮称)を詳細に調べ始めた。
〈広さは、幅10メル、奥行き15メルくらい〉
〈うん〉
〈天井の高さは6メルくらいかな〉
〈うん〉
〈材質は石のようだな。天井からは氷柱が下がっているし、壁も凍っている〉
〈寒そう〉
〈実際寒いぞ〉
防寒装備が役に立ちそうである。
〈奥に、下へ向かう階段があるだけで、あとはなにもないな〉
〈危険も、なさそう?〉
〈うん、何も気配を感じない〉
〈わかった〉
サナは『念話』を一旦打ち切り、ハカセたちと何やら相談をしているようだった。
そして。
〈打ち合わせが終わった。まず、私とルナールが、下りる〉
〈それで安全だったら、みんな来るってことか〉
〈そう〉
そういうことになったようだ。
* * *
そして……。
何の危険もないようなので、留守番にフランクを残し、残る全員が遺跡の玄関ホールに下り立った。
明かりの魔導具も持ってきたので、ホール内がよく見える。
凍った壁や、天井の氷柱に光が反射してキラキラときれいだ。
が、気温はマイナス10度、吐く息も真っ白である。
「ほんと、寒いねえ」
防寒装備に身を包んだハカセがぼやいた。
「本当に、何もないんですね……」
あたりを見回し、ヴェルシアがちょっと残念そうに言った。
「そうなんだ。……サナ、『3次元帰還指示器』は持ってきてくれたか?」
「うん、はい、これ」
「お、どれどれ……まだ下を指しているな」
「あの階段の下なのです」
「ティルダの言うとおりかも……って、わかるのかい?」
「はいなのです。『石の声』が微かに聞こえるのです」
「おお、そりゃ凄いねえ」
「ハカセ、待ってください」
階段を目指して歩き出したハカセを、ゴローは止めた。
「うん?」
「階段の安全は確認していませんから。俺が先に行きますよ」
「うーん、じゃあ任そうかね」
「はい」
「それでは。……フロロ、何か感じるかい?」
ゴローはまず、サナが持つ『木の精』フロロの『分体』に尋ねた。
「ううん、何も感じないわね。この遺跡だか施設だかは、もう停止していると思う」
「ありがとう」
そしてゴローは明かりを手に、階段への一歩を踏み出した……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月12日(木)14:00の予定です。
20240905 修正
(誤)周辺には小規模な雪の盛り上がりがああるので、集落があったのではないかと思われた。
(正)周辺には小規模な雪の盛り上がりが見えるので、集落があったのではないかと思われた。
(誤)〈在質は石のようだな。天井からは氷柱が下がっているし、壁も凍っている〉
(正)〈材質は石のようだな。天井からは氷柱が下がっているし、壁も凍っている〉