13-03 3次元化
『ANEMOS』は、途中から北へ進路を変更した。
一旦『研究所』に中間着陸して、目指す地点の見当を付けるためだ。
目的地の方向は北西なので、東西に移動したほうが精度が出るはずなのだが、それは仕方がない。
1時間ほどで研究所に到着。
ついでにここで『癒やしの水』も補充していくのだ。
「クレーネー、出てきてくれ」
「はいですの、ゴロー様」
いつもどおり、池から顔を出す『水の妖精』のクレーネー。
「ちょっと数日間遠出するんで、多めに水がほしいんだ」
「はい、お任せくださいですの」
クレーネーはそう請け合って、ゴローが持ってきた10リル入りの水タンクを一杯にしてくれた。
「すごいな……こんなに水を出せるのか」
「はいですの。この4倍くらいは大丈夫ですの」
「成長したんだなあ」
「ここに置いてくださったゴロー様のおかげですの」
「いやいや、それ以上に助かってるよ。……それじゃあ、行ってくる」
「お気を付けてくださいですの」
というわけで、ゴローは『癒やしの水』10リルを持って『ANEMOS』へと戻った。
* * *
ハカセたちは、何かの役に立つかもしれないと、薬品類を補充し、『竜の骨』も素材として積み込んでいた。
そして『帰還指示器』が指し示す方向を確認する。
「うーん……あまり角度は変わっていないねえ」
「つまり、かなり遠くということですね」
「そうだねえ」
とはいえ、『ANEMOS』なら何日でも飛び続けていられるし、中で寝泊まりもできる。
操縦はフランクがいるので夜でも安心だ(ゴローとサナも基本的には眠る必要はない)。
「これで十分かねえ」
「いいんじゃないでしょうか」
「アーレンとラーナも連れてきてあげたかったねえ」
「今更ですよ」
2人は、ゴローやハカセたちと違い、王都に生活基盤を持っているのだ。
「まあ、あまり本業の邪魔をするのも悪いよねえ」
実のところ、ハカセたちと付き合い始めてから工房の売上が一気に増えたため、アーレン・ブルーは工房長からオーナーになり、自分は第一線から手を引いて趣味のモノづくりや新製品の研究に没頭したいと考えていたりする。
が、それが実現するのはもう少し先の話。
* * *
「さて、再度出発だよ!」
「フランク、頼む」
「はい、お任せください」
『ANEMOS』は、今度は『帰還指示器』が指し示す北北西へ向けて進路を取った。
「こっちだと『カイラス山』よりは西で、『亜竜の巣』よりは東だねえ」
「そんな感じですね。ちょうど間を抜けていくようなコースです」
今のところ『ANEMOS』は3000メルくらいの高度を飛んでおり、地上の様子はそれなりにわかる。
そこでゴローは、大雑把ではあるが『地図』を描いている。
測量をしたわけではないので、縮尺も適当であるが、位置関係はかなり正確にわかるし、距離に関しての比較くらいは可能だ。
「うーん、ゴローは、こういうのはうまいねえ」
ハカセも感心する出来である。
「まあ、急ぐ旅でもなし、地図を作成しながら行けるくらいの速度で行こうかねえ」
「はい」
そういうことになった。
およそ、時速100キルくらいである。
明るい時間は今の季節、13時間くらい。つまり1300キルくらい移動できるわけだ。
「ずーーっと山また山だねえ」
研究所を出てから6時間、そろそろ今夜はどうするか決めねばならない。
「着陸します? それとも飛んだままでいますか?」
「そうだねえ……」
『ANEMOS』の場合、『浮く』ための魔力消費はほぼ0。
浮いたまま夜を過ごすことも問題ない。
「今夜は試しに浮いたままでいようかねえ」
「わかりました」
昼食用に持ってきた焼きおにぎりは全部食べてしまったので、夕食は船内の簡易キッチンで作ることになる。
水も食材も十分あるので、手の込んだ料理でなければ可能だ。
キッチンは狭いので、ルナールとゴローで手分けして調理していく。
献立はお粥、野菜スープ、甘い玉子焼き、野菜サラダ、ドライフルーツ。
さすがにこの設備でご飯を美味しく炊く自信は、ゴローにもなかった。
「うん、飛行船の中でこれだけのものが食べられるとはねえ」
「おいしいのです」
「うん、玉子焼き、甘い」
サナも満足してくれたようである。
* * *
「このまま、この場所に留まったほうがいいかねえ」
夕食後、皆で相談をする。
「そうですね、真っ暗ですからその方がいいでしょう」
『ANEMOS』は『AETHER』の作用によって浮いているため、よほどの強風下でない限り、空中に静止していられる。
「やっぱりそうかねえ。それじゃあフランク、悪いけど一晩、寝ずの番を頼むよ」
「はい、ハカセ」
そもそもフランクは『自動人形』なので眠る必要はないわけだ。
そういうわけで、翌朝明るくなったらまた進むことにして、その夜は皆休んだのである。
* * *
翌朝は曇りだった。
が、雲は高く、遠くは見えているので、高度はそのままで飛ぶことにした。
「地上はあまり代わり映えしないねえ」
「ですね」
雪が残った黒木の森がずっと続いている。
山は左右にそびえているので、ちょうど山と山の間にある細長い平野部を進んでいる、といったところだ。
「偶然じゃあなさそうだね」
「そうですね。この下の森に、道があってもおかしくないです」
今は残雪に埋もれて見分けがつかないが、この先に人が住む土地があるなら道があってもおかしくない。
左右の山に道を付けるよりもずっと楽だろうからだ。
「とはいえ、降りて確かめるわけにも行かないしねえ」
「はい。雪が消えないと無理ですね」
土地勘のないゴローたちが、残雪期の見知らぬ土地を徘徊するのは道に迷う可能性が大である(その気になれば、ゴローとサナならなんとかなるだろうが)。
なので今は先を急ぐことにした。
「そうだハカセ、空中から探すなら『帰還指示器』は3次元的な動きをするほうがいいんじゃないでしょうか」
「え? ……うーん、なるほどねえ」
要するに『下』も向くようにしたい、という意味である。
一般的な『方位磁石』のような形ではなく、透明な球体の中に閉じ込めれば、斜め上とか真下も指せるようになるわけだ。
「ちょっとやってみようかねえ」
「お願いします」
『ANEMOS』の中にも、修理用の小さい部品を作れるくらいの資材と工具類は積んである。
ハカセはそれを使って、『3次元帰還指示器』を作り上げた。
その中に、現在使用中のもの、つまり目的地を指している『夫婦石』を入れてみた。
「おお……?」
指す方角は変わらなかった。
そして。
「まだ下を向いたという感じはしませんね」
「だねえ……まだ遠く、ということだねえ」
「北の果て、でしょうか」
「それはわからないけどね。行くしかないさね」
「はい」
眼下の風景があまり変化がないため、ゴローが地図を描く速度が倍加した。
よって『ANEMOS』の速度も上げられる。
結果的に、時速200キルで『ANEMOS』は未知の目的地を目指したのである。
* * *
「大分寒々しい風景になったねえ」
「残雪の量も増えましたね」
「かなり北に来たみたいですし」
眼下は、ほぼ一面の銀世界になってしまった。
「なんとなくだけど、こっちが産地のような気がするね」
「どうしてです?」
「こんな僻地に大都市があるとは考えづらいしねえ」
「それはそうですけど」
そんな時である。
「あっ!」
ヴェルシアが声を上げた。
「ヴェル、どうしたんだい?」
「ハカセ、ゴローさん、『3次元帰還指示器』が……」
「少し下を向き始めたねえ」
「目的地が近そうですね。……フランク、速度を4分の1に落としてくれ」
「了解です」
『ANEMOS』は、速度を時速50キルにまで落とし、まだ見ぬ目的地を目指していく……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月5日(木)14:00の予定です。
20240829 修正
(誤)キッチは狭いので、ルナールとゴローで手分けして調理していく。
(正)キッチンは狭いので、ルナールとゴローで手分けして調理していく。
(旧)「まだ下は指していませんね」
(新)「まだ下を向いたという感じはしませんね」
高度が3キロなので1000キロも先としたら0.2度も傾きませんね