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01-31 夜の行動

 マッツァ商会を出たゴローとティルダは、シャロッコの店を目指す。

「いよいよ借金が返せるな」

「これもゴローさんのおかげなのです」

「ティルダの技術があってこそだがな」


 そしてほどなく、ゴローとティルダはシャロッコの店に到着……のはずだったのだが。

「なんだ、この人混み?」

「なんでしょう?」

 そこで、近くにいたおじさんに聞いてみることにした。


「なんでも、シャロッコの野郎の店に手入れだってよ」

 どうやらシャロッコは近所からの評判もよくないようだ、とその言い方を聞いて理解したゴロー。

 人垣の隙間から見ると、店の前には大勢の兵士がおり、人々をシャットアウトしていた。

「裏の組織にも金を流していやがったらしいぜ」

「ああ。違法な金を随分懐に入れていたっていうな」

「若い娘を人身売買していたって言うぞ」

 噂を聞いても、ろくな内容ではない。

 どのみち、このままここにいてもどうしようもないのだけは間違いない。

「一度帰ろう」

 とゴローはティルダに提案した。

「……はいなのです」

 ティルダも素直にその提案に頷いた。……のだが。


「……」

「……」

 工房への帰り道、ティルダは無言のまま、一言も口をきかない。

(……1つ間違ったら、酷い目に遭っていたんだものな、それを想像しているんだろう)

 ゴローも、そんな彼女を気遣って、黙ったまま寄り添ってやったのだった。


「ただいま」

「ただいま……なのです」

「おかえりなさい。……なにかあったの?」

 ティルダの沈んだ様子に気付いたサナが尋ねた。

「いや、じつは……」

 念話で伝えておけばよかったと思いながら、ゴローはサナに説明をした。

「……と、いうわけなんだ」

「だとしたら、もう、借金返さなくてもいいの?」

「さあ、どうなんだろうな?」

 借りた相手が犯罪者だった場合、借金は棒引きになるのか? という疑問だが、これに答えるだけの知識をゴローもサナも持っていなかった。


 借りたものは返さなくてはいけない。

 だが、借りた相手がいない場合は……?

 そう考えて、ゴローは1つの懸念事項に思い当たった。

(……証文だ!)

 証文の内容いかんでは、ティルダの借金は消えてなくなったりはしない。

 もし、証文を第三者が手に入れ、それを持って借金取り立てに来たらどうするか、とゴローは考えて……。

(金はあるんだっけ)

 ティルダが借金を返すために必要な現金は、3000万シクロ。

 それはもう手に入っている。

(あとは、利子だ)

 今回の借金は、期限までに3000万シクロを返すというもの。これは利息込みの金額だ。

 それが、期限を過ぎた場合は……?

 もしかすると、10日に1割、利息分が増えていくかもしれない、とゴローは懸念を抱いた。

(これも、謎知識のお告げかなあ)

 などと関係ないことも頭の片隅で考えながら、ゴローはどうするべきか考えた。

(ここは、正攻法……よりも……)

 そして考えをまとめ終わると、サナと『念話』で話をし、考えを確認した。

〈……ということを考えたんだが、できるかな?〉

〈できる。ゴローの考えていることは、可能〉

〈そっか。よし、今夜決行だ〉

〈……気を、付けて〉

〈ああ〉


*   *   *


 日中は、身の回りの品を片付けたり、当面必要ないものを処分したり、逆に必需品を買ってきたりというティルダの手伝いをして過ごした2人。

 夜、ティルダが寝付いたあと、サナを留守番に残し、ゴローはそっと抜け出した。

〈じゃあ、行ってくる〉

〈行ってらっしゃい〉


 ゴローが目指すのは、当然シャロッコの店。

(ええと、まず、体温を下げる、と)

 今のゴローとサナは、人間並みの体温があるが、本来人造生命(ホムンクルス)には必要がない。

 人間はカロリー消費で熱が発生し、同時に生命活動維持に役立っているが、人造生命(ホムンクルス)はそういったカロリー消費がない。

 彼らを構成している『魔導人造細胞(セルラマギア)』のエネルギー効率は100パーセントに近いのだ。


 そこでゴローは、普段は無意識のうちに発生させている体温を下げる、いや、発生させないように意識を切り替えた。

 これにより、ゴローの体温は周囲の無機物と同じ温度まで下がり、ヘビのような赤外線感知器官(ピット器官)を備えたものにも感知されなくなる。

 さらに魔力の漏洩ろうえいを抑え、擬似的な呼吸も止めれば、『人間として』の気配は限りなく低くなる。


 その状態を維持しながら、ゴローはシャロッコの店を目指した。


*   *   *


 シャロッコの店の前は、当然ながら昼間の喧噪はなかった。

 警備している者もいない。ただ、出入り口にはバリケードのようなものが置かれて、人が出入りできないようになっていた。

 念のため裏口にも回ってみたが、同じように出入りはできないように処置されている。

(……やっぱり2階からかな?)

 ゴローは軽く地面を蹴ると、シャロッコの店の屋根に飛び乗った。ほとんど音も立てずに行えたあたり、サナが鍛えた甲斐があったといえよう。

(さて、どこから入るか)

 屋根の上から、ゴローは下を見下ろした。

(あのベランダはどうかな?)

 裏通りに面したベランダ。洗濯物を干すための物干しを兼ねているようで、広い。ゴローはそこへ飛び降りた。

(さて、ここの扉は開くかな? ……まあ、そうだよな)

 当たり前と言えば当たり前だが、その物干しベランダに出る扉は開かなかった。

かんぬきかな? ……試してみるか)

 ゴローは魔法を発動する。

「『地中(テラ)』『調べる(スペキュラ)』」

 通常なら、地中を調べる魔法だが、建物に応用したのだ。

(ふんふん、やっぱりかんぬきだな)

 それなら、扉の隙間から薄い金属板を差し込み、持ち上げれば外せる公算が高い。

 が、その反面、かんぬきが床に落ちると大きな音がしてしまう。

(中に誰もいないことを確認しないといけないな)

 それでゴローは、まず耳を扉に当て、内部の音を探る。

 5分ほど調べたが、物音はしなかった。

(あとは魔力探知…………っ!?)

 背後に大きな魔力を感じ、ゴローは思わずベランダから屋根の上へと飛び上がった。

「へえ、気付いたのか」

 背後……といっても裏通りを隔てた向かいの家、そのまた向こうの家の屋根に、黒ずくめの人間が立っていたのだ。

 距離にして30メル()。こんな近くに近付かれるまで、気配に気付かなかったことにゴローは驚きを隠せない。

 魔力探知でようやく気が付けたということは、気配を断つことに長けているということだ。

 その黒ずくめの人物は、屋根を伝い、ゴローのいるところまで飛び移ってきた。その動作を見ても、かなり身軽である。

「あの距離で気が付いたなんて、君は何者だい?」

 が、逆にその人物は、ゴローが気付いたことを多少なりとも驚いているようだった。声からすると若い男のようだ。


 ゴローが返事をしないでいるとその男は、

「そんなに警戒しなくていいよ。ボクは君の敵じゃない。……多分」

 と告げた。その言い方に、ゴローも思わず聞き返してしまったのである。

「……多分?」

「うん。……ボクはね、ここにやってくるはずの裏社会の奴らを待ち伏せしているんだよ」

「……なぜ? 待ち伏せしてどうする?」

 短く質問するゴロー。

「なぜって、裏社会に手入れをする、その切っ掛けを掴むためさ」

「ということは、あんたは体制側の人間ってことか」

「お、そうそう。……で、君は忍び込んで何をしようとしていたのか、教えてくれないかなあ? できれば正直に」

「……」

 ゴローは考えた。

(こいつは、口調は軽いが、実力はあるようだ。何より『体制側』ということは、法の加護もあるということかもな)

「……わかった。知り合いがシャロッコから金を借りていてな。今日返しに行ったらあの有様だったんだ。万が一証文が他人の手に渡ったりしたらまずいから取り返しに来たのさ」

「ふんふん、なるほど。筋はまあ通ってるね。で、いくら?」

「3000万シクロ」

「確かに、そりゃあ大金だ。……で、何か証明するものはあるのかなあ?」

「そうだな……」

 ちょっと考えたゴローは、懐から『晶貨』を取り出した。

「証文だけ取り返したんじゃ単なる泥棒だからな。この3000万シクロ分の晶貨を置いてくる気だった」

「……確かに晶貨だねえ。盗みに入るのに大金を持っているなんてことはおかしいからね。わかった、言い分を信じるよ」

「助かる」

「で、手っ取り早く言うと、その心配はいらないよ」

「え?」

「店にあった証文は全て回収されているから、明日か明後日にはお金を借りた人のところに話が行くはず。その際、正規の利息で再計算し、借金を払ってもらうことになるだろうね」

 そのお金が国庫に入る、とのことだった。

「ならいい。俺は引き下がるよ」

「そうしてくれると、助かるよ」

「ああ。じゃあな」


 そう告げて、ゴローがその場を立ち去ろうとした、その時。

「——っ!?」

 謎の気配がいきなり現れたのであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 都合により、次回更新は9月20日(金)14:00の予定です。

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