12-31 これからのこと
ゴローは、『木の精』であるルルの本体である梅の木へとやってきた。
「おお」
梅の木にはたくさんの蕾が膨らんでいたのである。
「あら、ゴロちんじゃない」
「ああ、ルル、おはよう……でいいのかな?」
「気持ちはわかるからそれでいいわよ。おはよう。……サナちんは?」
「王都に残っているんだ。ルルによろしく、って言ってたよ」
「そう。それじゃあ、あたしは元気、って伝えておいて。こうして、花も咲かせられるしね」
「了解」
と、それでゴローはルルの下を辞したのである。
* * *
ゴローが『ANEMOS』に戻ると、ハカセとティルダもまとめた荷物を持ってやってきたところであった。
「ゴローさん、これで帰れるのです」
「ゴロー、さて帰ろうかねえ」
「わかりました」
滞在時間はおよそ1時間。
『ANEMOS』は王都へと向け、飛び立った。
「うーん、方位はもう大丈夫だねえ……あとは……時間をちゃんと知りたいね」
ハカセが考え込みながら呟いた。
現在の時計は日時計と砂時計、水時計である。
日時計は経度に依存し、砂時計と水時計は短時間しか測定できない。
移動速度が遅い場合は日時計でもなんとかなったが、今の速度で移動すると、時刻がおかしなことになってしまうのだ。
早い話、太陽の動きと同じ方向に高速で飛んで太陽を追い越すと、太陽が逆に動くように見える。ということは時刻が巻き戻るということになる。
これでは不便なので、基準となる地点を決め、『標準時』を設定しないと、天体計測による位置の特定もできないことになるのだ。
ゴローによる『謎知識』からの講義により、ハカセはそういった概念を理解しているので、こうした問題点を考えることができるのだった。
「振り子かテンプを使った時計を作りますか?」
操縦しながらゴローが言った。
「うん……振り子は簡単だけど飛行船内では使いにくそうだねえ……」
振り子時計の原理も説明してあるので、ハカセは渋い顔だ。
動きの速い乗り物内では、振り子時計は運用しにくい。運動時の加速度によって振り子の精度が変わってくるからである。
地震で振り子時計が止まった、という話もある。
「そうするとテンプですか」
「そっちかねえ」
ここでいうテンプとは、機械式の腕時計に使われている機構で、要はばねによる振動機構だ。
コイルばねではなくぜんまいばねで、回転軸を中心とした往復回転運動をする。
振り子に比べ、重力の影響を受けにくいことと、コンパクトにできるというメリットがある。
「腕時計とは言わないけど、マグカップくらいの大きさにできたらいいねえ」
「そうですね」
地球における初期の携帯時計は卵くらいの大きさだったっけ、と『謎知識』に教わりながら頷くゴローであった。
* * *
往路同様、多少東西にコース変更しつつ帰ったのだが、『帰還指示器』(仮称)は問題なく王都の屋敷を指していた。
『ANEMOS』が王都の屋敷に戻ったのは午後4時過ぎ。
「おかえりなさい、ハカセ、ゴロー」
「ただいま、サナ」
「おかえりなさいませ」
「マリー、ただいま」
出迎えてくれたのはサナとマリー。
ルナールは夕食の支度で手が離せないらしい。
そしてヴェルシアはその手伝いということだった。
「あ、おかえりなさい、ゴローさん、ハカセ」
屋敷内に入ると、ちょうど厨房から出てきたヴェルシアがゴローとハカセを見つけ、おかえりの言葉を掛けた。
「ただいま。なんだか凝った夕食になりそうだな」
「ええ、私の練習も兼ねているんですけど」
最近のヴェルシアは料理にも凝り始めており、今やベテランとなったルナールに指導してもらっている。
そして今夜の献立は豚肉の生姜焼きとカボチャの煮物、それにサヤエンドウ(絹さや)の卵とじだった。
「煮物って奥が深いですね」
「うん……特に出汁の取り方で味わいも変わってくるしなあ」
ゴローもまた、出汁では苦労するな、と感じている。
とはいえ、ルナールとヴェルシアが作った夕食は、上々の出来であった。
「うん、美味しいよ、ヴェル」
「よかったです」
ハカセに褒められ、ヴェルシアは嬉しそうであった。
ゴローもサナもティルダも、夕食に舌鼓を打ったのである。
* * *
食後のお茶を飲みながら、のんびりと話をするゴローたち。
「ルルはもう目覚めていたよ。よろしくってさ」
「そう、よかった」
「もうすぐ花も咲きそうだったな。ミューはまだ目覚めていないということだったけど」
「花が咲く頃、一度研究所に行きたい」
「そうだな」
『ANEMOS』があるので日帰りも可能である。
「ティルダも、用は済んだのかい?」
「大丈夫なのです。しばらくは素材に不足しないのです」
『マッツァ商会』から、納品数を増やしてほしいと言われたために、追加で素材を取りに行ったということだった。
「さて、今日の結果を元に、構想を練ろうかねえ」
お茶を飲み干しながらハカセが言った。
考えるだけなので、ゴローも特に文句はない。
「まず、『帰還指示器』(仮称)はほぼできたといっていいだろうね。あとは構造を改良することと、使い方だろうねえ」
「全員の居場所がわかるように『帰還指示器』(仮称)をつくったらどうです?」
「ああ、いいかもねえ」
「その場合……」
ゴローの忠告により、プライバシーの侵害うんぬんが起きないよう、万が一の事故や遭難や誘拐などの際にのみ確認するという前提で作ることになった。
「それから、明日にでもこれを王城に持っていきましょう」
「ああ、今の『Celeste』は方位を知る方法が方位磁石しかないものねえ……そうしておやり。あたしゃ行かないけどね」
「はい、それはもう」
そういうことになった。
「ですが、公にすることで、国内やジャンガル王国に『夫婦石』の片割れを設置できるだろうからね。やるべきだねえ」
「はい。その場合、ジャンガル王国にもこの『夫婦石』の存在を知らせることになりますね」
「それは仕方ないさね。でもそうなると、ますます産地が気になるねえ」
「それじゃあまず、明日の朝イチで『マッツァ商会』へ行って、残りの『夫婦石』の中に破損したものがないか調べてみましょうか」
「うん、それがいいね。産地の情報も持っていった方が王家も喜ぶだろうし」
これも、そういうことになった。
「で、ハカセ、もう『仮称』って取りましょうよ」
「それもそうだね。じゃあ正式名称は『帰還指示器』で決定だね」
「はい」
「……でだ、それはそれとして……あたしゃ、明日はフランクの分解整備をやっているからね」
「はい、それでお願いします」
ハカセにはハカセのやりたいことをしてもらうことになった。
「あとは通信に使えないかですね」
「うん……それもやるさね」
「ハカセにしかできないことですからね、お願いしますよ」
「まあ、任せておおき」
そしてこれも、そういうことに……。
その後のゴローたちは、楽しく雑談をして過ごしたのだった。
* * *
そして翌日。
朝食を済ませたゴローは、『帰還指示器』のサンプルを持って『マッツァ商会』へと出かけた。
「な、な、なんと! こんな使い方があったとは!」
商会主オズワルド・マッツァが驚いたのは言うまでもない。
「これは、王家に報告すべきだと思います」
「まさにそうですな」
「ですので、オズワルドさんと一緒に登城しようかと」
「そ、そうなりますな……」
ゴローはルーペス王国名誉士爵であるし、オズワルドも王家御用達の商人であるから登城することに問題はない。
「では、準備して……午後一番にでも」
「わかりました」
そしてゴローたちは、そのための細かい打ち合わせを行うのであった。
「これが普及すれば、道に迷う人もいなくなりますね」
「そうですね」
『帰還指示器』は人類にとっての福音となるであろう……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月15日(木)14:00の予定です。
20240808 修正
(誤)早い話、太陽の動きと反対方向に高速で飛ぶと、太陽が逆に動くように見える。
(正)早い話、太陽の動きと同じ方向に高速で飛んで太陽を追い越すと、太陽が逆に動くように見える。