12-30 1つの解決
『夫婦石』の応用について、ハカセやティルダと相談を始めた、いや始めようとした、その時。
「……お昼ごはん」
唐突にサナが現れ、ぽつりとそう告げた。
「…………あ、もうそんな時間か」
「サナに呼ばれたんじゃあ仕方ないね」
「サナさん、教えてくださってありがとうなのです」
「うん」
というわけで、ゴローたちはまず昼食にすることとなった。
献立はトーストと目玉焼き、ミルク。
トーストにはバター、メープルシロップ、蜂蜜、木イチゴジャム、梅ジャムなど好きなものを塗って食べる。
目玉焼きは塩コショウをしてあるので、そのままトーストにのせて食べてもいい。
ゴローは1枚目には目玉焼きを載せ、2枚目にはメープルシロップ、3枚目にはバターを塗った。
サナは目玉焼きは目玉焼きとして食べ、パンには、メープルシロップ、蜂蜜、木イチゴジャムをそれぞれ1枚目・2枚目・3枚目に塗った。
ハカセは目玉焼き、バター、蜂蜜を1枚目・2枚目・3枚目に載せる、あるいは塗って食べた。
ティルダ・ヴェルシア・ルナールらも、それぞれの食べ方を楽しんだのである。
* * *
食後のティータイムに、ハカセは構想を皆に語って聞かせる。
この程度は仕事をしたうちには入らないようだ。
「まず先に作れそうなのは『特定の地点を常に指す装置』だねえ」
「ですよね」
2つに割った石の1つを拠点……例えば『研究所』に置き、もう1つを方位磁石のような形で保持しておけば、常に片割れの方を向くだろう、とハカセは言った。
「それをこの世界の要所に複数設置し、『特定の地点を常に指す装置』も複数用意すれば、その指し示す方向を総合して計算することで位置も特定できるでしょうし」
とゴローも補足した。
「なるほどねえ。そこまでは考えていなかったよ。さすがゴローだねえ」
ハカセはゴローを褒めてから、もう1つのアイデアを説明する。
「2つに割った『夫婦石』は目に見えない繋がりがあるわけだから、うまく使えば通信にも使えるんじゃないかと思ってねえ」
仮に『魔力』で繋がっているとしたら、その魔力を振動させることができるかもしれない。
その振動に『音』を乗せることができれば、音声通信が可能になるかもしれないわけだ。
「飛行船で遠出するなら必須の装置だよねえ」
「そういうことですね」
少なくとも、特定のポジションがある方向が常に分かるというのはとてもありがたいことである。
闇夜の飛行時など、目標物がなにもない中で飛ぶのは危険だし、なによりも正確な方向を定めることができないからだ。
「……3つに割ったら、その3つが、互いに引き合うの?」
サナから意外な質問が出た。
これには『石の声』が聞こえるティルダが答えた。
「はいなのです。4つに割ったら4つが互いに引き合うようなのです」
「あと、石の大きさに左右される、ということはある?」
「……ない、と思いますです」
「なら、預かってきた、最も小さい石でも、十分役に立つ、ということ?」
「はいなのです」
これを聞いたハカセは大喜び。
「じゃあ幾つかに割った1つを拠点にセットし、残りはみんながそれぞれ持っていれば、帰る方向だけは見失わないわけだねえ」
「あ、それは駄目なのです。割った石同士でも引き合うので」
「ああ、そうか。結局、2つでないと使い物にならないんだね」
「そういうことになりますね」
「じゃあ複数の石を2つに割って、片割れをここ王都の屋敷と北の研究所、それにジャンガル王国やミツヒ村なんかにも設置すればいいね」
3箇所に設置できれば、かなりの精度で自分が今いるポジションを知ることができるはずなのだった。
「あとは、本当にこの世界のどこにいても引き合うのかねえ」
「そうなんでしょうね」
「なら、小さい方の石で十分だね」
できる方から片付けていくことにする。
まずは実験だ。
一番小さい『夫婦石』を用意。
直径2ミル、長さ5ミルほど。
それをゴローの『ナイフ』で半分に断ち切る。
この2つが互いに引き合うことを確かめ、片方を磁針の入っていない『方位磁石』にうまいことバランスを取ってセットする。
これが片割れの方を指すかどうか……。
「おお、ちゃんと指すねえ」
「ここまでは成功ですね」
「あとは距離だね。これを『ANEMOS』に積んで……」
「その前に、『自動車』で王都を一周してみますよ」
「ああ、その手があるね」
王都は一辺が8キル程度の正方形とみなすことができる。
ゴローたちの屋敷はその北西の隅なので、反対側の南東の隅まではおよそ11キル。
この距離で使えないようではモノの役に立たない、ということになる。
飛行船『ANEMOS』を使っての検証はその後だ。
ということで自動車で王都を1周してきたゴローであった。
* * *
「結果ですが、全く問題なく屋敷の方を指していたようです」
王都の環状道路はほぼ正方形の外縁に沿っているので方角もわかりやすい。
試作の『帰還指示器』(仮称)は問題なく屋敷の方角を常に指していたようである。
「これで、距離を取って試してみることになるかねえ」
「ハカセ、その前にあと2つくらい、大きさを変えて作ってみましょう」
「うん? ……ああ、その2つも含めて、3つとも同じ方向を指すかどうかを見るんだね?」
「はい」
「それはいいねえ。……よし、ちょっと待っておくれ」
そういうわけで大きさ違いの『夫婦石』……中くらい(直径5ミル、長さ15ミル)と大きめ(直径8ミル、長さ20ミル)で『帰還指示器』(仮称)を用意した。
それを『ANEMOS』に積んで、いざ出発だ。
「一旦研究所まで行ってみます」
「うん、それならあたしも行くよ」
そうすればゴローは操縦に専念できるだろう、とハカセは言った。
そしてハカセはハカセで『帰還指示器』(仮称)の確認に専念できるわけだ。
「あれ、フランクは?」
「ああ、フランクはね、間が悪いことに……」
自動人形のフランクは、昨日から分解整備をしているのだとハカセは言った。
そのために必要な資材を研究所に取りに行きたいのだという。
「それじゃあしょうがないですね。それじゃあ行きましょうか」
「あ、研究所でしたら私も行きたいのです。素材をいくつか取ってきたいのです」
「わかった」
こうして、ハカセ、ゴロー、ティルダの3人が『ANEMOS』で『研究所』まで往復してくることになった。
* * *
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい、ハカセ。ゴロー、ルルがもし目覚めていたらよろしく伝えて」
「わかった」
「お気をつけて、ハカセ、ゴロー様」
「行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃい」
サナやルナール、マリー、ヴェルシアたちに見送られ、『ANEMOS』は王都の屋敷を飛び立った。
「途中、少し東西に逸れてみますよ」
「そうすれば精度もわかりそうだね」
「はい」
まっすぐ北へ……研究所を目指すのではなく、左右=東西へ進路を変え、『帰還指示器』(仮称)がどう反応するかを確認しようというわけだ。
「ハカセ、どうですか?」
「……うん、いい調子だねえ。3つとも同じ方向を指しているよ」
「それは嬉しい結果ですね」
「小さいやつで十分実用化できるからね」
「そうですね」
「あとは、『夫婦石』の産地を探してみたいねえ」
「……ハカセ、もし、今回王都にある『夫婦石』の中に、欠けたものがあったら、その片割れは産地にあるという可能性はどのくらいあるでしょう?」
「ああ……どうだろうね。途中で欠けた可能性の方が高そうだから、1割、ってところかねえ」
むしろそれより小さいかもしれない、とハカセは言った。
「1割以下……ですか」
「あくまでも勘だけどねえ」
「だとしても、探しに行くのはいいですね」
「ティルダも連れていけば、あの子の『石の声』で鉱脈を見つけることもできるだろうしね」
「面白そうなのです。みんなで行きましょうなのです」
「いいねいいねえ」
そんな話をしつつ『ANEMOS』は研究所に到着した。
「うん、『帰還指示器』(仮称)はどれも正常に作動しているねえ。……さてと」
「ハカセ?」
「ちょっと素材を取りに行くついでに、研究所にも『夫婦石』を埋めておこうと思ってね。ゴロー、分割しておくれ」
ハカセは大・中・小の『夫婦石』を3つ取り出した。
「帰ったら『帰還指示器』に加工すればいいさね」
「わかりました」
ゴローは『ナイフ』でその『夫婦石』を分割した。
「まあ、これはあたしの部屋にでも置いておくよ」
「それでいいですね。俺はクレーネーやポチに会ってきます」
「うん、わかったよ」
「私は工房へ行ってくるのです」
ハカセとティルダは研究所の中へ、ゴローは庭園へと向かった。
「ポチー」
と呼べば、どこからともなく『クー・シー』のポチが駆け寄ってくる。
「わふわふ」
「おお、ポチ、ただいま。……また出かけるけど、お前の顔が見たくてな」
「わう」
「ははは、また少し大きくなったんじゃないか?」
「わふ」
しばらくポチを撫で回したゴローは、庭園の池へと向かった。
「クレーネー、いるかい?」
「はいですの、ゴロー様」
池の中から『水の妖精』のクレーネーが姿を現した。
「変わりはないか?」
「はいですの。ミューさんはまだお目覚めでないようですけど、ルルさんはもう目覚めたようですの」
「お、そうか。じゃあ、行ってみる」
「行ってらっしゃいですの」
そういうわけで、ゴローはルルの本体……梅の木の下へと向かったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月8日(木)14:00の予定です。
20240801 修正
(誤)サナから以外な質問が出た。
(正)サナから意外な質問が出た。
(誤)その振動に『音』を載せることができれば、音声通信が可能になるかもしれないわけだ。
(正)その振動に『音』を乗せることができれば、音声通信が可能になるかもしれないわけだ。