12-28 ドワーフの国の政治形態
ハカセとティルダから、ドワーフの国について聞いているゴローたち。
「政治はどうなっているんですか?」
と、ゴローが尋ねる。
「封建的な政治だけど、王政じゃないのさ」
「と、いいますと?」
「通称『五人衆』という、『五賢者会』が頂点なんだよ」
「五賢者、ですか……?」
「ああ。賢者とは名ばかりの、俗物の集まりさね」
ハカセは結構辛辣である。
……と思ったらティルダも、
「そうなのです。賢者なのに世襲制で、ほとんど入れ替わりがないのです。どこが賢者なのか教えてほしいのです」
と言い出した。
「結構嫌われてるのか?」
「なのです。……家長と長男は支持をしていると思うのですが」
「そうか……自分に利がある連中は支持をし、家を出て行かなけりゃならない者たちは支持していない、と」
「そういうことなのです」
「で、政治はその『五人衆』が?」
「違うよ。そいつらは重要なことや国と国の事柄くらいにしか口を出さない。実際に政治をやっているのは『長老会』だね」
「長老会?」
「そうなのです。長老といっても年寄りというわけではなくて、その地位にある人をそう呼んでいるだけなのです」
「なんとなくわかった」
ティルダは説明を続ける。
「人数は10人くらいで、きちんと決まっていないのです。その時点で『匠』と呼ばれる人がなるのです」
「ああ、そうだったねえ。……その『匠』が『長老になりたい』と立候補して、『長老会』が多数決で決めているんだよ」
「なんか、変なところが民主的というか……」
「まあ、とにかく歪な体制なんだよ。でも不思議と、それでうまくいっているから、数百年変わっていないんだよねえ」
「……きっと、大多数のドワーフの気質に合っているのです」
「ああ、ティルダの言うとおりかもねえ。意外とこういう体制ってドワーフの好みなのかも。……あたしゃ大っ嫌いだけどね」
「私もなのです」
2人とも国をあとにしていることで、好きではないことがわかっているが、その口調の強さに、よほど嫌いなんだなとゴローは内心で苦笑するのだった。
「でも」
ティルダが、ぽつりと言葉を追加する。
「嫌いなのは国のあり方であって、国そのものは嫌いじゃないのです。生まれた国なのですから」
「そうだねえ、それはいえるかもねえ」
「つまり『国土』は懐かしく思える、ということですか?」
「まあそんな感じだねえ」
「はいなのです」
「何となく、わかる気もします」
「まあ、年寄りの、つまらない感傷さね」
「いやいや、ティルダだっていますからね?」
「ああ、そうだったねえ」
ハカセは明るく笑ったのだった。
* * *
昼休みの話はそのくらいで切り上げ、それぞれやるべきことをやりに席を立った。
ティルダは注文のカトラリー作りに工房へ。
ハカセは『飛行船ANEMOS』へ。
ヴェルシアは庭で栽培した薬草を乾燥させに。
ルナールは夕飯の仕込みを始めている。
そしてゴローは『サンルーム』へ。サナも一緒だ。
『サンルーム』では、『唐辛子』がちょうど熟し、真っ赤な実をたわわに付けていた。
「ゴロー様、そろそろ収穫されてもいい頃かと」
『屋敷妖精』のマリーが言う。
「おお、いいなあ」
プランターに植えられた唐辛子を見て、ゴローが目を細めた。
「……甘ければよかったのに」
一方、サナは渋い顔だった。
* * *
唐辛子の収穫は、鞘の付いた部分を崩さないよう摘み取ってから天日干しする。
からからに乾いたら密閉容器に入れ、冷暗所で保存すれば2、3年は楽に保つ。
また、香辛料としてだけではなく、虫除けとしても使える。
鞘ごと酢に漬け、1週間から半月おき、トウガラシエキスを滲み出させる。
その酢を50倍くらいに薄めて植物に撒くことで虫除けになるのだ。
その他、熱帯魚の水槽にいくつか鞘ごと入れておくことで白点病の予防になるとも言われている。
閑話休題。
「時間はあるから、天日干しをしておいてくれ」
と、ゴローはマリーに頼んだ。
「わかりました。お任せください」
魔法で乾かしてもいいのだが、天日干しだと何となく『旨味』が増すような気がするゴローなのである。
(干物じゃないから変わらないかもしれないけど、まあいいや)
イノシン酸やらグルタミン酸などという言葉が頭を掠めたが、気にせずゴローはサンルームを出た。サナも一緒だ。
「ゴロー、あと、今日はどうする?」
「そうだなあ……」
時刻は午後2時半ころ。
「……ゴロー、おやつ、作って」
「あ、そうだな」
ドワーフの国の話をハカセたちから聞いて、なんとなく疲れた気がしていたゴローだったが、気の抜けたようなサナの言葉で、肩の力が抜けた。
「それじゃあ……」
プリン、と言おうとして、エッグノッグを飲んだばかりということを思い出すゴロー。
「じゃあ、どうするか……」
ちょっと考えたゴローは、無難にホットケーキを焼くことにしたのだった。
* * *
今回は小さめのものをたくさん焼いて、掛ける甘味を変えることで様々な味を楽しめるようにした。
「やっぱり蜂蜜を掛けると美味しいねえ」
「私はメープルシロップが好きなのです」
「木イチゴのジャムも、美味しい」
「梅ジャムもいいねえ」
「砂糖で作ったシロップもシンプルですけど美味しいです」
……と、みんなそれぞれ味の違いを楽しんだようだ。
* * *
甘味の後口に、『薄口コーヒー』を、ゴローは淹れてみた。
「……甘くすれば、美味しい」
「うん、これならそのまま飲めるねえ」
「ほろ苦さが美味しいです」
「少しだけお砂糖を入れたのです」
「そのままでいけますよ」
案の定、サナはたっぷりと砂糖を入れ、あとの面々はティルダが少しだけ砂糖を入れた他は、そのまま飲んでいる。
ちなみに本来の『ブラックコーヒー』とは、ミルクを入れないコーヒーであって、砂糖を入れないコーヒーではない……そうだ。
「そういえばハカセ、『ANEMOS』でなにかしていたんですか?」
「うん? いや、隠れていただけで特別なことは何もしていないよ。ただ、ゴローが前に言っていた『航法装置』をどうにかできないか、考えていたけどね」
「『航法装置』ですか……」
「うん。今のところ『方位磁石』くらいしかないからね」
「ですね……」
幸い、この世界、この惑星(?)にも『地磁気』があることがわかっているので、南北、つまり緯度だけは知ることができる。
問題は経度である。
時計はあるが、日時計、砂時計、水時計といった、精度の低いものしか存在しないのだ。
また、世界標準時も決まっていない。
時刻がわからないと、太陽や星の位置から経度を算出することができない。
時刻が、太陽の位置をもとにして決めているとすると、場所によって(正確には経度が異なる土地)時刻も異なるはずなのだ。
同じ国内でそれでは不便なので、地球では各国に『標準時』というものがある。
日本標準時は東経135度の明石を基準に決められている。
地球ではGMT(グリニッジ標準時)あるいはUTC(協定世界時)というものがあって基準として使われている。
この世界でも基準となる地点を決められれば標準時が決まるのだが、通信が未発達なのであまり意味はなさそうだ、とゴローは思っていた。
「やっぱり通信が問題かなあ」
その呟きに、ハカセが頷いた。
「そうだと思うよ。今のところ解決の目処が立っていないけどねえ」
「ハカセでも難しいですか」
「あたしにだってできないことはあるよ」
「まあ、そうですよねえ……」
こればかりは一朝一夕に解決できるものではないなと、ゴローも一旦は諦めることにした。
(遠く離れた場所と会話できる精霊っていないのかなあ……)
だが『謎知識』は答えてはくれなかったのである……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月11日(木)14:00の予定です。
20240704 修正
(旧)「……甘いならいいのに」
(新)「……甘ければよかったのに」