12-26 ドワーフ社会
ゴローは報酬金1000万シクロ、アーレンは『名誉士爵』となるわけであるが……。
「殿下、まだ少々釣り合いませぬな」
魔法技術相ブレイトン・セルム・エリクソンが言った。
「ふむ……なら、どうすればよい?」
「素材を与えるのはどうでしょう?」
「おお、それはよいな。内容は任せるぞ」
「は、では……2人に、銅100キム、錫50キム、鉄100キムを与えよう」
「ありがとうございます」
「素材はブルー工房にまとめて運びこむ、でよいか?」
「はい、結構です」
銅、錫、鉄といった『普通』の素材は、ブルー工房の方が消費が多いので、そちらに運んでもらう方がありがたかった。
* * *
そしてその後は夕食会となる。
部屋を変えただけで、列席者は同じ。
なのでゴローとアーレンも、かなり気が楽であった。
そして正式な晩餐会ではないので、食事中の会話も自由(喋りまくるのはいただけないが)。
「しかし何だな、ゴローとアーレンは、次から次へと新しいものを作り出してくれるな」
ローザンヌ王女が、ワインを口にしながらそう言った。
「はい、『天啓』のおかげです」
「ふむ、そういうものか」
『天啓』はゴローの『固有スキル』ということになっている。
かつて訪問した『ジャンガル王国』でもそれで通したのだ。
「ふむ……『必要のない知識は思い浮かばない』のだったな」
魔法技術相がゴローに尋ねた。
「はい、そうなんです。また、何でもかんでも思い浮かぶわけでもないです」
「そうなのか……」
「む、駄目だぞ、ブレイトン。ゴローとアーレンを囲い込むようなことは」
「は、姫様」
ゴローたちのよき理解者であるローザンヌ王女は、魔法技術相に釘をさしてくれた。
「しかし、『ヘリコプター』の次は『飛行船』か。……よほど空を飛びたいと願ったのだな、ゴロー」
「え? うーん、そうなりますか……」
「違うのか?」
今度はモーガンからの質問である。
「そう、かもしれません。……でも」
「うん?」
「あの大空を飛んでみたい、と1度も思わない男がいますかね?」
「ふ、違いない」
グラスに残ったワインを一気に飲み干し、モーガンは笑った。
「そして、それを実現したのだからな。たいしたものだ」
「ありがとうございます」
「ゴローと、アーレンと、その仲間に、乾杯」
ワインを注ぎ直したグラスを掲げ、モーガンは陽気に言った。
「乾杯」
「乾杯」
ゴローとアーレンも唱和し、グラスを掲げ、ワインを飲み干した。
こうした和気あいあいとした夕食会のあと、ゴローとアーレンはそれぞれ貴賓室に案内され、ゆっくり休んだのである。
* * *
夜の11時。
〈ゴロー、今、大丈夫?〉
サナからの念話が届いた。
〈ああ、大丈夫だ〉
〈そう〉
〈……なにかあったのか?〉
〈ううん、何もない。ただ、どうなっているのか、ハカセが気にしていたから、聞きに来た〉
〈そっか〉
王城と屋敷は『念話』の通話可能距離よりも離れているので、サナは歩いて王城に近付いて来たんだろうなとゴローは想像した。
〈で、具体的には?〉
〈ああ。ええとな…………〉
ゴローは朝からの一部始終をサナに説明した。
時間はたっぷりあるし、『念話』なら音声での会話よりも3倍くらい早い。
〈……と、いうわけさ〉
〈わかった。明日には帰れる?〉
〈大丈夫だと思う〉
〈うん。それじゃあ、帰るね〉
〈ハカセによろしくな〉
〈うん〉
これで『念話』は終わった。
(また、『研究所』へ戻ろうかなあ……)
王都へ戻ってきたばかりなのに、もう研究所が恋しくなってきたゴローである……。
* * *
さて、翌日はアーレンとゴローの2人で朝食をごちそうになった。
さすがに朝から王女や宰相や軍務相は顔を出さなかった。
給仕は王城付きの侍女たちがやってくれた。
そして午前9時、2人はようやく王城から開放され、帰路に就いたのである。
「おかえりなさい!」
アーレンがブルー工房に帰ると、ラーナが飛び出してきた。
「よくご無事で……」
「ラーナ、心配のし過ぎだよ」
「いいえ、何か手落ちがあって投獄されたという話を聞いたことがありますから」
「それは単なる噂だろう?」
「いいえ、郷里ではそういうこともあるそうです」
「郷里って……ドワーフの国かい?」
「はい」
ドワーフの国、というキーワードを聞いたゴローは、黙っていられなくなった。
「ドワーフの国って、王国の北西にあるんだっけ?」
「ええ。山脈の向こうの向こうですけど」
「ハカセやティルダもそこ出身なんだよな?」
「ええ。ハカセさんは出身と言っていいのかどうかわかりませんが」
「ラーナはどうしてルーペス王国へ出てきたんだ?」
「ドワーフはものすっごく保守的なんですよ。で、一部の若者は国を出るんです」
「それじゃよくわからないな……」
そこにアーレンが口を挟んだ。
「あの、ゴローさん、そういうお話でしたら中へどうぞ」
「あ、悪いな」
「いえ」
考えてみれば玄関先でする話じゃないなと思い直したゴローは、アーレンの勧めに従い談話室へ。
そこで改めてラーナから話を聞く。
「聞いておいて何だけど、いいのかな?」
「何がです?」
「いや、ハカセは別格として、うちのティルダもあまり故郷のことを話したがらないからさ」
だからこれまでもあえて聞かなかったんだ、とゴロー。
「でも、ラーナが自分の国のことを引き合いに出したんで、つい尋ねてしまったんだ」
「そうでしたか。別に、秘密にするようなことじゃないんですけどね」
「じゃあ、聞かせてくれるか?」
「ええ、いいですよ」
ということで、ラーナからドワーフの国について聞かせてもらうことにしたゴローである。アーレンも一緒だ。
「ええと、まず国の名前ですが、『テラソルム王国』と言います。これは古いドワーフ語で『土と石の国』という意味です」
「へえ……」
「それは、僕も初めて聞いたかな」
「そうでしたっけ?」
アーレンも興味深そうに聞いている。
「……で、テラソルム王国は保守的で封建的でして、王政であることはもちろん、『家長制』が幅を利かせてるんです」
「なるほど」
「ですので、長男は家を継ぎ、それ以外の兄弟姉妹は分家を作ったり他家に嫁いだりします」
「まあそうなるだろうね」
「で、それをしたくない者たちは国を出ます」
「そういうことか」
「一旦国を出たら、基本的に帰国は認められません」
「え?」
「何でだい?」
驚きの事実が判明した。
「国を出るということは、国を捨てる、家族を捨てる、ということと同義なんです」
「無茶苦茶だ」
「でもそれが昔からのしきたりですんで」
「……」
そんな事情があるなら、あまり話したがらないのは納得だ、とゴローもアーレンも思った。
「で、外に出たドワーフは独り立ちを目標に、他国に居を構えます」
「まあ、そうなるだろうなあ」
「もし帰国する事があるとしたら、それは他国でそれなりの成功を収めたときだけです」
準貴族に列せられるとか、貴族の婿や養子、嫁、養女などになるか、あるいは要職につく、大金を貯める、など、それなりの地位についた者だけが一時帰国を許され、家族と再会できるという。
「何ていうか……厳しいんだな」
「しきたりですから」
「うーん……」
しきたりや風習なら、部外者がとやかく言うこともできない、とゴローはこの件に関しては口を挟むのを止めた。
「で、私は……ティルダさんもでしょうけど、外の世界で独り立ちしたくてこれまでやってきたんです」
「なるほどな」
「大変だったんだな……」
「あ、でも、『外に出たドワーフ』の互助会みたいなものもありまして、多少の援助というか、手助けは受けました」
「互助会……そういうのがあるのか」
「ええ、まあ。公にはしていませんからね」
ドワーフ社会の複雑さを垣間見た、ゴローとアーレン・ブルーであった……。
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次回更新は6月27日(木)14:00の予定です。