12-24 高度
『飛行船Celeste』を献上する、その日。
朝から快晴、無風という絶好の飛行日和であった。
この日の朝は……。
午前6時 全員起床
午前6時半 朝食
午前7時 『飛行船』最終チェック
午前7時15分 アーレン、来る
午前7時20分 身支度
午前7時40分 『飛行船』出発
である。
「気を付けて行っておいで」
「はい、ハカセ」
「いって、きます」
そしてゴロー、サナ、アーレン・ブルーらは『Celeste』に乗り込んだ。
その1分後、『Celeste』は浮かび上がる。
ハカセ、ヴェルシア、ティルダ、ルナールらに見送られ、『飛行船Celeste』は朝の青空に消えていった。
* * *
午前7時50分。
「おお、来たぞ!」
「来ましたな」
ローザンヌ王女が北西の空を指差して叫んだ。
「おお!」
「大きい……」
「あれが飛ぶとは……」
「しかも、静かですな……」
王城前広場には宰相エドウィン・アボット、魔法技術相ブレイトン・セルム・エリクソン、軍務相ゴンザレス・クリムゾン、近衛騎士団長フレドリアス・ルドラファなど、そうそうたる面々が集っていた。
そして空には王国の飛行機工場製『ヘリコプター』2機も飛んでいた。
その2機のヘリコプターを圧倒する大きさで『Celeste』は近付いてくる。
「ううむ……静かですな……音といえば推進用プロペラの音くらいだ……」
軍務相ゴンザレス・クリムゾンが唸るように言う。
「そして、あの大きさ。サヴァナ卿とブルー殿はなんというものを作り上げたのだ……」
皆、呆気にとられつつも、近付いてくる『飛行船Celeste』から目が離せないようだ。
そして『Celeste』は王城広場上空で停止すると、ゆっくりと降下してきたのである。
風がないため降下も安定しており、午前8時丁度に、『Celeste』は王城前広場に着陸したのであった。
* * *
『Celeste』が着陸すると、歓声が上がった。
いつの間にか大勢のギャラリーが集まっていたのだ。
空を飛んできた時点で目立っていたので無理もない。
もちろん、護衛の兵士によって近付かないよう抑えられているが、それでも距離をおいたまま喝采している。
「うむ、何度見ても素晴らしいな!」
ティルダとヴェルシア、アーレンが頑張った装飾は華美すぎず地味すぎず、朝の光の中で華麗に輝いていた。
ゴローとアーレンは、近衛騎士を左右に従えたローザンヌ王女の前に跪いた。
「名誉士爵ゴロー・サヴァナ、ブルー工房主アーレン・ブルー、謹んで王女殿下に『飛行船Celeste』を献上いたします」
「うむ、大儀である」
こんな場所なので略式とも言えないほど簡単な儀礼のあと、起動キーを渡して『Celeste』献上は終了した。
* * *
「さあ、飛ばし方を教えてくれ、ゴロー、アーレン!」
儀礼が済むやいなや、ローザンヌ王女は『Celeste』に乗り込もうとした。
が、それはお付きのモーガンに止められる。
「姫、それはお待ちを」
「なぜだ! 今さっき飛んできたのだぞ?」
「はい、ですが、今一度……城の者が操縦を覚えるまでお待ちくださりたく」
「うむう……わかった」
ローザンヌ王女はわがままを言うこともあるが、聞き分けが悪いわけではない。今回もモーガンの進言を素直に……いや、若干不満そうにだが、受け入れた。
「ではゴロー! 我が配下に操縦方法を伝授してくれ!」
「はい、殿下」
ということで、選出されたパイロットはケニー・コスナー。以前ヘリコプターで競争した相手である。
「ゴロー殿、よろしく頼む」
「はい、こちらこそ」
* * *
『飛行船』の操縦方法はヘリコプターとほとんど同じ。
なのでもうベテランと言っていいケニー・コスナーは、すぐに操縦をマスターした。
時刻は午前10時半。
「モーガン、今度こそ乗るぞ!」
「仕方ありませんな」
そういうわけで、ローザンヌ王女、モーガン、宰相エドウィン・アボット、魔法技術相ブレイトン・セルム・エリクソン、軍務相ゴンザレス・クリムゾン、近衛騎士団長フレドリアス・ルドラファ、それに近衛騎士2名らが『飛行船Celeste』に乗り込んだ。
パイロットはケニー・コスナー、補佐としてゴローも乗り込む。そしてアーレン・ブルーは解説役だ。
「うむ、座り心地もよいな」
「内装もなかなか品がいいですな」
宰相と軍務相は気に入ったようだ。
「シートベルトを締めてください」
「うむ」
「発進します」
ふわり、と『飛行船Celeste』は浮かび上がった。
「おお、なんというか……『軽い』感じだな」
「はい、強引に浮いているというより、浮くべくして浮いているという感じですな」
王女の言を引き取って魔法技術相が的を射た表現をした。
「はい。『亜竜の翼膜』は、魔力を流すと浮く性質を持っています。それを利用してこの『飛行船』は飛ぶのです」
「ほほう……」
アーレン・ブルーの説明に、魔法技術相は感心した様子だ。
「それだけではあるまい?」
「はい、仰るとおりです。流す魔力につきましても……」
「いや、待て」
説明を遮ったのは軍務相。
「飛行の原理などは後ほど、関係者だけで聞こう」
「わかりました」
その言葉の意図を察したアーレンは、飛行原理などの突っ込んだ説明はやめておくことにした。
「床下には収納スペースがあります。そして地上を見やすくするため、床の一部は透明になっております」
「なるほどのう」
「下が重いほうが安定しますからな」
「しかし、静かなものですな」
「まったく。この点では『ヘリコプター』より数段乗り心地がいい」
「ただ、小回りは利きそうにないですからな」
「そこは用途に応じて、でしょう」
そんな会話をしている面々を尻目に、
「おお、ゴロー、速度はどれくらい出るのだ?」
「最高で時速150キルくらいでしょうか」
「なかなか速いな!」
ローザンヌ王女はうきうきである。
「ならば、せめて100キルを出してくれ!」
「それくらいなら……ケニーさん」
「ケニー、行け!」
「了解であります」
王女殿下からのご下命とあって、ケニー・コスナーは『Celeste』の速度を上げていく。
「おお、加速を感じるぞ」
「ケニーさん、高度ももう少し上げたほうが」
「了解」
300メルくらいだった高度を、1000メルまで上げていくケニー。
「おお。、これは壮観だ」
1000メルまで高度を上げると、王都のかなりの部分がひと目で見えるようになる。
「この高度だと、時速100キルというのもそれほど感じぬな、ケニー」
「はい、殿下」
操縦しているケニーも同感のようだ。
「殿下、この『飛行船』の真骨頂は、高度を上げられることです」
「何?」
「これまでのヘリコプターでは到達できない高度まで昇れます」
「ほう……?」
「ケニーさん、とりあえず王都を一望できる高度まで上昇してみてください」
「了解」
『Celeste』は王都の上空に静止したまま高度を上げていく。
「おお、なるほど。王都全体が見えてくるな」
王都の大きさはおよそ10キル四方。
人間の『有効視野』は60度から70度くらいと言われているので、『ひと目』で全体を見るなら高度10キルくらいから見下ろしたい。
折からの快晴、『Celeste』はぐんぐん高度を上げていった。
そして高度7キルくらいになれば、なんとか視野に全体を収められるようになる。
この高度はヘリコプターには無理だ。
「ううむ、素晴らしいな、ゴロー、アーレン。改めて礼を言うぞ!」
高度10キル。
前人未到(と思われる)高度である。
ローザンヌ王女は上機嫌でゴローとアーレンを褒め称えたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月13日(木)14:00の予定です。
20240606 修正
(誤)時刻は午前Ⅰ0時半。
(正)時刻は午前10時半。