12-23 献上と翌日の予定
「これでございます」
ゴローはローザンヌ王女に、『竜の骨』で作った短剣を差し出した。
「ほほう……新しいような古いような、不思議な意匠だな」
「はい、『古代遺物』と思われます」
「ふむ」
受け取った短剣を、ローザンヌ王女は抜いてみた。
「金属……ではないようだな。思ったより軽い」
不透明な乳白色をした刀身である。
「はい。ですが切れ味は凄まじいものがございます」
「ほう」
「……これは同じ時期に手に入れたナイフですが」
ゴローはカムフラージュ用に作ったナイフを出してみせた。
「ほう、小さいがそれもこの剣と同じ材質か」
「はい。そして……」
デモンストレーション用に用意した鉄釘を削ってみせるゴロー。
「おお!?」
「鉄が削れるのか……」
「やってみますか?」
「うむ。……ふむ、これも軽いな」
そして鉄釘に刃を当て……。
「おお、これほど軽く削れるとは! ……モーガン、そなたもやってみよ」
「は、では失礼して。……ゴロー、借りるぞ」
そしてモーガンも……。
「おお、この切れ味は凄まじいな」
「はい。どこで見つかったのか不明なのが残念です」
「む、そうなのか?」
「はい。旅の途中で出会った行商人と交換したものですから」
「名前も聞かなかったのか?」
「ええ。単に休憩舎で顔を合わせただけの場合、ままあることですから」
「ふうむ……」
「ただ、ずっと北の方から来たらしいことだけですね」
「そうか……」
残念そうな顔の王女を見て、ゴローはもう一言フォローしておく。
「『飛行船』で北の地へ行けたなら、もしかすると」
「うむ、そうだな。いつか、そうした遺物のある土地へ行けたらよいな」
ローザンヌ王女は窓の外に見える『Celeste』と『ANEMOS』を見ながらそう言った。
* * *
午後4時近くなったので、ローザンヌ王女とモーガンはゴローの屋敷を後にする。
「明日、朝の8時だぞ」
と言い残して。
* * *
「ハカセ、もういいですよ」
ローザンヌ王女が帰っていったので、ゴローはハカセやヴェルシアに声を掛けた。
「ちょっと長かったねえ」
「短剣も献上しましたし」
「ああ、それじゃあしょうがないね」
「ちょっと遅いけど、お茶にしますか?」
「いや、向こうでマリーがお茶をくれたから大丈夫さね」
「そうでしたか」
そこへルナールがやって来た。
「お風呂の準備ができました」
「お、それじゃあ入るとしよう」
ということで、ゴロー、サナ、ハカセ、ヴェルシア、ティルダ、ルナールの順で入浴、疲れを癒やしたのであった。
* * *
夕食後。
「……で、明日の午前8時に王城前広場へ『Celeste』を持っていくことになりまして」
「あたしゃ行かないからね」
「いや、ハカセはいいですよ。俺とサナで行きます」
「そうしておくれ」
「……ゴロー、帰りは?」
「歩いてくればいい」
「うん、まあ、そう」
素直に返してもらえないんじゃないか、とゴローは思っている。
「……アーレンは?」
「ああ、声を掛けないとな……これから行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
もう午後7時であるが、翌朝早く行くよりはいいだろうと、ゴローは大急ぎで『ブルー工房』を目指した。
王都の治安もすっかり元どおり、静かな佇まいである。
ゴローとしてはのんびり歩いて15分、ブルー工房に到着した。
「こんばんはー」
「あ、ゴローさん、こんばんは」
ちょうどラーナが玄関先にいた。
「アーレンは?」
「先程まで書類の山と格闘してましたが、もう終わって寛いでらっしゃいます」
「ちょっと会えるかな?」
「もちろんです、どうぞ」
ラーナの案内でアーレンの執務室へ向かうゴロー。
途中、廊下で幾人か顔見知りになった職人たちとすれ違うと、皆会釈をしていくのだった。
「工房長、ゴローさんがお見えです」
工房長の居室前にゴローを案内したラーナは、ドアの外から声を掛けた。
「あ、ゴローさん、いらっしゃい」
すぐにアーレンがドアを開けてゴローを出迎えた。
「……もしかして、王女殿下の件ですか?」
「当たり」
勘のいいアーレンである。
「多分そうじゃないかと、明日の予定は空けてありますよ……」
「おお、さすがだな」
「……で?」
「明日の朝8時に、王城前広場へ『飛行船』を持っていくことになった」
「早いですね……」
「殿下の希望でな」
「そうでしょうね……わかりました、明日の朝は7時半になる前にそちらへ行きます」
「頼むよ。製作者がいないと話にならないからな」
「……工房の宣伝になりますものね。アーレン様、頑張ってください」
ラーナがエールを送る。
「うん……もう慣れたよ……でもなあ……」
苦笑しつつも頷くアーレン・ブルー。
ハカセが表に出たがらないので、全てアーレンの手柄になるのが心苦しい、とこぼす。
ゴローもそちらにはなんと言っていいかわからないので、もう1つの話題に乗っかることにした。
「そんなに宣伝になるのかい?」
「ええ。実際、王女殿下にいろいろ献上しているおかげで、工房には注文が引きも切らずなんです」
ラーナが答えてくれる。
「そんなにか……」
「もちろん、『献上品と同じもの』の注文じゃありません。他の注文が増えているんです」
「名前が売れたということと、王家に献上する技術力を買われたということかな」
「そうだと思います。ですのでここ3ヵ月で職人さんの数が1.5倍に増えました」
「そりゃすごいな」
だが管理職の負担も増えただろうとゴローは思った。
「お察しのとおりです」
ラーナが頷く。
「古株の職人さんが監督となってくれていますので現場は大丈夫です。ですが……」
「事務職が大変、か」
「はい……募集はしているんですが、どうしても信用問題が……」
「ああ、ちゃんとした出自の人でないと怖いものな」
「そうなんです」
他所のスパイ、とまでは言わないが、あわよくば技術を盗んでやろう、などという者に事務職は任せられない。まあそれは、技術職も同じであるが……。
が、技術に比べ、書類関連……設計図や企画書などは簡単に持ち出せるし、書き写すこともできる。
見て覚えることだって可能なのだから、慎重になるのは無理もない。
「ゴローさんとかサナさんなら大歓迎なんですけどね」
「いや、俺もサナも書類仕事は苦手だから」
「できなくはないですよね?」
「いや勘弁」
これ以上ここにいると事務仕事に雇われそうな気がしてきたので、ゴローは暇を告げる。
「そ、それじゃあな。……明日、頼むよ」
「はい、それじゃ」
「……残念」
どこまで本気かわからないラーナの呟きを背に、ゴローはブルー工房を後にしたのであった。
* * *
「……と、いうことになりました」
「あたしゃ明日は1日籠もっているからね」
屋敷に戻ったゴローは、ブルー工房の様子を報告し、翌日の予定を話し合っていた。
「朝食は6時半くらいには食べて、準備を進めよう」
「はい、食事の支度はお任せください」
ルナールも頼もしくなり、留守を任せるにも安心である。
食材も補充してあるので、ゴローとサナが1日2日城に留め置かれたとしても大丈夫。
「着ていく服もちゃんとしてくださいね」
ヴェルシアがアドバイスをくれた。
「あ、そうだよな……」
服装は盲点だった、とゴロー。
「明日になってばたばたするところだったよ」
今日のうちに用意しておこうとゴローは決めた。
「もうないかな……あ、そうだ」
もう1つ、この場で決めておきたいことがあった、とゴロー。
「ハカセ、『飛行船』が飛ぶ原理を説明せよと言われたらどうしましょうか?」
「うーん……そのまま説明していいと思うよ」
「いいんですか?」
苦労して見つけ出した原理ですが、とゴロー。
「いいじゃないか。今はもっと上の飛行原理を持っているんだし」
「それはそうですが……」
『亜竜の翼膜』よりも『竜の骨』と『AETHER』の組み合わせの方がより上である。
「その辺の説明はゴローとアーレンに任せるよ」
「わかりました」
これで、明日を待つだけである……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月6日(木)14:00の予定です。