01-30 大金を手に
「いやあ、ゴローさん、ありがとうございましたっ!」
2階から下りてきたオズワルド・マッツァが、ゴローに感謝の意を述べた。
賊が皆退治されたのを見たゴローはそっと帰ろうとしたのだが、警備員に捕まってしまったのだ。
というか、彼を見つけた警備員が、加勢してくれたゴローのことをどう判断すべきか迷い、
「済まんが、雇い主に会ってくれ」
と、上に丸投げしたのだ。
その結果、ゴローを見てオズワルド・マッツァが、彼の身元を保証すると共に、裏口付近で気絶している賊を見つけ、それがゴローの仕業だと知るや、冒頭のセリフとなったわけである。
「ティルダの工房にも賊が押しかけてきまして……そいつらは撃退したのですが、切れ切れの話を聞くとどうやらこちらも狙われているらしいので急いで知らせに来てみたら、もう賊が侵入していたのですよ」
ほんの僅かの嘘を混ぜ、大半は真実な内容を語るゴロー。
「そうですか……。おかげで助かりました」
「いえいえ、こちらとしましても、まだ代金を受け取っていませんからね」
雰囲気を変えようと、冗談めかして言うゴロー。
「ははは、そうですな」
オズワルド・マッツァが笑う。稚拙な笑いの話題でも、少しは効果があったようだ。
「しかし、ゴローさん、お強いですな」
オズワルド・マッツァは感心したように言う。
「いえ、それほどでも。……まあ、辺境にいましたから、多少魔獣を相手にしたことがあったのと、不意を突いたこと……でしょうか」
「なるほどなるほど」
あまり惚けることもできないので、多少それらしいことを言って誤魔化すゴロー。
この時にはもう『念話』で、ティルダの工房に来た賊はサナが撃退したことを知っていたから、多少気分的にも余裕があった。
「旦那様、奴ら全員、11人を拘束しました。これから警邏兵に突き出します」
先程の警備員が報告に来た。
「頼む。……怪我は大丈夫か?」
「はい。かすり傷ばかりですから」
そう言って警備員は踵を返し、部屋を出て行ったのだった。
* * *
時刻は午前1時過ぎ、あらためて訪問すると言ってゴローはマッツァ商会をあとにした。その際、今夜自分が来たことは、余計な心配をさせたくないのでティルダには内緒にしておいてくれと頼むことは忘れない。
「まあ、無事に終わってよかった」
ゆっくりと夜の町を歩いていくゴロー。『念話』でサナと話をしながら。
〈こっちも終わったよ〉
〈そう〉
〈明日、また行くことになるけどな〉
〈うん、ごくろうさま〉
〈はは、仕方ないよな〉
〈でも、これで一段落?〉
〈ケリがついたんだったらいいけどな〉
〈うん〉
そうこうするうちティルダの工房に到着。
(おかえりなさい)
(ただいま)
小声でやり取りする2人。
(ティルダは気付いていないか?)
(うん、大丈夫。その分、賊を逃がしちゃったけど)
(それは仕方ないな)
だが、マッツァ商会で捕らえた奴らを尋問すれば、黒幕がわかるだろう、とゴローは思っていた。
そして2人は、朝までもう少し大人しくしていようと、形だけ寝台に横になったのであった。
* * *
翌日、ティルダは夜中の出来事に気付いていないようだったので、ゴローとサナも何も言わなかった。
「じゃあ、マッツァ商会へ行こうか」
「はいです」
昨夜の今日なので、サナに留守番をしてもらい、ゴローとティルダとでマッツァ商会へと行くことにした。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
何かあっても『念話』でコミュニケーションが取れるのだから。
「おお、ゴローさん、ティルダさん、いらっしゃい」
商店主、オズワルド・マッツァが2人を出迎えた。約束どおり、ゴローの顔を見ても何も言わない。
「おはようございます」
「お金の用意はできていますよ」
「ありがとうございます」
ティルダは証文を差し出し、オズワルド・マッツァは現金の入った袋を置いた。
目の前で確認すると、10万シクロの金貨が確かに500枚。5000万シクロを手に入れたティルダであった。
ゴローの方は5億シクロをいっぺんに現金にしても仕方ないので、1000万シクロ分は金貨にし、残り4億9000万シクロは高額用貨幣である晶貨にしてもらった。
つまり10万シクロの金貨100枚と100万シクロの晶貨490枚で、計590枚となる。(この晶貨は通貨ではないのでしかるべきところで両替しないと一般には使えない)
「いやあ、ちゃんとお支払いできてほっとしました」
大金の受け渡しが済むと、オズワルド・マッツァは安心した顔になった。
彼にとっても、5億5000万シクロはこれまでになかった金額の取引だったのだ。
その後、出してもらったお茶を飲みつつ、少し世間話をする。
その際、ゴローは荷車の話をしてみた。
「おや、何にお使いですか?」
と、当然の質問が帰ってくる。
ゴローは、ティルダがシクトマに工房を移すため道具類を運びたいから、と正直に説明する。するとオズワルドは、
「なるほど。……この町は少々治安が悪いようですからね」
と言い、ゴローを一瞬だけちらりと見た。
「そういうことでしたら、私どもと一緒にシクトマへ行きませんか?」
「え?」
「実はですね……」
オズワルド・マッツァによれば、今回『金緑石』を王家に納めたら、そのままシクトマにある支店を大きくするつもりだという。
なので、馬車数台を連ねてシクトマへ行くそうだ。……近日中に。
「一緒にいらしてくれたら助かります」
それは、護衛も兼ねて、という意味であろうとゴローは察した。
が、これはいい誘いである。
「ティルダさんの荷物も全部お引き受けしましょう」
「どうする? いい話だと思うぞ」
とゴローが聞けば、ティルダも即、
「はい、是非お願いしますです!」
と答えたのであった。
その後打ち合わせをして、3日後にまず第1陣が出発する予定なので、それに便乗させてもらうことになった。
馬車は2日後の昼頃、ティルダの工房に回してくれるという。
そればかりか、シクトマで工房が立ち上がるまでの住まいも紹介してもらえることになったのだ。
オズワルド・マッツァが言うことには、『腕のいい職人さんとの縁は大事にしたい』ということであった。
「よろしくお願いしますのです」
ティルダは礼を言い、ゴローもほっとする。これで、シクトマへ引っ越すための懸念はなくなった。
そして、ゴローとティルダは、マッツァ商会を出る。その時、オズワルド・マッツァがゴローを呼び止めた。
(……奴らは警邏兵に引き渡しました。ですので、シャロッコの所へ行くのはもう少し待った方がいいです)
(ありがとうございます)
「……どうしたのです?」
少し遅れて出てきたゴローを、ティルダは怪訝そうな顔で見た。
「いや、ちょっと情報をもらったんだ。なんでも、シャロッコの店はゴタゴタしているから、金を返すのは今日はやめておいた方がいいかもっていうんだよ」
期限はまだ数日残っているはずなので大丈夫だろう? とゴローは言った。
「はい。見直さないと自信はないですが、まだ3日や4日は大丈夫なのです」
「それならいいか」
とはいえ、どんなことになっているのかと、一応シャロッコの店へ様子見に行こうとする2人であった。
「ゴタゴタって何があったのです?」
「いや、そこまでは知らない。けど、なんとなく胡散臭い奴だったから、非合法なことに手を染めていたんじゃないのか?」
当たらずといえど遠からず、なことを言っておくゴロー。
「うーん、そうかもしれないのです」
ティルダもそれで納得したようだ。
「なあティルダ、どうしてあのシャロッコの所で金を借りたんだ?」
もう少しまともな金貸しはいなかったのか、とゴローは思っていた。
「それは……担保もなしに貸してくれるお店が他になかったから……なのです」
「ああ……」
やっぱりサラ金みたいなものか、と以前謎知識で想像した内容に納得しつつ、
「担保ならあっただろ。自分を売るようなことをしちゃだめだぞ」
「うう……面目ないのです」
しょんぼりするティルダの頭をぽんぽん、と叩いたゴローは、
「ま、もう懲りたろうし、資金もできたんだから2度と同じことくり返さなきゃそれでいいさ」
と、殊更明るく言った。
「は、はいなのです!」
それでティルダも、元気を取り戻したようであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月17日(火)14:00の予定です。
20190919 修正
(誤)ゴローの方は5億シクロをいっぺんに現金を手にしても仕方ないので
(正)ゴローの方は5億シクロをいっぺんに現金で手にしても仕方ないので
20200623 修正
(誤)オズワルド・マッツァが笑う、稚拙な笑いの話題でも、少しは効果があったようだ。
(正)オズワルド・マッツァが笑う。稚拙な笑いの話題でも、少しは効果があったようだ。
20210215 修正
(旧)
ゴローの方は5億シクロをいっぺんに現金で手にしても仕方ないので、金貨100枚の他は、残り4億9000万シクロは、全部100万シクロの晶貨にしてもらった。
つまり100枚の金貨と490枚の晶貨、計500枚となる。
(新)
ゴローの方は5億シクロをいっぺんに現金にしても仕方ないので、1000万シクロ分は金貨にし、残り4億9000万シクロは高額用貨幣である晶貨にしてもらった。
つまり10万シクロの金貨100枚と100万シクロの晶貨490枚で、計590枚となる。(この晶貨は通貨ではないのでしかるべきところで両替しないと一般には使えない)




