12-22 王女殿下、きたる
さて、場所は変わって、王城では……。
「ご注進! ご注進!」
物見の兵が息せき切って国王の執務室に駆け込んできた。
物見の兵には、緊急時には誰何されずに国王に直接報告することができるのだ。
「何ごとだ、騒がしい」
宰相エドウィン・アボットが兵を窘めた。
「緊急なのか?」
国王の横にいた近衛騎士も質問した。
「は、はい! ……ただいま、北方より巨大な飛行物体が2機、王都に接近中であります!」
「何?」
執務室には保安上の観点から、窓がない。
近衛騎士は隣室へ行き、西側の窓から身を乗り出して北方の空を見つめた。
「おお……これは……!」
既にそこには、かなり接近した『飛行船』が浮かんでいたのである。
距離は既に1キルを切っており、2隻はかなり速度を落としている。
そして近衛騎士は、急いで執務室に取って返す。
落ち着いた態度で報告。
「間違いなく、飛行物体2機が王都に近づいております」
「うむ、それで?」
「王都の北西へ向かっているところから、例の……『サヴァナ家』のものと推測します」
「なるほど」
『サヴァナ』はゴローがジャンガル王国で『名誉男爵』の爵位とともに賜った家名である。
ここルーペス王国でも、王族とその関係者はよく知っているのだ。
「また、ゴロー殿たちがなにやら作り上げたようですなあ」
「おお、ブレイトン」
魔法技術相ブレイトン・セルム・エリクソンが執務室にやって来て、国王ハラムアラド・ラグスメイルス・ルーベスに報告した。
「それがしが見たところでは、あの2機……2『隻』というべきでしょうかな……は、ゴローとその一党の作ったもののようですな」
「ふむ」
続いて第2報がもたらされる。
「報告いたします! 2機の飛行物体は『サヴァナ家』の屋敷に着陸した模様です」
「やはりゴロー殿たちですな」
「うむ、そのようだ。……となると……」
「父上!」
「……やはり来たな」
第2王女で姫騎士のローザンヌ・レトラ・ルーペスが執務室に飛び込んできた。
「……どうした、ローザ」
「ゴローたちがまた何か作ったようです! さっそく見に行ってきます!!」
「……待て」
愛娘の性急さを嗜める国王。
「話を聞く限りでは、ゴローたちは今さっき王都に戻ってきたわけであろう?」
「はい!」
「なら、少しは寛がせてやれ。もう少し時間をおいてから見に行くのだ」
見に行くのを止めることはできないと父王もわかっているのでこの言葉である。
「わ、わかりました……」
「うむ」
と、こうして、ようやくローザンヌ王女は落ち着いたのであった。
* * *
そして同日、午後1時30分。
「ゴロー! 私だ!!」
ローザンヌ王女はゴローの屋敷を訪れていた。
「王女殿下、ようこそいらっしゃいました。モーガン閣下、ご無沙汰しております」
「うむ」
「うむ、元気そうだな、ゴロー」
「おかげさまで」
……と、型どおりの挨拶も済まないうちから、ローザンヌ王女はちらちらと庭の方を見ている。
「殿下、気になりますか?」
「う、うむ」
「それでは、どう……」
「おお! 待ちかねたぞ!!」
「……ぞ」
ゴローが『どうぞ』と言い終わらないうちに、ローザンヌ王女は庭へと駆けていった。
「姫!」
「殿下!」
その後を追う、モーガンとゴロー。
ローザンヌ王女は一直線に『飛行船』のところへ。
「おおお、大きいな! これが空を飛ぶのか!!」
「はい、殿下。……これは空を飛ぶ船、『飛行船』といいます。そして、こちらは王家に献上いたします」
「うむ、そうか! 大儀である!」
そして乗り込もうとする王女を、モーガンが引き止めた。
「姫、少々お待ちを」
「いや、中を見るだけだ。ならばよかろう?」
「はあ、それならば……」
「一緒に乗りましょう。ご説明いたします」
「うむ、ゴロー、頼む」
「こちらは『Celeste』と名付けさせていただきました」
「ふむ、古代語で『空』とか『天空』の意味だな?」
「殿下、ご存知なのですか?」
「これでも王族だから、嗜みとして少しはな。……いい名だ」
「ありがとうございます。では、どうぞ」
ゴロー、ローザンヌ王女、モーガンの順に『飛行船』の中へ。
「おお、思ったより広いな」
「ですね、姫」
「まずは先頭、操縦席です。操縦方法は『ヘリコプター』と共通です。ただ、浮くためにローターを回す必要がないだけで」
「ふむ……ならばどうやって浮いているのだ?」
「はい、『亜竜の翼膜』を使っております」
「な、なに!?」
「『亜竜』だと!?」
「ど、どうやって……」
驚くローザンヌ王女とモーガン。
「え……あの、『ヘリコプター』にも使っていますが……説明しましたよね?」
と宥めるゴローだったが、
「量が違う!」
と、一蹴されてしまった。
「ええとですね、北の地に『亜竜の巣』がありまして、そこから採取してきたんですよ」
「なに?」
「どうやら『亜竜』は数年おきに巣を変えるらしく、今はもう抜け殻と骨しか残っていなかったので集め放題でした」
「ふうむ……そんな生態があるとは知らなかったな」
「いえ殿下、『亜竜ライダー』を抱える国での飼育も、数年に一度竜舎を変えると聞いたことがあります」
「なるほど」
「……まあ、そういった説明はまた改めまして。……操縦席からの視界がよくなるよう工夫してあります。特に後方が見にくいので、鏡も併用しています」
要は光学的なバックモニターが付いているということである。
画面はそれほど大きくないが、ないよりはずっとマシであろう。
「客室には10人が座れます。補助席も使えば20人。床下は資材倉庫になっています」
「ほうほう」
「簡易キッチン、保存庫がありますので簡単な料理もできます」
「それはいいな」
「トイレはタンク式で、地上に下りた際に中身を廃棄します」
「うむ、必要であるな」
その他、いくつかの注意事項や構造の説明を行うと、ローザンヌ王女も満足したようだ。
「……で、隣のはゴローたちの『飛行船』だな?」
「はい、同型機で、『ANEMOS』といいます」
「ふむ、こちらもよい名だ」
「ありがとうございます」
「で、明日か?」
「はい?」
「『Celeste』を献上にやって来るのが、だ」
「あ、はい。明日の……」
「朝の8時だな」
「はい、では、それで」
「うむ。王城前広場で待っておるぞ」
「わかりました……」
ここでゴローは、『竜の骨』で作った短剣のことを思い出した。
「もう1つ、殿下に献上するものがございます」
「おう? 何だ?」
「まずは屋敷へどうぞ」
「うむ」
ゴローはローザンヌ王女とモーガンを屋敷の応接間へと案内した。
時刻は午後2時15分、ティータイムには少し早いが、ルナールがお茶とお茶請けを持ってくる。
「おお、『ジャンガル王国』の……『ルナール』と言ったか。どうだ、王都には慣れたか?」
「……」
王女殿下に直接声を掛けられ、どう返答したものかと言葉に詰まるルナール。
それを察したようで、モーガンが助け舟を出した。
「姫、直答を許すと仰ったほうがよろしいかと」
ゴローやサナは『ジャンガル王国』で名誉男爵(サナは名誉女男爵)、ルーペス王国では名誉士爵となっており、貴族であるから王族と直にやり取りができる。
が、ルナールは平民である上、『罪を償うため』ゴローとサナの従者となっているため、王族に話し掛けることは不敬となってしまう。
そのあたりの礼儀も『屋敷妖精』のマリーから教えられていたようだ。
「おお、そうだな。……ルナール、ゴローの屋敷内においては直答を許す」
「は、ははっ。ありがたき幸せにございます」
「うむ、……で、王都には慣れたか?」
「はい、おかげさまをもちまして」
「そうか、それは重畳」
そしてお茶を一口。
「うむ、美味い」
そしてお茶菓子は『純糖』。
「これも美味い」
そしてローザンヌ王女はゴローに向き直った。
「それで、くれるというもう1つの物は何だ?」
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月30日(木)14:00の予定です。
20240524 修正
(誤)……これは『飛行船』といいます。そして、こちらは王家に献上いたします」
(正)……これは空を飛ぶ船、『飛行船』といいます。そして、こちらは王家に献上いたします」
(誤)「『飛行船』といいます。こちらは『Celeste』と名付けさせていただきました」
(正)「こちらは『Celeste』と名付けさせていただきました」