12-21 王都に帰って
王都へ帰る日は、少し雲はあるものの、まずまずの天気であった。
「何より、風が弱いのがいいよねえ」
「そうですね」
空を飛ぶ乗物全般にいえることは、『強風に弱い』ということだ。もちろん程度の差はある。
『AETHER』で飛んでいる『ANEMOS』はほとんど風の影響を受けないが、『亜竜の翼膜』で浮かんでいる『Celeste』はそうではない。
横風に流されるし、向かい風だと速度が落ちる。
閑話休題。
「それじゃあ、しばらく留守にするよ」
「はい、ゴロー様。いってらっしゃいですの」
「ルルがもし起きたら伝えておいてくれるかい? それからミューにも」
「はいですの」
『水の妖精』のクレーネーに声を掛けた後は『クー・シー』のポチを呼んだ。
「ポチー」
「わふわふ」
ゴローが呼ぶと、30秒くらいでポチが駆けてきた。
「ポチ、しばらく留守にするからな、このあたりを守っていてくれ」
「わう」
なんとなくわかりました、と返事をした気がするので、ゴローが頭を撫でてやると、ポチは嬉しそうに目を細めて撫でられていたのである。
* * *
そして午前8時、『研究所』を出発である。
『ANEMOS』はゴローが、『Celeste』はフランクが操縦。
速度の遅い『Celeste』に合わせて飛んだので(とはいえ最高速度は時速150キル出るのだが)、王都までは2時間弱掛かった。
「ああ、王城が見えるねえ」
「向こうからも見えているでしょうね」
「じきに王女様が来そうだねえ……。あたしゃ、隠れてるよ」
「はい、そうしてください」
そのまま屋敷の中庭に着陸。
「お帰りなさいませ」
『屋敷妖精』のマリー(の本体)が出迎えてくれた。
「ご様子は『分体』から聞いて知っております」
「そうか。なら、まずは『飛行船』を固定しておいてくれ」
「わかりました」
今は浮力を発生させていないから安定しているが、この巨体が風を受けたら不安定になることは間違いない。
ゆえに地面のアンカーに固定してく必要があるのだ。
ヘリウムガスで浮いている飛行船の場合は、高価なヘリウムを抜くことはしないため、着陸しているときでもほぼ浮いているので、なおのこと係留しなくてはならない。
が、『ANEMOS』と『Celeste』は、船体の4箇所を地面に係留すればまず動くことはない。
おまけにここではマリーの加護があるので、強風の被害は軽減され(なくなりはしないが)ているのだ。
* * *
「まず、『マッツァ商会』に顔を出してくるよ」
先日『竜の骨』で作ったナイフを、『古代遺物』として見せてみるのだ。
「僕とラーナは工房に帰ります」
「私はお留守番してる」
「私もです」
「あたしゃ隠れてるよ」
「私は工房にいますのです」
「私は昼食の用意をしておきます」
ゴロー、アーレン、サナ、ヴェルシア、ハカセ、ティルダ、ルナールである。
フランクは姿を見られないほうがいいのでハカセとともに籠もっていることになる。
* * *
さて、『マッツァ商会』へ行ったゴロー。
「これはゴローさん、お久しぶりです」
「しばらく北の地へ行っておりまして」
「ははあ……あの大きな飛行物体もゴローさんでしょう?」
「まあ、そうです」
ゴローは、1つは王家に献上する、と説明。
「ふうむ……やはり、ゴローさんは只者ではないですね……」
「いやあ……ははは」
オズワルド・マッツァはそれ以上追及してこなかった。
こういう距離感を保つ気遣いをしてくれるので、ゴローはこの『マッツァ商会』を気に入っているのだ。
「それでですね、こういう物を手に入れまして」
少し前に『竜の骨』で作ったナイフを出して見せる。
1枚板を打ち抜いて作ったようなデザイン。
『謎知識』からのものなので、この世界にはあまりない意匠のはずである。
「旅の商人と出会って購入したのですが、どうも『古代遺物』か、それに近いのではないかと」
「拝見いたします。……ふむう……」
「見かけは金属じゃないように見えますが、鉄も削れるんですよ」
「そ、そうなのですか?」
「何か鉄製の、削ってもいいものってありますか?」
「それならこれを」
オズワルド・マッツァは使い古したナイフを持ってきた。
刃の部分の長さが20セルくらいある、アウトドア用のナイフだ。
が、ところどころ赤く錆びており、また刃こぼれもしていた。
「それでは、いいですか」
ゴローは古いナイフの刃の部分を『竜の骨ナイフ』で削ってみせた。
まるでゴボウの笹掻きを作るように、さくさくと鉄が削れていく。
「こ、これは凄い……私にもできますか?」
「もちろんです。どうぞ」
ゴローは『竜の骨ナイフ』と古いナイフをオズワルド・マッツァに手渡した。
「軽いのですね……」
そしてオズワルド・マッツァは古いナイフを削っていく。
「おおお……!」
「凄いでしょう?」
ゴローの持つ『古代遺物のナイフ』よりは力がいるが、それでも鋼鉄を削れるというのは凄い。
「刃こぼれもしていませんね……」
「どのくらいの値が付きますか?」
「……うーむ……最低でも500万シクロ……いや1000万シクロくらい?」
「そ、そんなにですか!?」
「ええ。コレクターならそれ以上出すと思われます。……もうないんですよね?」
「あ、いえ、王女殿下に献上しようかなというものが一振り」
「おお……それは残念。ちなみに、おいくらで仕入れました?」
「ええと、お金じゃないんです。食料と交換しました」
「なるほど、北の地で、と言ってましたな……」
これは一応皆と相談した上での方便である。
価値が一定である貨幣ではなく、『物品』、しかも『食料』なら、時と場合によっては金よりも貴重になる。
そういう前提、つまり食料が貴重なシチュエーションで交換した、と言えば納得されるだろうと。
「またそこへ行くことはできそうですか?」
「相手も旅の商人でしたからね、行っても会えますかどうですか」
「なるほど……残念です」
「でも、このナイフはお譲りしますよ」
「おお、ありがとうございます!」
結局、700万シクロでナイフを買ってくれたオズワルド・マッツァであった。
* * *
「王都はやっぱり暖かいねえ」
「ハカセ、サンルームに行ってみましょう」
「そういえばトウガラシを栽培しているんだったね」
ということでハカセとヴェルシアはサンルームへ。
「おお、こりゃあ暖かいねえ」
「ですね。トウガラシも赤くなっていますね」
「もう収穫できそうだねえ」
「はい、今日明日で収穫してしまいます」
「うわ、びっくりした。マリーかい……」
「驚かしてしまったようで申し訳ございません」
マリーは『屋敷妖精』なので足音がまったくしないのである。
そこへゴローが帰ってきた。
「ああ、ここは暖かいですね」
「ゴロー、お帰り」
「ただいま帰りました、ハカセ。……ああ、トウガラシも熟したな」
真っ赤になったトウガラシを見ながらゴローが答えた。
「収穫したら天日干ししておいてくれ」
「はい、わかりました」
その後、密閉容器……ビンに入れて冷暗所に保存すれば2年くらいは保存できる。
そんなゴローたちの横で、ハカセは用意されているソファにもたれてのんびりしていた。
* * *
昼食は研究所から持ってきたパンを焼いたものにベーコンを挟んで食べる。
野菜も研究所から持ってきた残りを食べてしまうことになる。
とはいっても、マリー(の分体)が保存しておいてくれたので、傷んではいない。
葉物野菜はまだ緑でシャキシャキしている。
「……ええっ、700万シクロで売れたんですか!?」
「ああ、凄いだろう?」
「あの小さいナイフが……」
「ローザンヌ王女に献上する短剣だったら2000万……いえ3000万シクロくらいしそうですね」
「まあ元手はほとんどゼロだけどな」
ゴローたちが集めてきた素材を使っているので、ほとんど手間だけである。
「……で、お砂糖は?」
ぶれないサナである。
「ああ、大丈夫だ。砂糖や小麦粉はたっぷり買い込んできた」
「なら、よかった」
「……さて、お昼を食べ終わったら、あたしはまた籠もるとしようかねえ」
王女殿下が来そうだし、と呟くハカセであった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月23日(木)14:00の予定です。
20240516 修正
(誤)「ああ、王常が見えるねえ」
(正)「ああ、王城が見えるねえ」
(誤)ゴロー、サナ、ヴェルシア、ハカセ、ティルダ、ルナールである。
(正)ゴロー、アーレン、サナ、ヴェルシア、ハカセ、ティルダ、ルナールである。




