12-20 献上用飛行船、完成
3日を掛けて、『献上用飛行船』はほぼ完成した。
魔法があるとはいえ、この建造速度は驚異的である。
重機代わりのガーゴイルに加え、ハカセとアーレンという2人の天才、そしてゴローとサナのサポートは、一品生産においては大工場の生産力を凌いでいた。
もっとも、一番チートなのは素材だろうが……。
『魔力を流す』だけで浮く素材や、鋼鉄よりも軽くて丈夫な素材。
それを加工できるナイフがあることも十分チートである。
機構の構造は単純、強度も十分、エネルギーも潤沢、ということでこのように常軌を逸した速度での建造が可能なのだ。
ところで『ほぼ』というのは、外装……装飾が一部未完成なのである。
「テスト飛行する余裕はありそうだねえ」
時刻は午後2時、工房の扉を開け、『献上用飛行船』を表に出す。
地面に接しているのはソリだが、移動のことを考え車輪も付いており、レバーで切り替えられる。
なので引っ張り出すのも楽だ。
軽く魔力を流し、重量を軽減させていればなおさらである。
「それじゃあフランク、ゴロー、頼むよ」
「はい、ハカセ」
「任せてください」
フランクはベテラン操縦士であり、ゴローは『飛行ベスト』(ゴローの『浮遊ベスト』のもこう呼ぶ)を着込んでいる。
彼らに任せておけば安心なのだ。
まずフランクが、次いでゴローが乗り込んだ。
ゴローは窓からハカセたちに手を振る。
その数秒後、『献上用飛行船』が浮かび始めた。
「うんうん、浮かんだねえ」
「きしみ音もないし、構造材の強度は大丈夫そうですね」
「その前の『ANEMOS』でだいぶ検討したからねえ」
『献上用飛行船』はゆっくりと浮かんでいく。
「浮かぶ速度はやっぱりゆっくりですね」
「そこは効果の違いかねえ」
「でも、凄いですよ?」
ハカセとアーレンは遅く感じているようだが、1秒で1メルは上昇しているので、取り立てて遅いわけではない。『ANEMOS』と比べてしまっているだけだ。
ヴェルシアはその辺のことをよくわかっているようで、『ANEMOS』と比較することなく『献上用飛行船』単体を見ている。
「『レイブン改』と比べても、遜色ないと思います」
「そうかい? …………うん、そうかもしれないねえ」
ヴェルシアの指摘に、ハカセも冷静な目で『献上用飛行船』を見つめる。
既に高度(研究所のある台地からの相対高度)は50メルを超えていた。
「お、進み始めるね」
プロペラが回り始めたのが見えたのである。
『献上用飛行船』はゆっくりと前進を始めた。
そして次第に速度を上げていき、視界から消えそう……となった頃、向きを変えて戻ってきた。
対地速度は時速30キルくらい。プロペラ推進としては十分だろう。
そのまま『献上用飛行船』は上空を3周し、問題がないことを確認した。
最高速は時速80キルくらいは出せたようだ。
「そろそろ『魔導ロケットエンジン』のテストをするんじゃないかねえ」
「そうですね」
ハカセとアーレンがそう言い合った時、『献上用飛行船』が弾かれたように飛び出した。『魔導ロケットエンジン』を使ったのだ。
「おお、速いねえ」
「なかなかの速度ですね」
目視ではあるが、時速100キル以上出ているようだ。
「成功だね」
「やりましたね、ハカセ」
最高速度のテストも行われ、短時間なら時速250キルは出せることがわかった。
巡航速度は時速150キルくらいであろう。十分な性能である。
そして『献上用飛行船』はその速度で上空を5周ほどしてからプロペラ推進に戻し、ゆっくりと降下してきたのであった。
* * *
「ハカセ、大成功です」
「うんうん、納得の成功だね」
「船体も思ったより軽く扱えました」
「そうかいそうかい。強度的にも問題ないし、装飾を付けて完成でいいね」
「はい。操縦もヘリコプターより簡単ですし、静かです」
「よかったよかった」
こうして『献上用飛行船』も完成したのである。
「それじゃあ、明後日、一旦王都に帰ることにするかねえ……あたし以外が」
「どれだけ王都が嫌いなんですか……」
「いやねえ、王都が、じゃなく面倒事が嫌いなんだよねえ」
「一応行きましょうよ……向こうは春ですし、多分トウガラシも実っている頃ですし」
「ああ、そうだね……仕方ない、行くよ。……でもあんたら以外の者とは会わないからね」
「わかりましたよ……」
と、ようやくハカセも王都へ行くことを承知したのであった……。
* * *
そういうわけで中1日はいろいろな雑用を片付けている。
ゴローとサナは王都行の準備に余念がない。
「ゴロー、買い物リストも作っておくと、いい」
「あ、そうだな。買い忘れがあると面倒だからな」
「うん」
ハカセとアーレンは、ヴェルシアとティルダに手伝ってもらって『献上用飛行船』の装飾である。
「ヴェル、こんな感じでどうだい?」
「いい感じですね」
「ティルダさん、ここはどうでしょう?」
「もう少し上に……はいそこでいいのです」
全体は銀色で、そこに青と金色のアクセントが入る。
青い塗料は『ラピスラズリ』を砕いた顔料に、膠とナイロン毛虫の樹脂を混ぜて作った。
耐候性、耐水性がある。
金色のパーツは真鍮に金を蒸着させたもの。使った魔法は『金属・蒸発・発射』である。
「あとは、この『献上用飛行船』の名前をどうするかですね」
「それ、必要かい?」
ヴェルシアの言葉に、首を傾げるハカセ。
名付けにはいつも悩まされるねえ、とハカセ。
「今まで納品したヘリコプターや自動車には名前を付けなかったんだからいいんじゃないかい?」
「いえ、それらは注文を受けて作ったものです。今回の飛行船は献上するのですから、名前は付けておいたほうがいいと思います」
「そういうものかねえ」
「そういうものです」
「…………」
考え込んでしまうハカセ。
そこへ通りかかったサナが、
「どうしたの?」
と尋ねた。
「実は……」
ヴェルシアは名付けで悩んでいると説明した。
「献上品だから、命名する……うん、わかる。……じゃあ『セレスト』は?」
「どういう意味ですか?」
「確か古代語で『空』とか『天空』の意味だったと思う」
「王家に献上するものですからいいかもですね。どうです、ハカセ?」
「うん、あたしはいいと思うよ」
「アーレンさんは?」
「僕もいいと思う」
サナの後からやって来たゴローにも聞いたが、特に異議はなかった。
ティルダもラーナも、もちろんルナールからも異議は出ない。
それで『献上用飛行船』は『Celeste』と名付けられたのである。
* * *
「さて、明日は王都へ行くわけだけど」
夕食時、ハカセが切り出した。
「『ANEMOS』はゴローが、『Celeste』はフランクが操縦していく、でいいかねえ?」
『ANEMOS』はゴローの魔力で思いどおりに動かせるのでこの組み合わせがベターである。
「で、屋敷に着いたらあたしは引きこもるからね」
「あー、はい」
「アーレンとラーナは工房へ戻るだろう?」
「そうなりますね」
「で、ゴローとサナは買い物、と」
「はい」
そのうち、『飛行船』の目撃情報が王城に伝わって、姫様がやって来るだろうとハカセは予想した。
「だから王城に報告に行く必要はないだろうね」
「なるほど」
ローザンヌ王女が屋敷にやって来たところで『献上用飛行船Celeste』をお披露目すればいい、ということになった。
「あと、これはあたしの思いつきだけどね、ゴロー」
「はい?」
「『風の精』からもらった『緑に光る石』を、アミュレットにして身に付けておくといいかもね」
「ああ、なるほど、いいですね」
「それでしたら、私が作るのです」
「石は削らないほうがいいよ?」
「はいなのです。銀の……いえ、『竜の骨』で作った鎖を付けた懐中ロケットを作りますのです」
「ああ、いいねえ」
この場合の『ロケット』は『 Locket』で、開閉式になっていて中に薬などを入れられるようになっているペンダントである。
鎖の付いた懐中時計を思い浮かべてもらえばいい。時計ではなくケースになっているだけだ。
蛇足ながら宇宙ロケットのロケットは『Rocket』である。
「鎖は汎用品なので作り置きしてあるのです。ロケット部分を作ればいいから、今日中にできるのです」
「あ、無理するなよ? 細かい彫刻なんて入れなくていいからな?」
「はい、程々にしますのです」
そう言ってティルダは工房へと向かった。
* * *
そして無理をすることなく2時間後、ゴロー専用の『ロケットペンダント』が完成していた。
「ありがとう、ティルダ」
「どういたしましてなのです」
本体には名前が彫刻してある程度のシンプルな作りで、ゴローも納得したのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月16日(木)14:00の予定です。
20240509 修正
(誤)そしてゴウとサナのサポートは、一品生産においては大工場の生産力を凌いでいた。
(正)そしてゴローとサナのサポートは、一品生産においては大工場の生産力を凌いでいた。