12-18 素材集め
『屋敷妖精』であるマリー用の『居室』。
これはやはり本人(?)に聞いてみようと、ゴローはマリーを呼んだ。
「はい、ゴロー様、なんでしょうか?」
「ああマリー、ちょっと聞きたいんだが、マリーがあの飛行船……『ANEMOS』に乗り込むとしたら、何が必要かな?」
「乗り込む、ですか。ええと、わたくしは『屋敷妖精』ですので、『家』があれば……」
「こう、小さな家の模型があれば大丈夫かな?」
「あ、はい。そこに元の『家』の素材が少しでも使われていれば、馴染みやすいです」
「なるほど、わかったよ」
こういう細かい作業はティルダが得意そうだと、ゴローは考えた。
「ティルダ、ちょっと手伝って……いや、違うな。作ってもらいたいものがあるんだが」
「はい、何なのです?」
「小さい模型の家なんだ」
「あ、さっき言ってた、マリーさんのです?」
「そうそう。デザインはこんな感じで……」
ゴローはいくつかの案を絵に描いてみせた。
ドールハウス、もしくは有名な、『動物の人形のファミリー』用の家のような感じである。
「中も凝るのです?」
「うん。できれは、椅子やテーブルも作りたい」
「それは面白そうなのです」
ティルダも仕事を抜きにしたこうした工作は好きなようで、喜んで引き受けてくれたのである。
「それじゃあ、3つ4つ作って、マリーさんに選んでもらうのです」
「いいのか?」
「はいなのです」
ティルダがいいのならいいや、と、ゴローは任せることにした。
それでティルダに言われるまま、『古代遺物』のナイフを駆使して素材を切り分ける役を引き受けたのである。
* * *
「ははあ、それでこんなに作ったのかい」
その日の夕方には『家』が5つ完成していた。
幅は40から50セル、高さは30から40セル、奥行きは20から30セル。
全て洋館風のデザインで、2つは王都の屋敷に似ているが、残り3つは似ていない。
「中は……こりゃあ凝ってるねえ」
正面側の壁が取り外せるようになっており、中を見ることができるのだ。
それによると、『家』は5つとも2階建てで、階段もついているし、1階部分には椅子とテーブルもある。
「貴族の小さい子に受けそうな気がするよ」
「ああ、いいかもしれませんね」
ティルダの新たな作品にもなりそうな予感がするゴローたちであった。
とりあえず、ゴローはマリーを呼ぶ。
「マリー、来てくれ」
「はい、ゴロー様」
「マリー用の家を作ってみた。マリーに決めてもらいたいんだが、どれがいい?」
ゴローは5つの『家』をマリーに見せた。
「わあ、素敵なお家ですね」
「気に入ったものはあるかな?」
「どれも素敵です」
「この1つをあの『ANEMOS』の中に設置したら、一緒に来られるかな?」
「はい、もちろんです」
「そうしたら、どれがいいかな?」
「ありがとうございます。でしたら、そうですね……甲乙つけがたいんですが……これを、お願いします」
マリーが選んだのは一番左の家で、王都の屋敷に一番似ているものだった。
「じゃあこれを『ANEMOS』の船室に付けよう」
「よろしくお願いします」
ここでサナから質問が出た。
「マリー、こういう『家』で、あなたが住みやすい、と判断する基準というか、条件って、なに?」
確かにそれは気になるな、とゴローも思った。
「そうだな、教えてもらえると今後のためにもなりそうだ」
「条件ですか…………あれ?」
「ど、どうした?」
「いえ、今まででしたら、元のお屋敷に関係する何かがあるとよかったんですが、今はそういうこともないようなので」
「へえ……もしかして『竜の骨』の影響かな?」
「それはあるかもしれません」
精霊種により近い存在であり、『風の精』や『地の精』、『火の精』も一目置く『竜』。
その骨がそれこそ山のようにある場所で過ごしているため、存在強度とでもいうべきレベルが上っているのかもしれないなとゴローは思ったのである。
なんにせよいいことには違いない。
「王都の屋敷の本体はどうなんだろう?」
「ええと………………あ、連絡が付きました」
「え?」
「王都の本体も、『腕輪』をいただいて力が増しているらしいです」
「そ、そうか」
研究所から王都まで互いに連絡しあえるというのは驚きだが、便利でもある。
「それじゃあ、王都の様子を教えてもらえるのかな?」
「はい。…………ええと、昨日王女殿下とモーガン様が来訪されたようです」
「あー、そろそろ来るよな……で、何か伝言があったり?」
「…………いえ、特には。様子見だ、と仰っていらしたようです」
「それならいいか。……あ、こっちから向こうのマリーに連絡はできるのかな?」
「はい、可能です」
どうやら、相互通信が可能なようである。
「それじゃあ、1週間くらいしたら王都に戻れると思う、と伝えてくれるかい?」
「わかりました」
「あ、1週間で帰れるというのは、来客には内緒な」
「はい」
ともかくこうして、王都の屋敷との連絡が密に取れることがわかったのは僥倖であった。
* * *
「さて、明日からは『献上用飛行船』を作ろうかね」
「そうなりますね」
「でも、素材は大丈夫ですか?」
「なんとかギリギリ……うーん……足りないだろうねえ」
「じゃあ、やっぱり探しに行かないと」
作り始めてから足りないことに気がつくというのは避けたいものである。
「とりあえず、以前の場所へ行ってみましょうか?」
「うーん、そうだねえ。回収し残した素材がありそうだし」
「巣穴はいいけど、それ以外は雪の下だと思う」
「ああ、そうだね。でもまあ、巣穴だけでも見に行く価値はあるよ」
「『亜竜』に襲われても、『ANEMOS』なら逃げ切れるでしょうし」
「そうだね。明日、晴れたら行ってみようか」
そういうことに話はまとまったのである。
* * *
翌日は快晴ではないが、薄曇り。
風はなく、陽気はやや暖かい。
「遠征にはちょうどいいかな?」
「そうだねえ」
今回は『ANEMOS』のテストも兼ねて、全員で出掛けることにした。
といっても、『クー・シー』のポチと『エサソン』のミュー、『水の妖精』のクレーネー、そしてまだ休眠中の『木の精』ルルは連れて行かない(行けない)。
「まあ、この『ANEMOS』なら日帰りできるだろうねえ」
「そうですね」
「楽しみなのです」
「『亜竜の巣』ですか……」
「準備ができました」
水と食料の積み込みも完了。
念のため『浮遊ベスト』を全員が着込む。
「じゃあ、出発しようかね」
午前8時、『ANEMOS』は研究所から発進した。
針路は北西の谷、目指すは『亜竜の巣』があった場所である。
「もう少し天気がいいとよかったのに……」
薄曇りなので視程が悪い。
高度は300メルほどなので地上の様子はよく見えるのだが、遠方は10キルほどの先しか見えなかった。
それでも、地上を見ているだけでも結構楽しい……のだが、今は冬、ほとんどが雪に埋もれている。
「白、白、白……かわりばえしないねえ」
と、ハカセが皆の気持ちを代表して呟いたのだった。
* * *
とはいえ『ANEMOS』の速度は尋常ではなく、1時間弱で目的地である『亜竜の巣』がある谷へと到着してしまった。
「こ、ここが『亜竜の巣』ですか……」
「元、だけどねえ。今はもう、いないはずだよ」
『亜竜』は定期的に巣を変える習性があるようなのだ。
「あそこに巣穴がありますね」
「変わってないようだねえ」
さて、どうやって巣穴を確認し、中に素材があった場合に回収するか。
答えは簡単だった。
「俺が飛んでいって確認してきますよ」
『浮遊ベスト』を着ている者は空中に浮かぶことができるのだが、加えてゴローに限り自由に移動できる……つまり、『浮遊ベスト』を着たゴローは『空を飛ぶ』ことができるのだ。
「悪いけど、頼むよ、ゴロー」
「はい」
『ANEMOS』の天窓を開け、ゴローは文字どおり飛び出した。
垂直に近い岸壁に穿たれた横穴は数十個。
その1つ1つを覗き込んでいくゴロー。
前回、抜け殻を採集した横穴も含め、順番に確認していく。
そして。
「あった……」
巣穴は5段あり、1段に3つから4つの横穴があるのだが、上から二番目と一番上の巣穴は手付かずだったのだ。
〈サナ、抜け殻があったぞ〉
〈それはよかった。ハカセに報告しておく〉
〈頼む。俺は適当に切り分けてからそっちへ持っていく〉
〈うん、わかった〉
ゴローは『ナイフ』を使って抜け殻を手頃な大きさに切り分け、用意していたロープで縛り、『ANEMOS』へと運び込んだ。
「おお、こりゃいいねえ」
「まだまだありますから持ってきます」
「頼むよ、ゴロー」
ハカセたちはゴローが運んできた『抜け殻』を床下の倉庫にしまい込んでいった。
* * *
ゴローは計15回、素材を運んできた。
そのうち8回が『抜け殻』で、7回は『骨』。
10回目で『これだけあれば『飛行船』を1隻作ってお釣りが来そうだよ』とハカセは言ったのだが、ゴローとしてはわざわざここまで来る手間を繰り返したくないので、全部の巣穴から素材を回収してきたのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月2日(木)14:00の予定です。
20240425 修正
(誤)マリーに決めてもらいたんだが、どれがいい?」
(正)マリーに決めてもらいたいんだが、どれがいい?」