12-16 風
研究所のあるカルデラ上空を大きな円を描いて飛行していた『飛行船』が戻ってきた。
「おかえり、ゴロー!」
ハカセはすっ飛んで行き、それを出迎える。
サナやアーレンたちもハカセに続いた。
「ゴロー、おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
「うんうん、どうだった?」
「快適でした。どこにも問題はなさそうです」
「よしよし、それじゃあ……」
早速乗り込もうとしたハカセに、サナが待ったをかける。
「待って、ハカセ。点検しないと。……アーレンも」
「う、うん……」
「はい……」
乗ってみたくてうずうずしているハカセとアーレンだったが、サナの言うことは正論なので言うことを聞く。
時速600キル超えで飛んだ機体のチェックは必須である。
人の作るものに完全はないのだ。
30分掛けて全体のチェックは終わった。
「うん、どこにも異常はないね」
「大丈夫ですね」
「『魔導炉』も異常なしです」
「よし、それじゃあいよいよみんなで乗ってみよう!」
「その前に、重りを載せてテストです」
「う、ううん、そうだったねえ……」
事前にテストの手順は決めてあり、それに則って行うことになっている。
決めた本人が一番そわそわしているのだが……。
それはともかく、100キムの重りを載せての飛行は問題なし。
その後100キムずつ増やして500キムまで載せても全く問題なく飛行することができたのである。
* * *
というわけで、いよいよ全員で乗り込むことになる。
「ああ、楽しみだねえ!」
船室へのタラップをまっ先に駆け上っていったのはハカセだった。
続いてアーレン、ラーナ、ヴェルシア、ティルダ。
そしてサナが乗り込み、ゴローが……。
「ほらルナール、早く来い」
「私も、よろしいんですか?」
「もちろんだ。さあ、行こうぜ」
「はい、ありがとうございます」
これで全員が乗り込んだことになる。
操縦士はそのままフランクが務める。
「シートベルトを締めてください」
「もう締めたよ」
全員が締めたことを確認したフランクは、
「では、発進します」
と宣言し、『飛行船』を浮上させた。
「お、お、浮いてるねえ……」
窓から外を見たハカセは嬉しそうに呟いた。
『飛行船』は地面から50メルほど浮き上がったあと、まずは停止。
風が弱いこともあるが、非常に安定している。
「では、進みます」
フランクは『飛行船』を前進させた。
最初は時速10キルくらいから。
そこから少しずつ速度を上げ、時速100キルに。
「おお、速いねえ」
「でも振動もないし、非常に安定していますね、ハカセ」
「大成功だね!」
ハカセとアーレンは顔を見合わせて笑いあった。
その間にも『飛行船』は加速を続けていく。
「時速、およそ200キルです」
「おお、いいねいいね」
「300キルです」
「すごい!」
「400キルです」
「うーん、船体の振動もほとんどないね。凄いものができたねえ」
そして、最終的には時速700キルを出した。
それでも船体の揺れや振動はほとんど感じられない。
「素晴らしいですね、ハカセ」
「うん。……フランク、速度を200キルまで落としておくれ」
「はい、ハカセ」
「うん、このくらいならシートベルトを外してもいいかねえ」
「いいんじゃないでしょうか」
巡航速度というのか、安全速度というのか、とにかく船内を歩き回ってみたくなったわけだ。
これまでの様子から、『AETHER』で飛行している時はほとんど揺れがないようである。
「気を付けてくださいね、ハカセ」
「うん、手すりにつかまっていることにするよ」
船内にはいたるところに手すりが設けられており、船体が傾いた際に身体を支えられるようになっている。
というものの、今のところ飛行は安定している。
「快適だねえ。すごい『飛行船』だよ、これは」
窓から外を見たハカセはうきうきである。
「船体にも全く異常はないようですね」
アーレンも、船内をあちらこちら見て回って満足そうだ。
「ハカセ、この『飛行船』の名前は?」
サナが尋ねた。
「名前かい? そうだねえ……」
「ハカセの名前……」
「絶っっ対にやめておくれ」
サナが言い掛けた言葉に被せるように拒絶するハカセ。
「それじゃあ共同開発者のアーレンの名……」
「嫌ですっ」
アーレンも嫌だと言った。
「じゃあ……『風の精』のおかげでできあがった『飛行船』だから『風』というのはどうでしょう?」
ヴェルシアからの提案である。
「お、いいね」
「いいと思います」
「いいんじゃないかねえ」
「いいと思う」
「いいと思うのです」
ゴロー、アーレン、ハカセ、サナ、ティルダである。
ルナールは、自分は意見を言えるような身分じゃないと言っていたが、特に異存はないということだった。
「よし、それじゃあこの『飛行船』は『ANEMOS』と名付けよう」
そういうことになった。
* * *
そして『ANEMOS』は着陸。
「いやあ、思った以上のできだったねえ」
ハカセは満足そうである。
時刻は午後4時、もうあたりは薄暗い。
「ああそうだ、ハカセ、探照灯とか、船灯とか付けましょうよ」
「探照灯はわかるけど、船灯ってなんだい?」
「夜でも船の向きがわかるようにした明かりですよ」
船外灯、航海灯ともいい、 右舷側が緑、左舷側が赤と決まっている。
これにより、暗闇でも船の進む向きがわかるわけだ。
ちなみに飛行機は『航空灯』という。
これにも、観察者から見える位置に、と細かい指定があるわけだが、ここでは割愛する。
「なるほどね。それも『謎知識』かい」
「はい」
「難しいことじゃないし、いいだろうね。隠密行動の時は消せばいいわけだし」
「そうですね」
夜中にこっそり王都へ行っている『レイブン改』は明かりなしで飛んでいたりする。
とにかくその日はそれで終了。
夕食まで、『ANEMOS』の改良点を話し合うことになった。
「乗り心地は問題ないねえ」
「速度も十分です」
「外もよく見えましたけど、真下が見えるといいかもしれません」
ヴェルシアが言った。
「ああ、そうだね。真下が見えるような窓……ついでに真上も見えるような窓を追加するかねえ」
「いいですね、それ」
これで1つ決まった。
「後はどうだい?」
「座席も文句ないですし」
「あ、ちょっと寒かったです」
ラーナが言った。
「空調だね。……うん、確かに改良の余地はありそうだね」
「密閉度が上がっていますから、酸欠にも注意したいですね」
「ああ、アーレンもいいところに気が付いてくれたね。そのあたりだねえ」
ライト類、窓、空調。このあたりが改良すべき点として、ハカセとアーレンは再び知恵を絞るのだった。
* * *
とはいえ、時刻は午後5時半。
「今日は少しのんびりしてください」
と、ルナールがハカセとアーレンに釘を刺した。
「う……わかったよ」
「はい……」
普段とは違うルナールの様子に、2人とも素直に従ったのである……。
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次回更新は4月18日(木)14:00の予定です。